道を示す
そして事件は起こった――。
「リリィ――!」
「……殿下? どうなさいました?」
エラが帰ってしばらく、リリィは私室で刺繍をしていた。
枚数も増えてきて、編み物と合わせて販売できるくらいの数にはなってきた。
もちろんクレアや孤児院の子どもたちの分も合わせてだ。
孤児院という存在を知ってもらい、かつ、親しみを持ってもらうために、孤児院にてバザーを開くつもりである。
残念ながらノアが孤児院の運営に関わっていることは公にはしていない。
なのでリリィも本来なら参加はできないのだが、こっそり変装をして見にいくつもりである。
きっと子どもたちのキラキラした顔を見ることができるだろうなと想像し、胸躍らせていたときだ。
リリィの元へ、慌てたノアがやってきたのは。
「やられた――!」
「――え?」
苦々しい顔をしたノアから告げられ、慌てて立ち上がると二人で走って向かった。
――場所は地下牢だ。
たどり着いたリリィは、その惨状に深く眉間に皺を寄せた。
「……やられましたね」
「あの女がきたんだろう? ……ならあいつの仕業だろうな」
牢獄の一つに横たわる人。
口から血を流し、目を開けたまま永遠の眠りにつく『アメリア』を静かに見つめる。
「……亡くなってしまったんですね」
「ああ。……残念ながらな」
許されるべき人ではなかった。
彼女のせいでリリィ・マクラーレンが苦しんできたのは事実だ。
それにクレアは、指を失った。
けれどまさかこんなふうに殺されるなんて思っていなかったはずだ。
彼女にはきちんと公の場で罪を告白させるつもりだったのに……。
それなのにこんなことになるなんて。
「見張りのものは?」
「ちょうど交代のタイミングでやられたようだ。次の見張りが来た時には死んでいたらしい」
「……そんなに時間がかかるわけではありませんよね?」
「十分もいかないだろうな。……その時間で毒を飲ませたようだ」
ノアは指先で掴んでいる、小さなボトルを動かした。
ほんの少しだけ中に液体が残っている。
「……それが、毒……ですか?」
「そうだ。――だが変だな。皇宮に入る際に検査されるはずだが……」
おかしなものを持っていないか、騎士に調べられるはずだ。
だというのにエラはこの見るからに怪しい小瓶を持って皇宮に来たのだ。
毒を持った人間と同じ空間にいたと思うと、過去の苦しみや痛みを思い出してしまう。
「どうやって、どうして毒を持ってきたのか」
「……エラにとって今一番邪魔なのは私ですね」
エラとマルクを破滅させるかもしれない。
その切り札をリリィが持っているとなれば、人一人殺してみせたエラのことだ。
もう一人くらいと簡単に思えるのかもしれない。
「皇太子妃になる君を? ……イカれてるな、あの女」
だがリリィの周りには騎士がおり、思ったよりも毒を盛るのが難しい。
さらにはリリィとの話で、対象をアメリアにすればいいと思いついたのだ。
アメリアなら、リリィよりも簡単に殺せると。
そんな憶測をノアに話すと、彼は軽く首を傾げた。
「だがその話なら、あの女を手伝う存在が必要だ。皇宮に毒を持ち込み、アメリアの場所を伝え、交代の時間を把握している人物……」
確かにノアの言うとおりだ。
この作戦を決行するには、エラに味方する人物が必要になる。
だが彼女は元庶民。
皇宮に知り合いなんているはずが……。
「――っ! 殿下。エラの案内を務めた騎士を探してください!」
「どういうことだ?」
「エラを案内した騎士がいました。今思えばかなり距離が近く……。それに、騎士の多くは庶民です。もしかしたら」
「あの女と旧知の中の可能性があるのか……。だが残念ながら証拠がない。その騎士を呼んだところでそもそもあの女がこの小瓶を持ってきた証拠すらない。……まあ、ダメ元で尋問はしてみるがな」
「――あ……そう、でした……」
騎士が否定したらそれで終わりだ。
エラのことだ。
あの騎士に口止めもしているだろう。
無人となったこの地下牢では、誰がなにをしようと目撃者はいないのだから。
「…………悔しいです。やっと、彼らに殺人の罪も償わせられると思ったのに」
「……そうだな。――だが諦めるには早いかもしれないぞ?」
「――え?」
ノアは楽しそうに小瓶を振る。
「特殊な小瓶だ。形も見たことがない。これだけでも道を辿ることはできるだろうな」
「道……?」
言われてみれば確かに特殊な形をした小瓶だ。
蓋の部分が蝶の形をしているし、瓶自体にも花の装飾がされている。
こんなに凝った小瓶ははじめて見た。
「侍女が言っていただろう。毒を受け取りに人気のない酒場に行ったと。……これだけ凝った装飾の小瓶は早々ない」
「――なるほど。この小瓶から販売者を探すんですね。アメリアは受け取りに行っただけ。エラが直接頼んだ可能性があるなら……」
「可能性の話だが……それに賭けてみてもいいんじゃないか?」
可能性はついえたと思っていた。
それなのにノアの機転により、まだ道があることが知れた。
ノアの手にある小瓶を見ながら、リリィは力強く手を握る。
「必ず販売者を見つけ出して――エラの尻尾を掴んでみせます」
逃すものか。
必ず、罪を償わせてやる。




