親子
毒を飲むその瞬間まで見届けようと思ったが、一緒にいたノアに連れ出されてしまった。
二人の最後はきちんと見張りが見届けるらしく、もういいだろうと言われた。
どうやらリリィを心配するノアの気持ちを、少しだけ見誤ってしまっていたらしい。
「俺が嫌なんだ。あんなクズのようなやつらの命一つで、君が苦しむのは見たくない」
「……わかりました。ですが話を聞くのはいいですか?」
「……それくらいならいいだろう」
「ありがとうございます」
今ごろ二人は毒を飲んだだろうか?
それともまだ言い訳を重ねているのだろうか?
答えはそのうち聞くことになる。
「……綺麗な空」
青々とした美しい空を見上げ、リリィはふと息を吐き出す。
まるで新たな門出を祝福されているような気分だ。
これでやっと、本当に終わるのだと息をついた時、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「――あの」
「…………あなたは」
そこにはリリィの父がいた。
記憶にある父よりも痩せ細り老いた姿ではあったが、彼は目の前に立つとリリィとノアに深く頭を下げる。
「ありがとうございます。……娘の無念を晴らせたのは、皇太子殿下と皇太子妃殿下のお力添えがあったからこそ。本当に……ありがとうございました――」
「…………いえ。我々はなにも……」
「私一人では真実すら見抜けなかった。本当に……ありがとうございます」
「どうぞお顔をお上げください」
慌てて父の肩に触れれば、細く震えていた。
あんなに大きかった父が、今はこんなにも小さく感じる。
そのことに泣きそうになりながらも、リリィは彼と目を合わせた。
「……娘さんのこと、どうか自分を責めないでください」
「…………無理です。私があんなやつにリリィを嫁がせなければ……娘は……っ!」
そんなことはない。
マルクに嫁いだのはリリィの意思でもあるのだ。
父だけを責めることなんて、誰ができようか。
しかし父はきっと、一生その無念を背負い続けるのだろう。
今になって、ノアがリリィを地下牢から連れだした理由がわかった。
どれほど気丈に生きようとも、心のどこかには残ってしまうのだ。
つらく苦しい思い出というのは……。
「…………私は、両親に愛されてはいませんでした」
リリィの独白に、父が顔を上げる。
涙に濡れる父の顔を、生涯忘れることはないだろう。
「だから、あなたの娘が羨ましいです。……彼女はとてもしあわせだったと思います。――こんなに素敵なお父様がいらっしゃったんですもの」
「…………」
それは心からの言葉だった。
愛に包まれて育ったリリィにとって、彼は世界で一番の父親だ。
だからこそその言葉を伝えたのだが、父の瞳から涙が止まることはない。
むしろポタポタと大粒の涙がこぼれ落ちていく。
「――ありがとうございます。……不思議ですね。皇太子妃様と娘は似ていないのに……なんだかあの子に言われたような気持ちになります」
本当にありがとうございますと、何度も礼を言いながら父はその場を後した。
不思議だ。
リリアナとリリィは似ても似つかないのに、父もマルクもなんとなく気づいていた。
やはり隠しても隠しきれないものがあるのかもしれない。
だがそれもこれで終わりだ。
父ともマルクとも、もう会うことはないのだから。
「…………大丈夫か?」
「…………いいえ。大丈夫では……ないかもしれません」
気づいた時にはリリィの目元からも、同じくらい涙が溢れていた。
止まることのない涙は落ちて、地面を濡らしていく。
「――お父様……! ごめんなさい……! 親不孝ものの私を許して……っ!」
「違う。君のせいじゃない。……君はなに一つ悪くない」
震えるリリィの肩を抱いたノアは、そのまま背中を撫でてくれる。
その優しさ、ぬくもりが、涙を止めるどころかどんどん溢れさせた。
「私がもっとしっかりしていれば……! お父様にあんな顔をさせることもなかったのに……っ」
「大丈夫、大丈夫だ。落ち着け。ゆっくり息を吸って……吐いて……」
ノアの掛け声とともに息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
それを何度か繰り返すうちに、少しずつ涙もおさまっていく。
ふぅ、と息をつくことができた時には、リリィはノアの胸に抱かれていた。
「……申し訳ございません。取り乱してしまいました……」
「いい、謝るな。……君の気持ちを考えれば当たり前のことだ」
涙を拭おうとすると、それよりも早くノアの手が頰に触れた。
「君に泣かれると心がざわつく。……君の笑顔を守るよう努力しよう」
「……ありがとうございます」
そんなふうに言われると、なんだかおかしくて笑ってしまう。
くすりと笑ったリリィの手を優しくとったノアは、歩幅を合わせて歩き出した。
「とにかく休もう。そして明日から別邸にでも行こう。騒がしいのは一旦忘れたい」
「はい。……少しゆっくりしたいです」
ここまで怒涛すぎた。
体も疲れを訴えてきているので、少しくらい休んでも罰は当たらないだろう。
風の気持ちいい場所に行きたい。
そういえば、あの伯爵家の別邸の風は心地よかったな。
――なんて思った時だ。
「――っ、あ、れ?」
「リリィ! どうした……?」
緊張の糸が解けたのか。
気を許した途端、足元がふらつき吐き気を感じたのだ。
「具合が悪いのか? 今すぐ医師に――」
「いえ。疲れただけだと思います。だから……――ぅっ」
口元を押さえつつも、リリィはふと気がついた。
この感じに覚えがある。
高揚しているからと思っていた体の火照りも、吐き気も、全て。
そして思い出す。
――月のものは、いつからきていない……?
「…………まさか……」




