心配無用
アーサーは孤児院にすぐに打ち解けた。
子どもたちの相手も手慣れているし、なにより力仕事を担ってくれるのが大きい。
クレアともすぐに親しくなり、とても居心地のいい場所となれたようだ。
それだけでもじゅうぶんだったのにもう一つ。
彼は孤児院で剣術や体術を教え始めた。
はじめは護身術的なものだったのだが、教えていた子どもたちの何名かがとても優秀だったようだ。
アーサーは彼らを騎士にしようと、今頑張っている。
「騎士は身分関係ないからな。……孤児でも才能があればなれる。もちろん皇室付きは難しいだろうが……」
「ですがもしそうなれたら……とても素敵なことです」
「そうだな。……子どもたちの未来が明るいのは、嬉しいことだな」
皇宮の外廊下を歩き、リリィの私室へ向かおうとしていた時のことだ。
アーサーの話を聞き、優しい面差しをしているノアの隣を腕を組んで歩く。
子どもたちの未来を思うノアの優しさには、感服すらする。
彼ならきっといい父親になれるだろう。
「…………」
「どうかしたか?」
「いえ! なんでもないです……!」
当たり前にノアの隣で子どもを抱きしめる自分を想像してしまい、慌てて首を振った。
変なことを考えてしまって恥ずかしいと反省していると、不意にノアが足を止めた。
「――兄上……お久しぶりです」
「やあ、ノア。……リリアナも」
「――キース殿下にご挨拶申し上げます」
「ありがとう。顔を上げて」
皇宮の廊下で鉢合わせしたキースに言われて、お辞儀のため下げていた頭を上げた。
まさかこんなところで会うことになるとは思わなかった。
とはいえ今はノアと一緒だ。
そのことに安堵しつつも、リリィはすぐに視線を横へずらした。
キースの隣に見覚えのある女性がいる。
「ノア皇太子殿下、リリアナ様、ご挨拶申し上げます」
「――お久しぶりです。アシュリー様」
「様なんて……。どうぞアシュリーとお呼びください」
アシュリー・ハーベー。
伯爵令嬢であり、大人しくお淑やかな女性だ。
ハーベー伯爵家の面々もそうであり、地位や名誉に固執しない。
そんな家柄だからこそ、皇后はアシュリーをキースの相手に選んだのだろう。
「知っているだろうけれど紹介するよ。アシュリー・ハーベー伯爵令嬢だ」
「……どうぞよろしく」
お互い握手を交わしつつも、その後は無言になってしまう。
気まずい……。
とても気まずいとリリィは少しだけ俯いてしまう。
もちろんキースが婚約するのはとても嬉しい。
アシュリーはとてもいい女性だとも思う。
美しいしキースを支えてくれる優しい女性だ。
「…………」
ちらり、とリリィは視線だけをキースは向ける。
するとキースは優しくもどこか熱のこもった瞳でこちらを見てくるのだ。
これが気まずくないはずがないと、すぐに視線を逸らす。
アシュリーにこの変な雰囲気がバレてないといいのだが……。
なんて思っていると、隣のノアが大きめな咳払いをした。
「少し早いですが、婚約おめでとうございます」
「――ありがとうございます! なんだか恥ずかしいですね……!」
頰を赤らめて微笑むアシュリーはとても可愛らしい。
こんな女性と結婚できるなんて、世の中の男性なら手を叩いて喜ぶだろう。
だがしかし、キースはどこか浮かない顔だ。
もちろんそれにノアも気づいているのだろう。
だからこそ、彼はちゃんと言葉にすべく口を開いた。
「まさか俺たちの結婚式の日に、婚約発表することになるとは思いませんでしたが……」
「皇后様がよいことは重ねたほうがいいとお決めになられたので」
たぶんキースがリリアナを好きだからだろう。
ノアとリリアナの結婚式と同じ日に、二人の婚約を発表させる。
諦めさせるための方法なのだろうが、キースからしてみるとなんとも言えない気分だろう。
「結婚式の日取りも母上がさっさと決めたし……。あの人見かけによらず押しが強いんだよなぁ」
「ですがいい日取りですし……」
「まあリリィがいいならいいが……」
結婚式の日取りに文句はない。
もちろん皇后があれこれと決めてはいるが、ちゃんとリリィの意見を尊重してくれている。
なので不満はないと頷けば、ノアはそれ以上なにも言わなかった。
「当日はお二人揃ってお越しください」
「もちろんです! とても楽しみにしております」
アシュリーと握手を交わし、リリィとノアはその場を後にする。
二人からだいぶ離れた後、どちらからともなく大きなため息をついた。
「疲れた。意味のわからない気をつかった。もう会いたくない……元々会いたいとは思わない人だったが」
「お二人、うまくいくといいのですが……」
アシュリーはキースの気持ちを知っているのだろうか?
キースのあの意味ありげな視線を思い出していると、ノアが肩を軽く上げた。
「兄上よりも自分たちのことを優先しよう。結婚式も間近だ。色々やることが多い」
「……殿下はこの結婚についてどうお思いですか?」
一応親が決めたものだ。
以前のリリアナへの対応を知っているからこそ、なんとなく不安に思ってしまった。
ノアはこの結婚に前向きなのかどうか。
だからこそ問うたのだが、答えはさらっと帰ってきた。
「しあわせだ。――君もそうだと嬉しいが……どうだろうか?」
「……もちろん。私もしあわせです」
どうやら心配はいらないようだ。




