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武一、ミスコンを企画する。  作者: よしの
3年B組 菊池亮平
10/29

「新田と大門」


 学祭の準備期間中に平行して、3年は進路についての面談が行われる。もうこの時期になると大体の進路は決まっていて、その選択が現実味を帯びて来るにしたがって一人一人の面談にも時間が掛かるようになった。案の定今日も、予定された時間にやって来たが、まだ前の奴が担任と話し込んでいた。


 職員室前の廊下には3人ぐらいが座れそうなソファと、反対側にはパイプ椅子が並べてあって、ソファの方にはもう別の女子が座っていたのでパイプ椅子に座って順番を待った。時々中を覗いてみたが、まだ前の奴が熱心に話しているのが見えて時間通りに来てしまった事を少し後悔した。先に別のクラスの女子が職員室から出て来て、ソファにいた女子が中に入って行ったので職員室の中を覗いたついでにソファの方に座った。する事もないのでスマホを見てると急に声を掛けられた。


「あれ、面談?」


 そう言うと新田は、さっき俺がしたように職員室の中を覗いた。沈み込んだソファのおかげで顔の高さでスカートが散らついて、そこから伸びる足が見えた。中を覗いた新田は軽く唇を噛むと、小さく舌打ちをした。


「うーん、まだかかりそう」


 うんざりという感じで天を仰ぎながら新田はパイプ椅子の方に座った。俺が前に居るのもお構いないしで、堂々と足を組んで座るところはさすが新田といったところ。会話は簡単に始まった。


「そっち誰だっけ?」

「チャーリー」


 俺のクラスの担任は桑原という男の教師で、車が故障して一時期自転車で来ていた時があった。その自転車は少し古いらしく、奇怪な音を発していた。


「チャリチャリうるせーな」


 と誰かが言い出したのがきっかけで、そのあだ名がついた。


「そっちは?」

「水戸先生」

「水戸ちゃんか。いいなー楽そうで」

「そう?」

「チャーリーよりは全然いいでしょ?アイツ決めた事にいちいち口出してくんだよね。本当にそれでいいのかって。うるせえんだよ。水戸ちゃん物分かり良さそうだし。熱心だし、いい先生だと思うよ」

「真面目なのはいいんだけどね。まだちょっと頼んないかな。まだ私はチャーリーの方がいい」

「マジ?」

「うん。他の子も似たような事言ってた」


 なるほど。女子の視点は現実的だ。


「確かに水戸ちゃんって。あんま先生っぽくは見えないかもな」

「男子からしたら若いし歳も近いから話しやすそうって思うんだろうね。それにさ、進学するにしたって選択は間違えたくないじゃん?今はさ、大体の事は自分で調べられるからいいんだけど。そういう自分だけじゃわかんないトコを教えてくれるのが教師な訳じゃん?そうするとやっぱ経験なんだよね」


 なんとなく始まった会話の割に、割と鋭い事を言う。


「本当はさ、甲田先生とかが一番いいんだけどね」

 甲田はK組の担任で『K組』と呼ばれる由来となった教師だ。


「甲田な。なんか人生悟ってる感じするもんな」

「そうそう」

「けど甲田だったら言えば個別にやってくれんじゃない?」

「そこまでじゃないんだけどね。言う程迷ってる訳じゃないし」

「ふーん。じゃあ水戸ちゃんで充分と」

「うん。けど進路相談の相手くらい自分で選ばせてって思うけどね」

「まーな」


 新田とは1年の時にクラスが一緒で、その時からよく(つる)んでいた。クラスが変わってからも気さくに話せたし、気を遣わなくてもいいので楽だ。けど話すのは久々な気がした。そう思ったのは新田も同じなようで。


「てかさ、話すの久々だよね?」

「うん。俺も思った」

「だよね。でもしょうがないか。クラス違うし、部活も引退しちゃったしね」


サッカー部だった俺は、陸上部だった新田とグラウンドでよく顔を合わせていた。練習の合間とか、帰るタイミングが重なるとよく話をしていた。


「きっかけなくなると意外に会わないもんだね」

「な」

「もっと絡んで来てよ」

「そう言われてもな。用もないのに話しかけないじゃん」

「そりゃまあそうだけどさ。なんか寂しいじゃん?」

「本気で言ってる?」

「本気、本気」


 言いながら笑ってると新田が横を向いたので俺も釣られて横を見た。息を呑んだのは俺ぐらいだろう。


「あ、莉華。あんたも面談?」


 そ。と答えながら大門は職員室の中を覗いた。

 俺は大門の方を見れなくて、ただもの凄くいい香りがした。大門は中を覗いた後、新田の隣のパイプ椅子に座った。本当は俺が立ち上がって女子2人にソファを譲った方がいいんだろうが、そんな余裕はもちろんなかった。大門は新田と同じように足を組んで座ったが、新田との違いはパンチラの気配を微塵も感じさせないところだろう。新田と大門はそのまま2人で話し出した。俺がその会話に入る事なんて出来る訳はなく。すっかり黙り込んでしまった。


 少し冷静になって今の状況を分析してみた。大門と新田が話している。俺は無理してその会話に入らなくていい。クラスで隣の席の女子が誰かと話し始めたとして、その会話にわざわざ入っていかないのと同じ。ただ少し違うのは、さっきまで俺は新田と喋っていた。新田が俺に話しを振ってくる可能性があった。出来ればそれは避けたい。だがその可能性は大いにあった。けど新田がいるなら普通に話せるかもしれない。それは後々良い効果をもたらしそうだ。けど、それでも避けた方が無難だろう。俺はハッキリと緊張していた。突然現れた大門に、全く対応出来ていなかった。だが、今の状況はまだいい方で。新田がいるから今の状況が保たれている。


 これから起こるであろう状況で考えられる事は3つ。

 1つは俺のクラスの奴が出て来て、俺が先に職員室に入る。2つ目は大門のクラスの子が出て来て、大門が中に入る。3つ目は新田のクラスの子が出て来て……。その状況だけは避けたかった。何としてでも避けたい。やり場のない視線の先に2人の足元が見えて、新田のスリッパは賑やかで、ごちゃごちゃとした何かがカラフルに描かれていて、大門のスリッパにはシンプルなハートマークみたいなワンポイントが1つ描かれてあった。スリッパへのペン入れは入学したての頃に女子の間で流行っていた。2人共同じような足の組み方をしているのでスリッパが同じ方向を向いていて、それが少し可笑しかった。そんな事を考えいてる間も未だ、戸川が出て来る気配はない。中を見ようとしたが立ち上がるタイミングが掴めなかった。俺が立ち上がると2人の視線が俺に向いて、話し掛けられてしまうかもしれない。うまく対応出来る自信がなかった。


 と、職員室のドアが開いた。出てきたのは女子だ。新田は立ち上がると大門に声を掛けて中に入っていった。最悪のパターン3が発動された。




 目の前のパイプ椅子からは新田の名残はすっかりと消えていた。職員室前の廊下で大門と2人きり。向かい合わせで座っている。会話はない。俺はもうハッキリと、すっかりと緊張していた。まともに前を向けないので視線は完全に明後日を向いている。視界に入るのは窓の冊子だけで、それをずっと見ていた。ロボットのように首を動かして、視界の端で大門を捉える。大門は腕組みをしてパイプ椅子に座っていて、少し俯いているようだった。


「大門って、めちゃくちゃいい女だよな」

 

 そんな事を思う余裕なんてなかった。


 この時間は永遠じゃない。いずれ戸川も出て来るだろう。

 けどこのままでいいのか。このまま大門と話さなくて。話せないままでいいのだろうか。それがよくない事だけはわかっていて、けど何も出来ないまま時間は過ぎた。


 暫くすると職員室のドアが開いて、大門が立ち上がった。俺の横を通り過ぎていく時、大門が俺の方を見た気がした。


 大門がいなくなった後、真っ先に込み上げてきたのは笑いの方で。誰もいなくなった廊下で1人声を出して笑った。


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