地下
「殿下、リリアナ様。その薬の販売者、探すの私にお任せ願えませんかぁ?」
私室にてノアと今後どうするか話していたリリィの耳に、ゆったりとしたハルの声が届けられた。
へにゃりと笑いつつ手を挙げる姿は、とてもあの暴言を吐いていた人と同一人物とは思えない。
その違いに驚きつつも、ハルに話しかけた。
「急にどうしたの?」
「たぶんですけれど、そういった輩は命の危険もあるので地下に潜ります。私、地下出身なのでそこらへん詳しいですし、なにより怪しまれずに探せると思いますぅ」
「――地下?」
聞き覚えのない単語に首を傾げていると、ノアが簡単に説明してくれる。
「正確には貧困街のことだ。皇都のはじにある場所で、国も見て見ぬフリをしている。そこを侮蔑の意味を込めて『地下』と呼んでいるんだ」
「クソの掃き溜めみたいなところですから、地下がお似合いなんですぅ〜」
「そ、そう……」
やはり口は悪いらしい。
それにしてもそんな場所が皇都にあったなんて知らなかった。
国が黙認しているだなんて驚きだが、確かに庶民の中にはそういった場所でしか生きられないものもいるだろう。
そこなら毒薬なんて簡単に手に入るのかもしれない。
「クソしか住んでないので、エグいこともやるような奴らが揃ってるんですぅ〜。毒薬作って売るくらい簡単ですよ」
「そうなの……。ハルはそんなところで……?」
「はい〜。あのままクソで終わるなんて嫌だなぁ〜と思って、庶民でもできる仕事を探して……一番性に合うの騎士だなって思いまして! クソをぐちゃぐちゃにしても褒められるなんて最高ですからぁ」
ハルは本当に騎士として大丈夫なのだろうかと不安になるが、彼女のノアへの忠誠心は本物だろう。
だからこそ今も、ノアとリリィのためにと面倒ごとを買って出てくれようとしているのだ。
「薬の販売元を見つけて連れてきまぁす。あわよくば買い手の情報も得れるよう動いてはみますが……」
「無理はしなくていい。下手に動いて相手に勘づかれたくない」
「そこらへんはうまくやりますぅ〜」
確かに地元の人間がいるなら任せた方がいいだろう。
とはいえ危険であることに変わりはない。
なので本当に大丈夫なのかと、不安になってしまった。
「危険ですよね……? ハル、本当に大丈夫? 無理はしなくていいから、無事に帰ってくることを最優先してね?」
「――……はいっ! 大丈夫です! 必ず捕まえてお二人の前に連れてきます!」
なにやら嬉しそうににっこりと微笑んだハルは、ルンルンで部屋を出て行った。
無理をしないでと言ったのに、なんだかやる気にさせてしまったようだ。
どうしたのだろうかと狼狽えていると、ノアが答えを教えてくれた。
「地下で生きてきたからな。死ぬのが当たり前の世界がハルの日常だった。……心配されるのが嬉しいんだろう」
「…………」
そんな世界があったなんて。
どれほどつらかったことだろうか。
ハルの過去を思うと胸がギュッと苦しくなる。
ただ大丈夫なのかと声をかけられるだけで、あれほど嬉しそうにするなんて……。
「……ハルが子どものころに、もっと多くの孤児院があったら違ったんでしょうか?」
「可能性はある。……今いる子どもたちも、孤児院がなければ地下に潜っていただろう。あそこはそういうものたちが集まる場所でもあるからな」
孤児院で走り回る子どもたちはみな年相応だ。
楽しそうにおもちゃで遊び、ご飯を食べて屋根の下で眠れる。
それが当たり前ではないのだと、今更ながら再確認できた。
「…………がんばらないと、ですね」
「孤児院のことか? ――君はもうがんばっているだろう?」
「……ありがとうございます」
とはいえ結果を出さなくては話にならない。
毒薬の件は一旦、ハルに任せるより他にないだろう。
なら今できることを、全力でやるだけだ。
「――そういえば、アメリアの件ですが……」
「ああ。君の言うとおり、遺体は両親のもとに帰した。……本当によかったのか?」
「…………毒を飲むのは、とても苦しいことですから」
彼女のしたことが許されたとは思っていない。
きっとアメリアは死後の世界でも、苦しむことになるだろう。
だからそれでいいのだ。
それに……。
「それを望んだのは、クレアですから」
アメリアの死を伝えたクレアから、お願いされたのだ。
最後くらいは、両親の元へと。
ならリリィから他に言うことはない。
「君たちがそれでいいなら構わない。――あの馬鹿共は罪を重ねたな」
「……はい。許されないことばかりを……」
彼らへの憎悪は増えていくばかりだ。
許せるわけがない。
許していいわけがない。
「……必ず、償わせます」
皇女の誕生パーティーまでもう少しだ。




