夢から覚める
「どうやらあの騎士、口を割らなかったようです」
「…………そう」
メキーラのその言葉に、そっと瞳を伏せた。
私室で縫い物をしていた時のことだ。
ちなみにこれは孤児院のバザーで売るものではなく、ノアへのプレゼントである。
リリィが張り切って刺繍をしていた時のこと。
隣に座っていたノアが手元を見つめ、欲しいと言ってきたのだ。
さすがに皇太子が持つには、リリィの腕前では不足してるのではと思ったのだが押しに負けてしまった。
ノアの羨ましそうな視線を受けて、断れるはずがないのだ。
そんなわけでいそいそとハンカチに刺繍をしていたのだが、思わずその手を止めてしまった。
メキーラの言う騎士とは、エラを案内した男のことだろう。
「かなりひどい拷問を受けたと思いますが、それでも話さなかったようです」
「…………」
ふむ、とリリィはエラが来た時のことを思い出す。
あまり騎士の方に注目はしていなかったが、身長が高かったことを思い出す。
ノアも高身長だがそれよりも高いことを考えると、百九十は超えているだろう。
がっしりとした体と、短い緑色の髪が印象的だった。
「……彼はエラのことを守ったのね……?」
「そのようですね。……ハルがいれば、もっと色々できたと思いますが」
「それは……逆にお使いをお願いしててよかったかもしれないわね」
なにも悲痛な思いをしてほしいわけではない。
ただ話してほしいだけなのだが、それが難しいようだ。
あの騎士もまたエラに盲目的なのかと思うと、なんだか気味の悪さすら感じ始める。
「あの騎士の出自は調べました。エラという女性の母親の出身地と同じらしく、帰省時には仲睦まじい姿が目撃されていたようです」
「やっぱりそうだったのね。……だからエラに協力を……」
「下手に恋心を抱いているのなら、口を割らせるのは難しいかもしれませんね……。恋や愛はこういう場では厄介な感情ですから」
愛するエラのため。
そういう名目があると、人は勝手に酔いしれるものだ。
愛するものを守るためなら、どんな苦痛だって乗り越えてみせる。
きっとあの騎士はそんなふうに思っているのだろう。
「――馬鹿馬鹿しいわね」
それが両想いならまだしも、相手は既婚者だ。
そんな相手に夢中になるなんて意味がわからない。
「……どうにか口を割らせることはできないかしら?」
とはいえ拷問ですら口を開かなかったのから、やはり難しいかと諦めかけた時だ。
メキーラが少しだけ悪そうな笑みを浮かべた。
「愛だの恋だのに酔いしれてるやつは、現実を見てないんです。だから真実をその瞳に無理やり映させれば、夢なら覚めたみたいに嫌でも理解しますよ」
「現実……ねぇ」
つまりはエラの本性を見せればいいということだ。
彼女が純粋無垢な乙女ではないことを、あの騎士に見せればいい。
それは……。
「――簡単そうね?」
「なにがですか?」
「メキーラのおかげで名案が浮かんだの。ありがとう」
「お役に立てたのなら光栄ですが……一体なにを……?」
リリィはニヤリと片方の口端を上げた。
その表情を見たメキーラが、ぼそりとつぶやく。
「すごい。夫婦って似るんですね」
「なあに? なにか言った?」
「いえ。失礼いたしました」
不思議そうに小首をかしげながらも、リリィはまたしてもにやりと笑う。
「手紙を書くから準備してくれる?」
「かしこまりました」
近くにいた侍女に命じて、手紙の準備をする。
もちろん相手はエラだ。
さらさらと手紙を書いたリリィは、侍女に手渡し伯爵家へ送るよう命じた。
「どうなさるおつもりなのか、お聞きしてもよろしいですか?」
「気になる?」
気になっている様子のメキーラへ振り返りながら、リリィは人差し指を立て揺らした。
「メキーラの言うとおり、エラの本性をあの騎士に見せるのよ」
「それは……とても効果があると思いますが、できるんでしょうか? 長年隠していたんでしょうし……」
「エラはね、気を緩めるとすぐボロを出すのよ。だから騎士には隠れて見てもらうの。……あの子の本性をね」
美しい花咲く庭園でリリィとエラ。
二人だけのお茶会をするのだ。
エラが好きなピンク色のクロスを敷いて、小さな女の子が好きそうなティーセットを使う。
甘いものをたくさん用意して、紅茶にも花弁を浮かべたりして。
エラにいい気分になってもらうのだ。
「そのためにはあの騎士に黙って見ていてもらわないといけないんだけれど……」
「そこはお任せください。喋ったら舌を抜くと脅しておきます」
「……ほ、ほどほどにね。でもありがとう。お願いするわ」
今のエラは気分がよくなっているはずだ。
アメリアを簡単に殺せたのだから。
悔しがっているリリィの姿を見るために、足取り軽く招待に応じるはずだ。
なのでエラの望む姿を見せてあげるつもりである。
少しでも気分良くなってもらい、あの性悪な姿を晒してもらわないといけない。
「あの口を軽くしてあげないと……ね?」
憎き相手を手のひらで転がす快感。
今だけ味わえるそれに、酔いしれてやろう。
「……さ、準備しましょうか?」




