マルク・マクラーレンの独白
「誰か! 誰かいないの!? ここから出して! わたしなにもしてないわ!」
目の前の牢屋に囚われているエラが、ガンガンと音を立てて鉄格子を揺らしている。
頭が痛くなりそうな高い声で悲鳴をあげているが、この地下牢では意味がない。
監視役は徹底して無を貫き、エラがなにを騒ごうとも一切の反応を示さない。
それでも騒ぎ続けるエラに、痺れを切らしたのはマルクだった。
「エラ。……無駄だ。騒いだって解決しない」
「うるさいわよ役立たず! もう何日もここに入って……! あなたがもっと上手くやっていれば、バレることなんてなかったのに――!」
今度は泣き始めたエラに、マルクは大きなため息をついた。
いつからこうなってしまったのだろうか?
昔のエラはもっと素直だったはずだ。
――優しくて可愛らしい、妖精のような奇跡の女の子エラ。
誰だって彼女を好きになった。
春の日差しのような微笑みを向けられて、鈴を転がしたような可愛らしい声で囁かれれば、たちまちエラの虜になる。
伯爵家にいる人間は老若男女問わず、エラを好きになった。
それはマルクの両親もだった。
乳母の娘でありながら、両親から愛されたエラはさながら伯爵令嬢のような扱いをされていた。
みなが彼女の笑顔が見たいと、あれこれ手を尽くしていた。
――それがいつから変わったのだろうか?
マルクはそっと目を閉じて過去を思い出す。
(……そうだ、あれは俺の結婚が決まった時だ)
『マルクのお嫁さんになるのはわたしじゃないの!? だってみんな……ずっとそう言ってたじゃない!』
三日三晩は泣いて騒いだエラを説得するのが大変だった。
伯爵家の中がぐちゃぐちゃになって、それでも誰もエラを責めない。
かわいそうなエラ。
その時はその言葉ばかり聞いていた。
「…………そうだ。それで……」
伯爵家に真の女主人がやってきたのだ。
侯爵令嬢だったリリィ。
美しくも聡明な頭のいい女性。
血筋も確かなその女性に、マルクは確かに嫉妬したのだ。
自分にはないものを持つ彼女が、なんだか恐ろしいもののように思えた。
だから無視した。
会わないようにした。
見ないようにした。
リリィにはなにも与えず、彼女に与えるべきものをエラに与えた。
そうするとエラは花のような笑顔を向けてくれるから。
――今思えばそれは異常だった。
ありえないことをしていたと、今更ながらに気づいた。
それもこれも全て、マルクをここに入れた皇太子妃、リリアナ・ウィンバートのせいだ。
彼女と会い、話なんてしなければ……。
リリィ・マクラーレンなんて存在、記憶の彼方に消え失せていたというのに。
「…………いや、違うな」
頭のどこかには常にいたのだ。
自分の子を宿してくれた彼女の存在が。
献身的に支えてくれていたリリィという女性が。
ただリリアナのせいで、その存在が大きくなっていったのだ。
望んで消したはずなのに。
あの瞬間まで、この心のどこにもいなかったはずなのに。
――彼女の最後の言葉が、頭から離れないのだ。
「……許されるなんて……思っていない……」
あの時からずっと、業を背負っている。
許されざる罪を二人で共有できたことに、舞い上がっていたのかもしれない。
あの日のことを悪夢として再現し、飛び起きる日々を送ったのはきっとマルクだけなのだろう。
直接手は下していない。
けれど確かに殺したのだ。
彼女の声が、耳にこびりついて離れない。
「誰か! 誰かっ! ここから出して! わたしは関係ないわ! 宝石はマルクが勝手にやったことで――」
「そんな嘘が通用するわけないでしょう。……あなたは全てを知ってやったはずよ」
そんな時だ。
エラの言葉を遮るように、仄暗い地下牢に人がやってきた。
「――リリィ! あなた……っ!」
「あまり騒ぐな。舌を切り落とされたくはないだろう?」
リリアナと共にやってきたノアが剣を抜き、エラの顔に向けて突き出した。
さすがのエラもそれには恐怖したのだろう。
黙ったエラの目の前で、リリアナは膝を折った。
「あなたはこれから尋問にかけられるわ。容疑は詐欺と殺人」
「…………殺人? わたしそんなことしてないわ!」
「無駄よ。――もう証拠は見つかってる」
やってないとなんども首を振って否定するエラの目の前に、小さな小瓶が突き出された。
蝶と花があしらわれた美しい小瓶。
見覚えのあるそれに、マルクはハッと息を呑んだ。
「中身は蛇の毒を独自で改良したものらしいわ。飲んだ人間が死にやすいように、効果を高めたもののようね」
「なぁに、それ? わたしそんなの知らな――」
「伯爵家はもう調べてある。例の偽の宝石を作った場所から関わった人間まで全てな。まさか宝石の製造元も地下だったなんて……。お前たちはつくづく地下と縁があるようだな」
ああ、なんだ。
もう全てバレているのか。
マルクはノアの話を聞いて、そっと膝を抱えた。
ならなにをしても無駄だ。
もう悪事は全てバレているんだから……。
「だから宝石の件は――」
「巨大なベッドをどかし、カーペットを剥いだところにある小さな隠し場所。そこにこの小瓶が入っていた……中身は空だったがな。誰に使った?」
「しらなーい」
ぷんっとほおを膨らませながら顔を背けたエラに、リリアナは静かに告げる。
「さあ、今すぐに行くわよ。ずいぶん注目されているのね。たくさんの人が集まったわ。……そこで全てを話すことになる」
「はあ!? 今から? そんなの出るわけ――」
「こいつらを連れて行け」
監視役の騎士に連れられて、暴れるエラと共に牢屋から出された。
マルクは特になにも言うことなく立ち上がると、静かに連行されていく。
あとは沙汰を待つだけ。
もはや諦めにも近い感情を抱いた時だ。
「――リリィ・マクラーレンの殺害も、認めてもらうわよ」
「だからわたしはやってないって――」
嫌がるエラは無理やり連れていかれた。
ギャーギャーと騒ぐエラを横目で見つつも、マルクはリリアナを見つめた。
どうして彼女はリリィ・マクラーレンに執着するのだろうか?
なぜエラと、そして自分をここまで追い詰めるのか。
わからない。
わからないけれど……。
「罪から逃れられる……なんて思わないで。――許されると思うなよ」
静かに告げたリリアナに、元妻の姿が重なった……。




