「ミスコンのポスター」
ミスコンのポスターがデカデカと張り出されたのは学祭の丁度1週間前だった。
作ったのはチラシを作った奥村。けど前作ったチラシとは全く別物で、前まではどこからか引っ張って来たような粗い写真が使われたていたが、ポスターはミスコン用にちゃんと撮影した写真が使われていた。
奥村ってそんな積極的な奴だったか?
という疑念が浮かんでくるのだが、どこかで創作意欲に火が付いたのかもしれない。
ポスターは格闘技のポスターをオマージュしているようで、大門と結城がメインイベンターとして向き合っていた。やはりここでも特別扱い。他の女子は前哨戦扱いで、あからさまにその他な扱いだった。正直、焦った。チラシの時は出回っているのは男子の間だけで、女子の目に触れる事はあっても見てる奴は少なかった。けど、ポスターとなって張り出されてしまうと嫌でも目に付く。さすがに無視出来ないだろう。
ミスコンを言い出したのは男子で、そのきっかけが大門と結城である事は間違いない。それは女子達もわかっている事だと思う。けど、これ程あからさまにされて黙っていられるだろうか。前哨戦扱いにされている子や、完全にその他な扱いを受けているポスターにも載ってない女子達の反応は容易に想像出来た。
「コレ、さすがにヤバいよな?」
「うん。俺らの今後にも関わると思う」
「外そう」
「そうしよう」
これについては太一も同じ考えだったようで、互いに危機感を募らせた。
幸いな事に、ミスコンのポスターが張り出されたのは放課後だったので、生徒の目にはまだほとんど触れていなかった。
「待って。一応、奥村にも言っとかないとか?」
「だな。剥がしたの見て、また貼られても困るしな」
「ちゃんと意図があってやってるって事を伝えよう」
「うん。とりあえず奥村を探そう」
「おう」
と言っていた所に新田が現れた。
「なーに見てんのー?ん?」
焦った。けど新田ならまだ何とかなる。
「あ。イヤ、コレ違うんだよ。ちょっと悪ふざけっていうか」
「そうそう。さすがにコレはありえねーよな」
ふーんと言いながら新田は俺と太一の間をすり抜けてポスターに顔を近づけた。
「俺、ちょっと言ってくるわ」
「何を?」
「いや、さすがにコレはあからさま過ぎんだろ」
「そう?面白いじゃん。あ、私も写ってる。すっごい小さいけど笑」
新田は笑いながら興味深そうにポスターを見て言う。
「奥村君にさー、学祭に使う写真だからって言われて撮って貰ったんだけど。コレに使うんだったんだね。へーこんな風になるんだー」
奥村は陰キャラだ。見た目からでもわかりやすい。普通映像好きなら同好会みたいなのを作って仲間内で活動したりもするんだろうが、奥村はそうじゃない。そもそもアゲ高に映研みたいなのは存在しなくて、全くの1人だ。奥村は1人でコレをやっている。黙々と1人で何かやるのは奥村らしいと言えばそうだが、その積極性が普段の生活からは全く想像出来なかった。
「また撮りたいって言われたんだけどさ。何に使うのかな?」
新田は相変わらず感心した様子でポスターを見ていた。けどこれは新田がたまたまこういう反応なだけで、他の女子は絶対違う。新田は経験値が高過ぎるのだ。太一だってその事に気づいてると思う。新田と喋りながらも、ずっと顔は引きつっている。とはいえ、奥村の積極性は少し見習っ方がいいかもしれない。
俺は新田のペースに惑わされないよう、改めて真面目なトーンで言った。
「やっぱ良くねーよコレ。あからさま過ぎるもん。そもそもが女子全員が対象って言ってんのにさ、コレだと大門と結城だけじゃん?さすがにコレはヒデーよ」
太一も頷いた。
「まーそうだね、うん。でも、あからさまではあるけど、みんなもわかってんじゃん?」
これは新田だからそう言えるだけだ。女子の総意じゃない。
「でもさ、コレ見たら大門と結城の方が逆に嫌がるじゃねーの?」
「莉華はわかんないけど、結城は気にするかもね」
大門は眼中にないという意味だろう。元々ミスコンに興味あるようにも思えない。
「だよな。絶対気にするよ」
俺は本気で奥村に抗議してやろうと思った。
「あのさ、コレ新田だから聞くんだけど、実際女子ってミスコンの事どう思ってんの?」
男子の間では腐る程話題にしていたが、女子にミスコンの話題を振った事はなかった。女子に投票権がないという事で、それに反発してるという噂を聞いてからは、女子にその話題を振る事はタブー視されていたからだ。
「どうだろ?みんな楽しみにしてるんじゃない?」
「ホントに?女子がミスコンの話してんの聞いた事ねえぞ」
「話してる子はあんまり居ないかもしんないけど。誰になるんだろうねーぐらいは言ってるよ」
「それで楽しみにしてるって言えるの?」
「いや、だってさウチらは投票できない訳じゃん?結果出るの待ってるしかないし、ただ見てるだけ。な状態なのにそれで話しててもさ。参加出来たらまた違うんだろうけどさ、それがないとやっぱ盛り上がりに欠けんじゃない?」
やっぱり女子にミスコンの話題を振るのはやめた方がよかった。結局誰と話してもそういう事になる。投票権がない女子は賛同しづらい。女子の中で楽しめるのは脚光を浴びる数人だけ。それでも新田の反応はかなり優しい方で、それは自分がその数人になる自覚があるからかもしれないが、普通ならもっと批難されても仕方ない事だと思う。新田は足を壁に付けて、靴下を履き直すと俺と太一の方を見て言った。
「あのさ、今更ビビんないでよ」
わかりやすく息を呑んだ。
「男子がやりたかった企画なんでしょ?だったら好きなようにやればいいじゃん。ミスコンだって何だってやりたい事やれるんならいいじゃん。その為の学祭なんじゃないの?いきなり空気読むとかさ、何かダサいよ」
何も言えねえとはこの事だ。新田に言われた事はあまりにも的確過ぎた。
「いっくん(武一)がミスコンやるって言い出した時は超ウケたけどね。本当にやるんだ?って思って。男子バカーって。私は女子票入れないのはハッキリしてて良いと思うよ。ミスコンなんてそもそもが男の企画なんだし。『女子は勝手に見とけ。俺ら大門と結城以外には興味ねーから』って感じ?」
「好きなようにやればいいんだよ。ウチらはそれ見て笑ってるからさ。女の子達もさ、嫌だったら無視してればいいんだし。それにさ、実行委員がいっくんってのもいいじゃん?中には不満ある子もいるだろうけどさ、いっくんならまぁいいかなってなるだろうし。それがあるからいっくんなんでしょ?」
やっぱ女子ってすげえなと思う。全部わかってる。
「堂々とやればいいじゃん。多少ウザがられてもさ。私は男子がバカやってる時の方が好きだけどね」
「俺、絶対新田に入れるわ」
思ってた事を先に太一に言われた。新田は言葉の通り「は?」という顔をした。
結局そのままポスターは剥がされる事なく日の目を見る事になった。
ポスターは意外にも女子に好評で、割とわいわい言いながら見ていたり。誰もいなくなってから、じっくりと見てる子もいたりした。なぜか女子がポスター見てる時は男子はみんな遠慮がちで、女子がポスターに群がってる時は、出来るだけ同じ場所にいないようにした。そんなのが少しおかしかった。ポスターを見ている女子の中には新田もいて、新田はいつも楽しそうだった。
今の女子の空気を作っているのは間違いなく新田だと思う。新田がいる時と居ない時の教室ではまるで空気が変わってくるし、仲間内で集まる時も、そこに新田が来るのか、来ないのかでは全く内容が変わってくる。新田がいないと盛り上がる物も盛り上がらない。新田が作り出す空気は、いつまでもそこに留まっていたいと思わせる心地よさがあった。




