ご恩を忘れず
「子どものころのエラは純粋で優しくて……人を殺して平然としているような子ではなかった」
「なら覚悟を決めなさい。――あなた、このままでは破滅の道を進むのよ」
「…………」
騎士の拳に力が入る。
ギュッと握り締められたそれに、多くの葛藤があることがわかった。
愛した人を見捨てるか否か。
こればかりは彼の正義心に問いかけるしかない。
「――エラが殺したのは一人じゃないわ」
「な、に……?」
「私が知っている限り、もう一人殺してるわ。……マルク・マクラーレンの前妻よ」
「…………」
叫びそうにでもなったのか。
騎士は己の口元を押さえると、目を見開いたまま固まった。
「…………そんな、ことを」
「たぶん同じ毒でね。……だから彼女の罪をなかったことにはできないのよ。あまりにも多くのものを悲しみに突き落としたんだから」
「…………そうだな。そうだ。その通りだ…………」
まるで泣きそうな子どものように顔をくしゃりと歪ませたあと、目元を押さえて黙り込んだ。
血が出そうなほど唇を噛み締め、耐えるようにしばし黙り込む。
沈黙が長く続いたあと、騎士の男は深く頷いた。
「わかりました。エラに罪を償わせるためにも……話します」
「……ありがとう」
どうやらこれで、エラにアメリア殺害の罪を償わせることはできるようだ。
前途多難ではなくなったことにホッとしつつも、まだやることがあるとすぐに表情を切り替えた。
「あなたはこれからどうするの?」
「…………騎士はもうできません。家族もいませんので……どこか田舎にでも戻って働きます」
「…………そう」
騎士になるのが夢だったのだろうか?
どれほど苦労をしてその地位を手に入れたのか、想像もできない。
それを全て手放すのだ。
――エラのせいで。
それは全てを終わらせられたリリィと似ている。
エラの手によって。
ある意味似た境遇の二人だろう。
だからこそ、見捨てられないのだ。
「ならあなたにはなにもないのね?」
「――ええ。全てを失いました。……愛も夢も」
「じゃあ、そんななにもないあなたを私が買います」
「……え?」
ぱちくりと瞬きを繰り返した騎士は、やっと人間らしい表情をしたように思えた。
リリィは一枚の紙を騎士に手渡し、ニヤリと笑う。
「皇太子殿下が個人的に手助けしている孤児院があるのだけれど、男手が欲しいと思っていたのよ。どうかしら?」
「――どう、と言われましても……。急なことで……」
「そうでしょうね。もちろん考える時間はあげるわ。……ただね?」
動揺している騎士の瞳を、まっすぐ見つめる。
これだけは伝えなくてはならないのだ。
「奪った分、救いなさい。あなたの罪がなくなることはないけれど、少しは心が癒えるでしょう」
「……救う?」
「孤児院の子どもたちは大人の手を必要としているの。だからたくさんの子どもを助けて。……それがあなたへの罰になるはずよ」
「――っ!」
失ったものはもう戻らない。
彼がやったことで亡くなった人がいるのなら、彼がやったことで救われる人を増やさなくては。
それができる場所が、孤児院であるとリリィは思っている。
「もちろん一生その罪を背負っていくのよ。……けれど、あなたも被害者ではある。だから救いがあってもいいとは思うの」
「……そんな……っ、よろしいのですか? 俺は……!」
「もちろん、毎年必ずアメリアのお墓を訪ねること。一人でも多くの子どもを救うこと。……いいわね?」
「…………」
ぽたり。
騎士の瞳から涙が一つこぼれ落ちた。
それは止まることを知らず、ぽたりぽたりと何度も何度も落ちては地面にあとを残す。
「お、おれは……! もう……本当にダメだと……っ」
夢を持ってやってきた騎士という仕事を奪われて、さらには怪我も負っていて。
まともな仕事に就けるとは思えない。
人生に絶望しかけていたのだろう。
騎士は何度も何度もお礼の言葉を口にした。
「本当にありがとうございます! このご恩は一生忘れません……っ!」
「それじゃあ、やってくれるのね? 子どもたちを守って、育てて……慈しんであげてちょうだい」
「もちろんです! この命に代えても守り抜きます」
「ダメよ。生きなさい。生きて罪を償いなさい」
「……はいっ! 必ず……必ず!」
どうやら騎士もやる気になったらしい。
人材も確保できたし、なによりもエラの件をちゃんと進められそうだ。
よかったと安堵のため息をついた時、ふと気づいた。
「そういえば、あなた名前は?」
「――失礼いたしました。俺の名前はアーサー・グレイヴです」
「……アーサーね? 孤児院には連絡を入れておくから、明日にでも向かってちょうだい」
深く頭を下げたアーサーは、力強い瞳でリリィを見つめてくる。
先ほどまでの弱々しい雰囲気はどこへやら。
やはり彼はどこまでいっても騎士なのだ。
胸に手を当てると、その場で膝を折った。
「このご恩は必ずお返しいたします。与えていただいた役目を、誠心誠意努めさせていただきます」
「……よろしくね。どうか子どもたちの道標になってあげて」
こうして孤児院に新たなメンバーが加わったのだった。




