悪い子誰だ
「お腹、大きくなられましたね?」
「ええ。元気に育ってくれているみたい」
不思議そうにじーっとお腹を見てくるハルに、思わず笑ってしまう。
どんどんと大きくなっていくお腹は、人体の不思議の一つだと思った。
とはいえここまで大きくなると、日常生活にも支障をきたし始める。
今では椅子に座るのも一苦労だと、大きく息を吐き出した。
「ノア殿下とリリアナ様のお子さまなら、はちゃめちゃに可愛らしいんでしょうねぇ」
へにゃりと元々タレ目なのをさらに下げたハルは、子どもの誕生を今か今かと楽しみにしてくれているようだ。
ちなみにそれはメキーラもで、不器用なりに頑張ったと小さな靴下を編んでくれた。
その靴下を履いた赤ちゃんを見るのが楽しみらしい。
「そういえば靴下、もう一つ編んでくれたんでしょう?」
「あ……はい。お恥ずかしながら。一つでは足りないので」
そうだ。
必要な靴下は一つじゃない。
「まさか双子だなんて……! しあわせ二倍、可愛さ二倍ですねぇ」
「本当に。……会えるのが楽しみだわ」
リリィも聞いた時は驚いたのだ。
まさかこのお腹に二つの命が宿っているなんて。
だが同時にとても嬉しくもなった。
我が子が二人も一緒にきてくれるなんて、喜ばしいことこの上ない。
「元気に産まれてくれるといいのだけれど……」
医者の見立てではもうそろそろ、出産になるかもしれないとのことだ。
いつ産まれてもいいように、今はほとんど皇宮から出てはいない。
本当は少しくらい気分転換をしてもいいのではと思っているが、周りから猛反対されたため諦めた。
だがたまには外の空気を吸いたいなと思っていると、とある来客がやってきた。
「リリアナ様。お加減はいかがでしょうか?」
「アシュリー。大丈夫よ。いつもありがとう」
ノアの兄、キース。
そのキースの婚約者であるアシュリーとは、あの結婚式のあとどう関わったらいいかわからず気まずかった。
キースがリリアナを好きだなんて、アシュリーからしてみれば浮気だと思われてもおかしくはない。
しかしリリィが安定期を迎えた段階で妊娠を公にしたことで、アシュリーが訪ねてきてくれたのだ。
お祝いの言葉をもらい、和解……というのは少しおかしいかもしれないが、とにかくこうして会いにきてくれるようになった。
今では友だちのような関係になっている。
「もしリリアナ様が大丈夫でしたら、少しお庭を散策しませんか? 私が責任をもってご案内させていただきますので」
「――それはありがたいわ。少しくらいならいいと医者にも言われているの」
誰かがそばにいてくれるのなら、いざという時も対応してくれる。
アシュリーに腕を支えられながら、二人はゆっくりとした足取りで庭を散策した。
「やっぱり外に出るっていいわね」
「お体が最優先ですが、リリアナ様のお気持ちも優先しませんと」
アシュリーの気遣いはありがたい。
久しぶりの外の風にゆっくりと深呼吸していると、不意にアシュリーが表情を曇らせた。
「本当はお子さまの誕生を見届けたかったのですが……」
「…………残念ね」
リリィとアシュリーが和解したとはいえ、キースとはうまくはいかなかったようだ。
二人は先日、婚約を破棄した。
キースの心は未だリリアナにあるのかもしれない。
アシュリーはそれに耐えられなかったのだろう。
だから関係を終わらせた。
そしてアシュリーは今日、皇宮から去る。
キースとの仲を深めさせようとした皇后の考えだったが、アシュリーにとってはこの皇宮で暮らすのはつらいものだっただろう。
だから出られて嬉しいのだと、アシュリーは笑う。
「自由になれたと思うことにします。……キース様と離れてしまうのは悲しいですが……」
「……そうね。とてもお似合いだと思っていたから……私も悲しいわ」
「――ありがとうございます」
悲しげなアシュリーの顔に、どうにかできないものかと考えてしまう。
だが一向にいい案は浮かばず、リリィは護衛としてきていたメキーラへと視線を向けた。
「メキーラ。私の部屋からあれを持ってきてくれる?」
「は……ですがっ」
「アシュリーがいてくれるから大丈夫よ」
「……わかりました」
失礼しますと言って、メキーラはリリィの部屋に向かってくれた。
部屋にアシュリーへのプレゼントを用意していたのだ。
本当は部屋に帰ってからにしようと思ったが、景色のいいここで渡したほうがいいだろう。
なのでメキーラが戻ってくるまで、ゆっくり散策することにした。
「キース様とはお話をしたの?」
「……ええ。お別れを伝えました」
「……大丈夫?」
「…………」
大丈夫なわけがない。
アシュリーはきっと、キースのことを好きだったのだろう。
悲しげな表情を見ればわかる。
できるものならどうにかしてあげたい。
しかしリリィにできることなどなにもないのだ。
アシュリーが帰ってしまうと知ってから、毎日のように解決案を考えていたがいい案は浮かばなかった。
「……私、キース様のこと好きだったんです。だから選ばれた時、本当に嬉しかったなぁ……」
ぼそりとつぶやかれたその言葉に、リリィは静かに目を伏せる。
好きな人に見向きもされないなんてつらかったはずだ。
とはいえキースの気持ちを無視することもできないため、八方塞がりだったのだろう。
「……きっと、いい相手が見つかるわ」
「………………」
「大丈夫。大丈夫よ」
震えているアシュリーを慰めようと、彼女の肩に触れた時だ。
――頭に、強い衝撃を受けた。
「――え」
ぐらりと揺れる視界。
膝から力が抜け、リリィの体は倒れ込む。
その時聞こえたのだ。
悲しい、声が。
「……あなたが悪いのよ。それなのに……あなただけしあわせになれると思わないで」




