喜んで悪役になろう
「――は?」
ぴくりと皇女の口端がひくついた。
会場内のざわめきもピタリと止まり、みながこちら注目している。
――もちろん、エラとマルクもだ。
だからこそリリィは慎重に、しかし声を張って話し続けた。
「皇女殿下。そちらはマクラーレン伯爵から買った宝石では?」
「…………そうよ?」
「こちらをご覧ください。これもまた、マクラーレン伯爵家で販売しているものです」
わざわざ一つ買い付けたのだから感謝して欲しい。
リリィは深い青色をした宝石を一つ手にとり見せる。
それに慌てたのは他でもないエラとマルクだ。
二人は慌ててリリィたちの元へやってくる。
「ちょっとリリィ! どういうこと!?」
「一体なにをする気だ――!?」
「こちらはサファイア。ダイアモンドに次ぐ硬さの宝石です。……ですが――!」
宝石を持った手を振り上げ、ある程度の勢いを持って床へと叩きつけた。
すると宝石はまるでガラスのように砕け散り、あたりに破片が飛び散った。
「――このように、まるでガラスのように砕け散ります。……皇女殿下。殿下がお付けになられている宝石も、よろしければやってみてください。……同じ結果になると思います」
「ちょっと! いい加減にして! だいたいその宝石がうちから買ったなんて保証はないでしょう!?」
「皇女殿下のはあなたたちから買ったものよね?」
「………………」
皇女の顔が陰る。
大きく見開かれた目は瞬きすることなく、目尻がどんどん釣り上がっていく。
「皇女様、落ち着いてください! こんな嘘に――」
「嘘だと思うなら投げてみろ。答えは簡単だ」
ノアのその言葉に触発されたかのように、皇女は首からネックレスを引きちぎると、力の限り床に叩きつけた。
するとどうしたことだろうか。
彼女が身につけていた宝石は、もろく儚く粉々に砕け散った。
「――」
「――こ、皇女様が付けていらっしゃった宝石は脆くて……! だから!」
エラが慌てるがもう遅い。
皇女は身につけていたアクセサリーを乱暴にとると、次々と床に叩きつける。
そのどれもこれもがたやすく割れていき、その度に皇女の顔がどんどんと赤く染まっていく。
最後のピアスを力の限り叩きつけたあと、肩で息をしながらも、皇女はエラとマルクを睨みつけた。
「――わたくしを、騙したのね……?」
「ち、違います! それは……壊れやすい宝石で……!」
「ダイアモンドは床に叩きつけただけじゃ割れるわけがない。……流石の皇女もそれくらいはわかるだろう?」
「お兄様――! ……今は、軽口を、たたかないで……!」
怒りにぶるぶると震える皇女は、ノアにすら睨みつけてきた。
「わたくしを……馬鹿にするのもいい加減になさい……! これが偽物だとわからない愚か者だと、わたくしを嘲笑っていたのね……!?」
「そ、そのようなことしていません! ――我々ですらその宝石が偽物だと知らなかったんです!」
「お前が買った鉱山で手に入ったのにか? ……それは流石に無理があるぞ」
「――っ」
「というより……偽物だと認めたな?」
ハッと息を呑んだマルクに、皇女はギラリと瞳を光らせ叫んだ。
「誰か! この愚か者たちを今すぐに捕まえて!」
「待ってください! 話を――」
マルクが懇願するがもう遅い。
エラとマルクはノアが用意したであろう騎士たちに、あっという間に身柄を確保された。
「お前たち! 今すぐこの二人の首を切り落としなさい! そして手足をもぎ取り、カラスの餌にしてやるのよ!」
「――っ!」
想像でもしたのだろう。
エラの顔がサッと青ざめた。
恐怖にカチカチと歯を鳴らし始めたエラの前に立つと、リリィは皇女と真正面から向き合う。
「お待ちください。この二人は捕えるべきです」
「うるさいうるさいうるさいっ! わたくしに指図しないで! 今すぐにその首切り落とさないと気が――」
「うるさいのはお前だ。騎士たちはお前より俺の言うことを聞く。……この意味がわかるな」
皇女と皇太子の命令。
騎士たちが聞くのは皇太子のほうだろう。
実際エラとマルクの身柄を捕らえただけで、誰も剣を抜こうとはしない。
だがもちろん、それに納得するような皇女ではなかった。
「うるさい! 誰か! 今すぐにこいつらを――」
「皇女殿下。――ただ殺すだけなんて惜しいと思いませんか?」
皇女に近づくと、そっとその耳元で囁く。
甘くとろけるような、優しくも妖艶な声で。
「この世のありとあらゆる絶望を味合わせてからでも遅くありません。……皇女殿下を侮辱したのですから、それくらいして当然です」
「…………………………」
「大丈夫です。彼らは必ず死ぬよりつらい目に遭うはずです」
「…………………………必ずよ?」
「もちろんです」
どうやら納得してくれたようだ。
騎士たちに捕らわれたままのエラを力強く睨みつけると、皇女は一秒でもその場にいたくないと言いたげに会場を出て行った。
パーティーはこれにてお開きとなるだろう。
皇女には申し訳ないことをしたと心の中で謝っていると、不意にドレスの裾が引っ張られた。
「――リリィ! どういうこと!? あなたなんであんな……!」
「わかっているの? あなた今殺されかけてたところを私に救われたのよ?」
「そんなのどうでもいいわ! せっかく優しくしてあげたのに! 恩を仇で返すようなこと……!」
「あなたにあるのは恩じゃなくて仇だもの。――なにも間違ってなんてないわ」
騎士に拘束され、膝を床につけているエラ。
彼女のためにリリィは膝を折ると、目線を合わせた。
真っ直ぐに見つめるエラの深い青色の瞳に、穏やかに微笑むリリィの顔が映り込む。
――ああ、もっと早く、あなたのそんな顔が見たかった。
「エラ。エラ……。エラ・マクラーレン。可愛くて優しい、みんなのお姫様。――私はあなたの全てを奪うわ」
「…………リリィ? あなた、一体……」
「あなたが私から全て奪ったんだもの。――やったからには、やられる覚悟はできていて?」
そう言ってニヒルに笑うリリィの顔は、まるでどこかの物語の悪役のようだった――。




