ヘッド その3「白石」
女子はヘッドの事を「ヘッド」とは呼ばない。「白石さん」と呼ぶ。それがヘッドの名前だからだ。
ただ、男子でその名前を呼ぶ奴は1人もいない。というか話しかける奴がそもそもいない。だから「ヘッド」とも「白石」とも呼ばない。それに「ヘッド」なんて本人に向かって言える訳がない(ヘッドは少林寺拳法をやっていて、跳び蹴りが上手い)本人がいないトコだけで使っているあだ名なだけで、ヘッドを「ヘッド」と呼んでいる奴はいなかった。けど、ヘッドこと白石は、自分が「ヘッド」と呼ばれている事を知っていた。その理由は簡単で、ヘッドに向かって「ヘッド」と呼ぶ奴が1人だけいたからだ。
「あ、ヘッドさ、英語の課題やってる?」
「あ、うん」
「俺やってくるの忘れちゃってさ。ちょっと見せてよ」
「うん。いいよ」
「サンキュなヘッド」
高校生らしい実に自然な会話だ。けど、その光景を初めて見た時は背筋が凍った。
いや、それ言っちゃダメな奴じゃん。
そこにいた全員が同じ事を思ったと思う。けど、ヘッドこと白石は特に気にする事もなく、ヘッドと呼ばれた事をすんなりと受け入れていた。もちろんヘッドと呼んだ事にも驚いたが、武一がヘッドと話せる事にも驚いた。ヘッドは武一を「武一君」と呼んでいて、ヘッドと武一は2年の時に同じクラスだったらしく、その頃から知っている様だった。
「お前さ、ヘッドって呼ぶなよ」
一度、武一にそう言った事がある。けど武一は「なんで?」と言うだけで、逆にとても不思議そうな顔で見られた。
1年の時に例の盗難事件があった時、ヘッドは一目置かれるようにはなったが、キレやすい、怒らしちゃダメな奴というイメージも付いてしまって、ただでさえ寄せ付けない感じが、さらに寄せ付けなくなってしまった。
腫れ物扱いというか、わざわざヘッドと距離を縮めようとする奴はほとんどいなくて、それが所謂ヘッドのイメージで、一番にあったのはヘッドのキャラが崩れる事。「ヘッドホンを付けた変な奴」は、ネタとしても貴重だった。
だから武一のヘッドへの対応は見てて冷や冷やしたし、余計な事すんなよと思う事もあった。
「なんで?みんな言ってんじゃん。お前らのその感じの方が俺は違和感あるけど」
武一は態度を変える気はないようだった。
この先ヘッドを「ヘッド」と呼ぶことはないだろうし、そんな機会もないと思う。まず話しかける理由がない。けど少し呼んでみたい気もする。その時ヘッドはどんな反応をして、何て言うんだろう? 丁寧にヘッドホンを外して、俺の話を聞こうとしてくれるんだろうか。また少し興味が湧いた。




