嫌なものは嫌
「いらっしゃいませー!」
「いらったいましぇ」
「あら可愛い。素敵な刺繍のハンカチね」
「ママー! このおもちゃ買ってー!」
宣伝はしっかりとやった。
子どもたちにお願いして、チラシをたくさん配ったのだ。
そこでもまた、子どもの才能が発揮されていた。
とにかく絵が上手い子や色彩に長けた子など。
彼らのおかげで素晴らしいチラシを作ることができた。
それを体力と足自慢の子が配りまくり、人々の注目を集めることができた。
商品も時間の許す限りたくさん用意した。
そんなわけで始まった孤児院でのバザー。
リリィはそれを大きな帽子をかぶることで変装し、見守ることにした。
「…………大盛況……みたいね?」
孤児院の庭にテーブルを置いて、シーツを被せただけの簡易的な場所。
そこにたくさんの刺繍された布や簡単な木のおもちゃ。
さらには庭に植えていた花や、子どもたちが作ったお菓子たち。
品物的にはどこにでもあるようなものなのだが、一つ一つの質はいい。
買った人の口コミに誘われて、さらに人が集まってきているようだ。
これなら予定の時間よりもずっと早く、完売できるかもしれない。
「――完売。……つまり足りないということ。これは想像よりもいい金策になるのでは……?」
次回やる時はもっと時間をかけて、品物を増やすといいかもしれない。
チラシでもわかったけれど、絵が上手い子と話して本人がよければそれを販売したっていいのだ。
子どもとは末恐ろしい。
才能の塊すぎる。
一人一人に最高の才能を発揮する場所を用意できたらいいのだが……。
どうするべきかと腕を組み、一人考えているとリリィの後ろで控えていたメキーラがそっと声をかけてきた。
「すごい人ですね。……孤児院のバザーとは思えないほどの人です」
「ありがたいことだわ。皇都の皆さんはお祭りごとが好きなのね」
「最近は建国祭くらいしかありませんから……」
皇帝は国のために金を使うことが嫌らしく、しぶしぶ建国祭だけをやっているようだ。
国民はもちろんそれに満足はしておらず、こういった小さな催しにも積極的に参加してくれる。
だが今の孤児院にはそれがとてもありがたい。
バザーを開けばこうして人が集まってくれる今、それを逃さない手はない。
今こそ販売のタイミングだとやる気を燃やしていると、メキーラがハッと声を上げた。
「――リリアナ様……!」
「え?」
メキーラの視線を追えば、そこには驚いた顔をしているマルクがいた。
なぜ彼がここにいるのだと怪訝そうな顔をすれば、マルクは気まずそうに視線をずらした。
「……ここには近寄らないようにと、殿下に言われたはずでは?」
「…………近くを通ったから、少し様子を見ようとしただけだ」
だからそれをやめろと言われていたのに、本当に人の話を聞いていないなと冷めた声をかける。
「あなたにはなにを言っても無駄なようね」
「…………」
ちらりと向けられるマルクからのもの言いたげな視線。
ノアに言われてから気にしていたが、確かに違和感がある。
なんの関係もないリリアナに向けるには、どこか意味ありげな目だ。
元妻であることなんてわかるはずがなのに、なぜこんな目を向けてくるのか。
本当に気味が悪い。
ここにノアがいないことに後悔しつつ、リリィはすぐにマルクからの視線を外した。
「…………」
「………………」
だというのになぜかマルクは隣から離れない。
しばしの沈黙ののち、大きなため息とともに口を開いた。
「――アメリアが亡くなったのは知っていますね? ……我々はエラがやったと思っています」
「…………」
「もちろん証拠を入手してからの話になりますが……。我々はアメリアからリリィ・マクラーレンの殺害にもエラが関与していることも知っています。そちらもあわせてエラに……って、聞いていますか?」
いつもなら人の話を遮ってでも口を開いてくるのに、なにも言わないなんておかしい。
そこでやっと横目でマルクを見れば、彼は静かに瞳を伏せていた。
「…………聞いている」
「…………否定しないんですか? あなたの奥様が疑われているんですよ?」
「…………奥様、か」
マルクはなにやら意味深げに呟くと、リリィをじっ……と見つめてきた。
「君は、エラが嫌いか?」
「――質問の意図がわかりません」
「……エラを愛するものは多いが、同時に憎むものも多い。……俺は、後者の者たちはただ彼女に嫉妬しているのだと思っていたが……」
ずっと細められたマルクの瞳。
そこに映るリリィは、とても険しい顔をしていた。
「――君は、そんなことをしないだろう?」
「…………」
なにも言うことはない。
実際、リリィ・マクラーレンの時はエラに嫉妬していたのだから。
けれど今はそうじゃない。
だがもちろんそんなことを説明する義理はない。
黙り込んだリリィに、マルクは軽く首をふると踵を返した。
「調べたければ調べるといい。……邪魔はしないさ」
遠ざかるマルクの背中を見つめながら、片眉を上げた。
彼の行動、言葉、表情。
全てにおいて理解できないのだ。
前までのマルクだったら、エラをかばってあれこれ文句を言っていたはずなのに。
「……気味が悪いわね」
「質問なのですが、よろしいでしょうか?」
「――え? ええ。もちろんよ」
質問に答えようと振り向くと、メキーラはなぜかマルクのほうを見つめていた。
「……あの方とリリアナ様のご関係は……?」
「え?」
「あ、いえ。変な聞きかたをしまして申し訳ございません」
メキーラは頭を下げるとすぐに上げ、しかしまたしてもマルクのほうを眺める。
「私の一感想なので、ご無礼を申し上げます。……リリアナ様からあの方へは強い軽蔑の念を感じました」
するどい。
まさかそんなふうに思われるなんて……と一瞬驚いたがすぐに納得した。
あれだけ冷め切った視線をマルクに向けていれば、第三者とて気づく。
少し気をつけなくてはと反省していると、しかし……とメキーラは続ける。
「あの男性からリリアナ様へは……なんと言いますか……。そうですね……」
ふむ、と顎に手を当てたメキーラは言葉を探しているのか、ゆったりと口を開く。
「負の感情があまり感じられず……どちらかと言うと、親しげだな……と。先ほども自ら近寄ってきて、積極的にリリアナ様と言葉を交わそうとしていたように見え――申し訳ございません。失言だったようですね」
謝るメキーラには申し訳ないが、どうしてもこの表情を変えることができなかった。
鼻の頭に皺が寄っているのがわかる。
「イイエ。ダイジョウブヨ……」
別にメキーラに対してのものではない。
だがこの表情が止められないのだと心底不愉快な顔をすれば、メキーラはそれ以上口を開くことはなかった。




