ヘッド その7「この世で一番可愛い生き物」
土曜は生徒の数が少ない。アゲ高では土曜でも補修扱いで授業が行われるが進学校な事もあって、ほぼ強制。出ないと家に電話が掛かって来る。けど部活をやってる奴や塾に行ってる奴はそっちに行ったりするので来ない奴も結構多くて、それに便乗してサボる奴も一定数いた。特に部活連中が試合や大会で抜ける時はその数も多くなる。俺も2週に1回はサボっていて、部活も引退した今ではその技も使えないが、逆に今の時期になると進学に向けた塾を優先させる奴も多くて、土曜の補修は完全な自由参加になっていた。塾に行ってない俺は完全にフリーだった。
そんな俺が今週学校に来たのは面談があるからで、面談だけやって補修に出ない訳には行かず、わざわざ来た訳だ。
面談を終えて教室に戻ってくると、誰か居る気配がして立ち止まった。それがヘッドだと気づいた時、確実に心臓の鼓動が早まった事を自覚した。入ろうとした足が完全に動かなくなった。動きは止まってしまったが、鞄が教室にあるので中に入らざるおえない。脳内フル回転。だが打開策は出て来ない。ゆっくりと顔を覗かせて教室の中を見た。ヘッドは1人で自分の席に座っていて、何故かヘッドホンはしていなかった。思ってもない展開だ。話しかけるには絶好のチャンス。しかし予想外。こちらの準備が出来ていない。
何を話せばいい? 共通の話題? そんなのあるか?
そもそも何が共通してる? ヘッドと共通している事なんてあるか?
情報が無さすぎた。そうだ学祭だ。俺らの組がやるのは……案内係。
ファック!
学祭でD組があてがわれたのは雑用係で。
要は客役に周れという事なのでそれはそれでいいのだが、今の状況には相応しくなかった。
想定していたヘッドとの問答一覧を思い出す。いざという時の為に必死に絞り出した渾身の10択があった。
1 朝ドラ見てる?
2 いつも何考えてんの?
3 人に興味ある?
4 地球回してるって本当?
5 趣味が虫殺す事って聞いたけど本当?
6 親父ギャグで笑うのやめてくれる?
7 好きな人いる?
8 付き合った事ある?
9 キスした事ある?
10 肩パンしてもいい?
まともなのが1つもなかった。選択肢としてこれ程頼りない10択はない。
準備不足な事はわかっていて、だからこそ今じゃなかった。
必要なのは今を共有出来る何かだ。
考えも纏まってない中、何故か勇気だけはあって。思い切って扉を開けた。
「あれ、白石じゃん?何してんの?」
多分、名前を呼んだのは初めて。けど、こんな自然な滑り出しはない。
神が舞い降りた。ヘッドが何か言えば、それで会話が成立する。思い切りとタイミングの良さは野球部で盗塁王だった俺の真骨頂だった。
「え?あ、うん。もう帰るとこ…」
「そっか(笑顔)」
会話は終わった。
自分の席に行って鞄を持った。ヘッドはまだ椅子に座っていて動こうとしない。誰かを待ってるのか。必要もないのに鞄を開けたり閉めたりして間を埋めたが、それだけじゃ耐えられなくなって、机の中を見る感じでそのまま席に座った。座ると正面にヘッドの後ろ姿が見えた。姿勢正しく綺麗な黒髪。今の間を埋めるには十分だった。
そういえば何でヘッドホンしてないんだろう?
そう思った時、ヘッドが立ち上がった。向かった先はドアの方とは反対側で、教室の隅っこに置かれたゴミ箱に近づいて行ってティッシュを捨てた。気づくと俺はヘッドをずっと見ていた。視線に気づいたヘッドは少し恥ずかしそうに「ちょっと風邪引いてて」と言った。持ってた鞄の中身が全部床に落ちた。ヘッドは驚いたようで両手で耳を塞いだ。
「あっ、ゴメン」
俺はすぐに落ちたノートやプリントを拾った。するとヘッドが近づいて来て、拾うのを手伝ってくれた。両足を揃えてしゃがむと片方の耳に髪をかけた。何気ない1つ1つの所作に俺は見惚れてしまった。ヘッドはバラバラになったプリントを丁寧にトントンして手渡してくれた。俺はそれを全部落とした。
「あ、ゴメン、本当ゴメン」
俺はもう1度ゴメンと謝った。ヘッドはまたビクっとして肩をすくませたが、笑いながらプリントを拾ってくれた。
「誰か待ってんの?」
「うん。加奈ちゃん」
ヘッドの肩を叩いている女子の顔が頭に浮かんだ。
「あっ」
と言って何かに気づくとヘッドはポケットからスマホを取り出した。多分相手は加奈ちゃんという子だろう。
「もう玄関にいるんだって」
ヘッドはそう言うとニコっと笑った。俺も笑おうとして、とても変な顔になった。ヘッドは自分の席に戻って鞄を持つと振り返った。
「じゃあ、さよなら」
と言った後、くしゃみをした。およそウイルスの拡散を予見させない小さなくしゃみだった。ヘッドは照れ臭そうにして、へへっと笑うと教室を出て行った。
生まれて初めての経験だった。拾って貰った筈のプリントは、また床に散らばった。




