同じ言葉を
リリィは微睡の中にいた。
真っ暗な世界をただ歩むだけ。
右も左も上も下もわからない。
ただ前だけを進む。
ここがどこなのか、今が何時なのか、そもそも自分が誰なのか。
記憶が緩やかにこぼれ落ち、消えていく。
帰らなきゃいけない場所があったはず。
会わなきゃいけない人がいたはず。
自分にはなさねばならぬことがあったはず。
――守るべきものが、あったはず。
この命に変えても守るべきものが……あったはずなのに…………。
「思い出せない……」
その時だ。
視界の端に、キラキラと光る二つのなにかを見たのは。
それらはまるで誘うかのようにリリィの周りを飛び、やがてある方向へと向かっていく。
それを見たリリィは、考えるよりも先について行っていた。
だって大丈夫だとわかっているから。
【二人】についていけば、大丈夫だって知っている。
光はどんどん大きくなる。
まるで暗闇を跳ね除けるかのように、強く輝いた時だ。
『『約束、守ってくれてありがとう』』
『今度こそ会えるね』
『たくさん愛してね』
――そんな声が、聞こえたのだ。
だから進んだ。
約束を守るために。
また、出会い、愛するために。
――そしてゆっくりと、瞳を開けた。
「――っ、ぅ……」
目が覚めたリリィが見たのは、またしても暗闇だった。
三日月が夜空に上がり、その明かりが穴の空いた木製の天井から差し込む。
どうやらどこかの納屋のようで、周りには藁や農具が散乱している。
「……そうだ。私……アシュリーと話してて……――っ!」
一瞬にしてことの自体を思い出したリリィは、瞬時にお腹を確認しようと腕を伸ばした。
意識を腹部に集中してみれば、違和感はないため大丈夫そうだとほっと息をつく。
「――どうして、こんなことに……」
自分は誘拐されたのだ。
命を狙われているのか、はたまた金か。
それとももっと他のものなのか。
どちらにしろいい展開ではないことはわかっている。
可能なら今すぐにでもここを出ていきたい。
しかし身重の自分には、うまく立ち回ることは難しいだろう。
なら今自分がすべきことは、ノアを信じて待つこと。
この子を、命懸けで守ることだ。
大丈夫。
きっとノアなら助けに来てくれるはずだ。
彼のことなら、信用できる。
「――ノア……っ!」
「ノア殿下が助けてくれるとお思いですか?」
「――アシュリー……」
建て付けの悪い納屋の扉を開けて、中に入ってきたのはアシュリーだった。
月明かりに照らされているからか、もとより色白の顔はなんだか青ざめているように見える。
彼女はリリィの元までやってくると、ゆっくりと膝を折った。
「あなた、これからどうするつもりなの……?」
「…………どうするつもりなんでしょう?」
虚な目。
もはやリリィが見えているかもわからない。
ただ茫然と、そこにいるだけのように見える。
「リリアナ様はきっといい相手が……なんて言ってくださいましたけれど、皇子と婚約を破棄した女を誰が娶ってくれると思います? 私なんて……家の力もないのに…………」
「…………」
そうだった。
アシュリーの家は力がないからという理由で、キースの婚約者に選ばれたのだ。
それなのにキースとの婚約が破棄されて、皇子に捨てられた令嬢に次なんてない。
それは未来がないと言われているようなものだ。
「家に帰れるわけないじゃないですか。……私はもう、両親からも絶縁されました。……あとはこの【地下】で、生きていくだけです」
「そんな……っ!」
いや、本当なのだろう。
女は結婚しかないこの世界で、彼女はその選択を失った。
ならあとは、どうすることもできないのだ。
黙り込んだリリィに、アシュリーは静かに告げる。
「だから……しあわせなあなたが許せなかったんです。たくさんの人に愛されて、その証を宿して……。あなたがいなければ私は……キース殿下に愛されたかもしれないのに」
アシュリーはそっと懐から小刀を取り出す。
青白い光に照らされたそれは、鈍く輝く。
「だから……あなたを許せないの……。ごめんなさい。……どうしても……許せないの……!」
カタカタと震えるアシュリーの手。
なにが怖いのか。
なにが不安なのか。
アシュリーはポロリと一粒、涙をこぼした。
「私だって愛されたいと思ってもいいでしょう? なにひとつ取り柄のない私が……皇子様にみそめられたと、夢見たっていいじゃない」
振りかぶったアシュリーは、ボタボタと涙をこぼし続ける。
「そんな夢を奪ったあなたを……殺して私も死ぬわ。私の全てを奪ったあなたを……あなたの全てを奪うわ」
その言葉を聞いた時、リリィは大きく目を見開いた。
だってそれは……リリィがエラに言った言葉と同じだったから――。




