はじまりはじまり
皇女のパーティーは、もちろん皇太子であるノアの結婚式よりは控えめに行われた。
とはいえ皇女の性格ゆえか、豪華絢爛なものに変わりはない。
人々は最高級のワイン片手に、煌びやかなシャンデリアの元語らいあっている。
美味しい酒に美味しい食事。
楽しげな話をしている人たちの視線は、ちらりちらりとリリアナとノアに向けられた。
どうやら結婚したばかりの、この国の若き太陽と月が気になるらしい。
お揃いの漆黒の衣装を身にまとった二人は美しくも妖艶で、見るものたちの視線を釘付けにしている。
ワイン片手に微笑みあい、見つめあい、語らいあう。
なんでお似合いの夫婦なのだろうかと耳に入ってくる。
老若男女問わずみなが話題の二人に注目していると、不意に音楽が鳴り出す。
今日の主役である皇女が会場に入ってきたのだ。
淡い黄色のドレスを身にまとった皇女は、頭にはゴールドの小さな冠。
揺れる大きなピアスは緑の宝石。
首元には赤い宝石が光るネックレス。
手首にも同じ赤い宝石のブレスレットがつけられ、ドレスにも色とりどりの宝石が煌めく。
とにかく宝石、宝石、宝石の装いに、リリィは静かに息を呑んだ。
ノアから聞いてはいたが、まさかここまでだったとは。
身にまとう宝石の全てが、マルクのところから入手したものらしい。
つまり彼女は今、体中に偽物をつけていることになる。
これは本当に面白いことになりそうだと、ワインを喉に流しながらも微笑んだ。
皇女はよほど嬉しいのか。
口元はニヤけ、鼻息荒く会場の中を進んでいく。
「今日はわたくしのために集まってくれてありがとう! みなさん、楽しんでちょうだい!」
皇女の言葉とともに、大きな拍手が会場内をこだました。
音楽が鳴り始め、ダンスを楽しむ人たちが会場の中心に集まっていく。
それを見ながら、リリィはノアに耳打ちした。
「タイミングはエラとマルクが皇女様に挨拶した後にします」
「――それは最高だ。あれのことだ。絶対に大声で宝石の自慢し始めるだろう。そのあと……となると、ダメージはさらに大きいだろうな」
同じようにワインを飲みながらことの成り行きを見守っているノア。
しばらくすると彼の形のよい眉毛がピクリと動いた。
「どうやらそろそろ始まるようだぞ」
「…………はい」
リリィとノアの視線は、皇女に挨拶しにいくエラとマルクへと向けられている。
皇女ほどではないが派手な装いのエラは、ニコニコと嬉しそうに両手を叩いた。
「皇女様! お誕生日おめでとうございます! ドレスもアクセサリーもとってもお似合いです」
「あらありがとう! ――あなたたちのところから買った宝石、とても綺麗ね。たくさん使わせてもらったわ!」
指先にも大きな紫色の宝石がついた指輪をしており、皇女は声を張りながらもそう言うと、手の甲を人々に見せつけるようにヒラヒラと振る。
それだけで彼女が今身につけている宝石は全て、入手困難なほど人気なマクラーレン伯爵から買ったのがわかった。
みな羨望の眼差しを向け羨ましいと次々に口を開いていく。
するとどうだろう。
皇女の鼻の穴がどんどん大きく広がっていき、瞳がキラキラと輝き出したのだ。
「あの馬鹿は目立つことが好きなんだ。……顔を見ればわかるだろう」
「……ある意味可愛らしいですね」
「馬鹿なだけだ。乗せられていることにも気づかない」
皇女は楽しそうにエラと話し、次はとマルクを見る。
「伯爵も来てくれてありがとう。宝石のお礼に招待したのよ? ぜひパーティーを楽しんで」
「……ありがとうございます」
皇女と知り合いでもないのにパーティーに呼ばれたのは、もちろん宝石のおかげだ。
ある意味賄賂とも言えるだろうが、まあそこを気にする人はあまりいない。
「そろそろ挨拶が終わるな。――行こう」
「…………はい」
リリィとノアはワイングラスをテーブルに置くと、皇女の元へと向かう。
するとちょうど挨拶を終えたエラとマルクとすれ違った。
「リリィ! とっても楽しいパーティーね!」
「……皇太子殿下、皇太子妃殿下にご挨拶申し上げます」
「ああ。とても楽しいパーティーだ」
「――お二人とも、どうぞこのあとも楽しんで」
彼らの言うとおり、これから最高に楽しいパーティーになるのだから。
主役の二人にはいてもらわないと困る。
「――……」
楽しそうなエラ。
マルクの腕に抱きついてニコニコと微笑んでいる。
マルクは……しょうじきわからない。
彼が今どんな感情を抱いているのか、想像すらできないでいる。
だがそれでいい。
もう彼らの考えや行動を読む必要はない。
だって今日で終わるんのだから――。
「皇女殿下。お誕生日おめでとうございます」
「まあ! お兄様、義姉様。わざわざお忙しい中ありがとう。本当はもっと派手にしたかったのに、お二人の結婚式より目立つのはダメだって言われたのよ?」
「当たり前だろう。これでもじゅうぶん派手だ」
「もっといろいろやりたいことあったのに!」
ツンっとそっぽを向いた皇女に呆れつつも、リリィは持っていたプレゼントを手渡した。
「こちらを」
「あら、ありがとう。なにかしら……」
その場でプレゼントを開けるのも、ノアの予想通りだ。
もちろんそうでなくてはならない。
このために用意したのだから。
「あら? これは……わたくしのと同じネックレス……?」
皇女の探るような視線に、リリィは静かに微笑んだ。
そう、箱の中に入っていたのは皇女が今つけているのと寸分違わぬネックレスだ。
「……どういうこと?」
皇女のネックレスはオーダーメイドで作らせたものだ。
だからこの世に同じものがあるはずがない。
皇女の反応に周りも気づき始めた。
みなの注目が集まった中で、リリィは少しだけ声を張った。
「皇女殿下の誕生日ですから、特別な物をご用意したかったんです」
「――意味がわからないんだけれど……」
「ご安心ください。こちらは本物の宝石で作らせました。――今、皇女様がつけていらっしゃる偽物の宝石とは違って」




