ノアの独白
昔からなんでももっていた男は、昔から執着心というものがなかった。
地位も、名誉も、名声も、全てを持っていた。
だから執着心を抱く相手が、どうしても理解できなかったのだ。
「――ノア殿下! 今日もとっても素敵です……!」
婚約者のリリアナ・ウィンバートは、その際たる存在だった。
自分に執着する女が理解できなくて、ノアは彼女に対してなんの感情も抱くことができずにいた。
だから彼女と結婚しても愛することはない。
ただ義務的に子を成すだけ。
愛も恋も自分には不要なものだと本気で思っていた。
――なのに。
リリアナは消えて、代わりにリリィが現れた。
彼女の瞳にはノアに対する執着心はなく、代わりにあるのは仄暗い復讐心だった。
復讐。
ノアにはない感情だ。
リリィから話を聞けば聞くほど、その心が知りたくなった。
燃えたぎるような熱を持つ彼女の気持ちを理解したくて、協力者として名乗り出たのだ。
そしてそこから、ノアの世界は変わった。
言うなれば感情が芽生えた。
いや、元々喜怒哀楽はあったのだが、それとは違う感情が芽生え始めたのだ。
相手を知りたいと思うこと。
相手に見て欲しいと思うこと。
相手を見ていたいと思うこと。
執着心を知ったノアは、文字通り愛を知ったのだ。
――だからこそ、これは完全に予想外だった。
「――リリィが、消えた……?」
「申し訳ございませんっ! 私が離れた数分で……」
「犯人はアシュリー様かと。直前に会っていたのが彼女ですし、なにより予定より早く御出立されています」
「積荷に紛れて連れ出したか……。どうやら本気で殺されたいらしいな」
身重のリリィが連れ去られたと連絡を受けたのは、アシュリー出立より二十分後だった。
ノアは報告をしてきたメキーラとハルそれぞれを見ると、すぐに腰に剣を携えた。
「すぐに出る。――メキーラ」
「は!」
「リリィを傷ひとつなく救い出せ。それができたら今回のこと不問にする」
「必ずや救い出してみせます」
ノアはすぐに馬を用意させると跨り、メキーラとハルと共に走り出した。
「場所はお分かりなのですか?」
「そんな状態で家に帰るわけがない。リリィを殺す気なのだとしても、皇宮でやらなかったのなら場所を選ぶはずだ」
ああ、最悪だ。
リリィの身の危険など、考えたくもなかったのに。
だが考えなくては。
彼女を救うためなら、なんだってやってやる。
「木を隠すなら森。――地下だ」
「確かにあそこなら人も死体もウジャウジャですから。バレにくいとは思います」
「ハル。ここから一番近い地下への入り口を教えてくれ」
「先導します」
腹が立つ。
リリィを連れて行ったであろうアシュリーにも、そんなアシュリーの異変に最後まで気づかなかった兄にも。
リリィを、危険な目に合わせている己にも。
守ると約束したのに。
なんという体たらくだろうか?
己の無力さに吐き気すらした。
「――」
リリィ。
他人の子どもにすら愛を持って接することのできる彼女が、自らの子を失った悲しみはどれほどのものだったのだろうか?
きっと自分には想像もつかないほど、つらく苦しかったはずだ。
だからこそ必ず、今はリリィとお腹の子どもを守らなくては。
「――必死だな。俺は……」
必死になることなんてなかった。
みっともないとすら思っていた。
だが不思議と、今は心地がいい。
愛するもののために必死になるのは、なにひとつみっともなくないと気づけたからだ。
「地下のことはハルに任せる。――リリィがいそうな場所はわかるか?」
「そこらへんのクソを捕まえて吐かせればいいですよぉ。大きな積荷なんて目立ちますから、誰かしら見てると思います」
「任せていいか?」
「一分で吐かせます」
頼りになる部下たちだ。
ありがたいと頷いたノアは、さらに馬のスピードを上げる。
――リリィ。
待っていてくれ。
必ず君を守ってみせる。
約束を違えることはしない。
だからどうか。
「――無事でいてくれ!」




