めでたしめでたし
妊娠していた。
このお腹に、ノアとの子どもがいるのだ。
そしてそれはきっと、あの子だ。
「とにかく安静に。寒くはないか? お腹は減ってないのか? 昨日からなにも食べてないだろう? スープくらいは飲めるか? 誰か、栄養の高いスープを作るよう料理長に……」
「殿下。落ち着いてください」
「――すまない。君が心配で……」
私室のベッドに寝転びながら、不安そうなノアを見上げる。
前回と同じでつわりがひどく、リリィは寝たきりの状態になってしまった。
食事も喉を通らず、この苦しみだけは何度味わってもなれないなとため息をつく。
「欲しいものはないか? なんでもいい。なんだって言ってくれ」
だが前と違うのは、こうやって心配してくれる人がいるということだ。
リリィの頭を何度も撫でてくれるノアに、静かに首を振った。
「じゅうぶんすぎるほどです。……ありがとうございます」
「なにかあったら必ず言ってくれ。最善を尽くす」
心配性すぎる。
けれどその心遣いがありがたいと、黙って頷いた。
しばらくはノアが頭を撫でてくれるその心地よさにうつらとろりとしといた時だ。
少しだけノアの顔が曇った。
「こんな時で申し訳ないが……。あいつらが死んだ」
「――…………そう、ですか」
こういう時どんな表情をしていいかわからない。
なんともいえない顔をしているリリィに、ノアもまた複雑そうな顔をする。
「男の方はあのあとすぐ、毒を飲んだようだ。……泣きながら君への謝罪を口にしていたらしい」
「…………はい」
「女の方は一週間は粘ったらしいが……最後は錯乱状態だったらしい」
あっけない最後だった気がする。
でもこれでよかったとも思う。
彼らとは何度も駆け引きをした。
だからこそ最後くらいは、さらりと終われてよかったのかもしれない。
気持ち的にも、あそこでエラやマルクの言い訳を聞く気にはなれなかった。
言いたいことを言って終われた。
それでいい。
「……本当に終わったんですね」
「そうだな。……リリィ・マクラーレンとしての心残りは、終わったか?」
「……はい、全て。これからはリリアナ・ウィンバートとして生きていきます。――あなたの隣で」
リリィ・マクラーレンとしての憂いは全てなくなった。
復讐を遂げ、父との別れも済ませ、そして子どもも授かれた。
あの子ともまた出会えるかもしれないと思うと、この苦しみも乗り越えられる。
今度こそあの子に出会う。
それはリリィとしての心残りではあるが、ここから先はリリアナとして生きていく。
だからこそ、全て終わったのだと思う。
「この子とも会えることを楽しみにしてます」
「――俺もだ。だからこそ今は、君が無事でいることが最優先だ」
「……はい」
確かにその通りだ。
無事出産するためにも、今は安静にしていないと。
ご飯も食べれるならちゃんと食べよう。
皇宮の料理は素晴らしいし、なにより医師もきちんとしている。
大丈夫。
きっと無事に出産できるはずだ。
「――そういえば、孤児院のほうはどうなっていますか?」
「君が最高の人材を集めてくれたおかげで、なに一つ不自由はない。バザーのほうも盛況で、冬を俺の手助けなしで越せるくらいにはなっているそうだ」
「本当ですか――!? それは……とても嬉しいことです……!」
「クレアもアーサーもとてもよく頑張ってくれている。彼らが育てた逸材が、孤児院を羽ばたく日が楽しみだ」
「本当に……」
子どもたちの未来は明るい。
リリィは皇太子妃として責務を全うしつつも、ノアとの間に子をなすこともできた。
孤児院の運営もうまくいっているとなると、憂いはなに一つないと言えるだろう。
「君のおかげで孤児院で販売するレースも注目を浴びている。これからさらに忙しくなるだろうな」
「実際どうなのでしょうか? 孤児院を増やすことは……」
「今ある孤児院に手がかからなくなってきたからな。……次の孤児院の設立もそう遠くない。場所ももう見つけてある」
「……本当に、順調すぎて怖いくらいです」
そっとお腹に触れる。
まだ薄っぺらいそこに、命が宿っているのだ。
二回目ではあるが、いまだに不思議である。
無事に産まれるまでの十月十日。
命懸けで守らなくては。
「不安に思う気持ちもわかるが、きっと大丈夫だ。――君は、俺が守る」
「……ありがとうございます」
上半身を上げれば、ノアが支えてくれる。
彼の胸に抱かれながら、リリィはゆっくりと瞬きを繰り返す。
妊娠初期にある眠気には勝てないようだ。
「眠れるなら眠るといい。――そばにいるから」
「……ありがとうございます。ノア……」
ゆっくりと沈んでいくように、リリィは眠気に誘われた。




