守る
まさか自分が同じ言葉をぶつけられるなんて思わなかった。
確かに、アシュリーからしてみればリリィは奪った側の人間なのかもしれない。
キースの心がリリアナに向く限り、アシュリーはしあわせになれないのだから。
けれど。
「それは違うわ。私は――」
「なにが違うの!? あなたが私からキース殿下を奪ったの! ……だから、次は私が奪うのよ」
振り上げられた腕が振り下ろされる。
それはまっすぐにリリィの胸を狙っていた。
確かにアシュリーの言いたいことはわかる。
しかしだからといって、ここで殺されるわけにはいかない。
お腹を庇うように腕を回しつつ、間一髪のところで刃から逃げた。
「――!」
「どうして逃げるの!?」
「――死ぬわけにはいかないからよ……っ!」
アシュリーが入ってきた扉が開かれたままだった。
リリィは刃から逃れるためお腹を庇いながらも転がると、すぐに立ち上がり納屋から出る。
もちろんその後の作戦などはない。
しかしあの狭いところで逃げ惑うよりは、広い方がいいだろうと思ったのだ。
だから出た。
とにかく逃げようと外に出て――絶望した。
「なんだ。やっぱり失敗したのか」
外には五人の大柄な男が待ち構えていたのだ。
彼らは手にナイフや鎌のようなものを持っており、目も血走っていて明らかに普通ではない。
「ここが地下と呼ばれているのを知っていましたか? 住人たちはいろいろなことを生業にしています。――人殺しも、そのひとつです」
「――アシュリー……あなた」
「お金さえ払えば、どんなこともしてくれるそうです」
男たちはニタニタと卑下た笑みを浮かべている。
リリィはそんな男たちとアシュリーに挟まれて、強く唇を噛み締めた。
どうしたらいい?
どうしたらここから抜け出せる?
お腹を庇いつつ、この人たちから助かる方法は?
――いくら頭を使っても、いい方法は思いつかない。
身重のリリィにはこの補強されていない道を走ることすら難しいだろう。
それでもどうにか助からなくては。
(最悪、この子だけでも――!)
無意識にもお腹に手を当てれば、それを見たアシュリーの顔が歪む。
「……本当なら、私もキース様のお子を授かれたかもしれないのに……! あなたのせいで!」
「…………本当に、私のせいなの?」
「あなたがキース様を誘惑したから――!」
「誰かの想いを、強制することなんてできないわ」
奪ったと言われた時は、自分もエラと同じことをしてしまったのかと焦った。
しかし今の会話で、そうではないことに気づいた。
確かにアシュリーの気持ちもわかる。
奪ったと思うのも無理はない。
実際リリィだって、エラという存在を憎んだ。
だがそれは、マルクに愛されていたからではない。
彼女がリリィから全てを、無理やり奪ったからだ。
「私は、あなたからなにも奪っていないわ」
アシュリーのものを奪ったつもりはない。
キースの心を変えられなかったのは、アシュリーの責任だ。
マルクの気持ちを変えられなかった、リリィのように。
「あなたの気持ちはわかるけれど……。だからって私を殺そうとするのは違うわ」
「――うるさい!」
「ちゃんとキース殿下と話し合うべきよ。あなたの想いを、ちゃんと殿下に伝えた?」
「今さら伝えたって……! あの人の心にはあなたがいるじゃない!」
「いつまでもいるわけじゃないわ。……きっと彼にも時間が必要だった。その時に……あなたはキース殿下に寄り添ったの?」
アシュリーは黙り込む。
噂には聞いていたのだ。
婚約式のあと、アシュリーとキースの仲がギクシャクしはじめたと。
きっとアシュリーはどうしていいかわからなかったのだろう。
そのせいで二人は別れることになった。
だがその責任をリリィに問うのは間違っている。
「キース殿下とのことは、アシュリー。あなたが――」
「――もういいわ。あなたの考えなんて聞いたところで無駄よね。なんでも持ってるあなたには、私の気持ちなんてわからない」
アシュリーは涙を流しながら、男たちに視線を向ける。
「殺して。お金ならあげるわ」
ざりっと砂を踏む音がした。
男たちが動いたのだろう。
リリィが振り返れば、ナイフを持った男がすぐそばに来ていた。
「――私を殺したって意味はないわよ」
「……私の心が晴れるわ」
「いいえ。――あなたは一生罪に苛まれるのよ。……人を殺して、許されると思わないで」
「――殺して! 今すぐにその口を閉じさせなさい!」
振りかぶったナイフがギラリと光る。
どうにかできないか。
なんとかして脱する方法はないか。
ナイフが己を切り刻む最後の瞬間まで考えろ。
リリィは約束したのだ。
次こそは必ずこの世に生んでみせると。
だからこんなところで――。
「――死ぬわけにはいかないのよっ!」
とにかくなんでもいいと、リリィはしゃがみ土を掴む。
男の顔目掛けて投げつけ目にでも入ってくれれば、少しは時間が稼げるはずだ。
そんな思いから振りかぶった腕は、視界の端に映った人にピタリと止まる。
「――」
「――ぐぉっ!?」
次の瞬間吹き飛んだ男。
ゴロゴロとまるで丸太のように地面へと転がった男は、そのまま気を失ったようだ。
起き上がらない男から、リリィは視線を前へと戻した。
「――……っ」
目の前には、見慣れた背中がひとつ。
それを見た時、ポロリと一粒、涙が溢れた。
「お前ら……俺の妻に手を出したんだ。――死ぬ覚悟はできてるんだろうな?」




