尊敬しあえる
噂をするとなんとやら。
ノアとキースの話をした翌日、リリィは皇后に呼び出された。
もちろん喜んで向かえば、皇后お気に入りの紅茶とたくさんのケーキでおもてなしをされた。
ノアと同じ漆黒の長い髪に、真っ赤な赤い瞳。
年齢を感じさせない可愛らしい女性は、ケーキを口に含むとへにゃりと微笑んだ。
「皇宮にいる理由なんてケーキくらいしかないわよねぇ」
四種類ほどの果物たっぷりのケーキを、頰を膨らませながら食べる皇后。
まさに少女のような見た目の女性が、あのノアの母親なのだから驚きだ。
小柄でふわふわとした女性は、紅茶で喉を潤した後リリィへと視線を向けた。
「皇宮での暮らしはどうかしら? 充実してる?」
「はい、とても。……しょうじき、侯爵家よりも過ごしやすいです」
「それはよかったわ。そうじゃなきゃ、結婚前に皇宮にきてもらった意味がないもの!」
四つのケーキを食べ終わったというのに、皇后はもう二つ侍女に命じとらせた。
それを嬉しそうにパクパクと食べつつも、話を続ける。
「ノアとも順調なようだし、私はとっても嬉しいの。これで心置きなく隠居できるってものよ!」
「隠居……ですか?」
「陛下のことは知っているでしょう? あっちこっちの女に手を出しては子どもを作って……。もう本当に大っ嫌いなの。だからさっさと皇宮を去りたいのよ」
いい笑顔で言うものではない。
反応に困っていると、そんなリリィに皇后はケラケラと笑う。
「いいのよ。どうせここには陛下は来ないし、好きにしてて! そういう約束で私は皇后になったんだもの」
「そ、そうなのですね……?」
「愛や恋で皇宮に入るほうが珍しいわ。……だから、あなたは幸せ……よね?」
現皇帝は数多の愛人を囲い、子どもも多い。
もちろん皇族として子孫を残すのは義務である。
だからこそ現皇帝の行動は一応認められているはずだ。
だが皇后としてはいい気分ではないだろう。
好きでもない相手と結婚をして、さらにはその相手が自分以外にも複数人と関係を持つ。
エラの存在ですら許せなかった自分には、とても我慢できそうにない。
「……はい。ノア殿下とともにいられて、私は幸せです」
「……そう。ならよかったわ。……ノアはね、陛下のことを間近で見ていたからこそ、結婚には慎重だったのよ」
紅茶のカップを手にしつつも、皇后はそれに口をつけることはない。
憂を帯びた瞳で、ゆらゆらとゆらめく水面を眺めた。
「愛だの恋だのにうつつを抜かす、感情的に動く人には嫌悪感を抱いていたのね。……だから、あなたとのこと、どうなるか不安だったのよね」
はあ、と大きくため息をついた皇后は、突然ハッとしたように顔を上げた。
「そう言えばノアからキースの結婚を急ぐそう言われたんだけれど……」
「あ……それは……」
「驚いたわ。まさかあの子があなたのことを好きだったなんて……」
そこまで話したのかと、驚いた顔をしたリリィ。
それとは反対に、皇后はニタリとイタズラが成功した子どものような笑みを浮かべた。
「ノアは隠そうとしてたわよ? けれど急にキースの結婚を急げ、なんて言ってくるのは変だもの。あの子が嘘つく時の癖とか、親だからわかるのよ。それで……」
「バレてしまったということですね」
「聞き出すの大変だったけどね? だからあの子を怒らないであげてね? あなたとのことをベラベラ話すことはできない! って最後まで黙ってたんだから」
「……そんなことで怒ったりません」
「ならよかったわ」
なんとなくその時のノアと皇后の姿が想像できた。
きっとダメだと首を振り続けるノアに、皇后があれこれ質問を投げかけたのだろう。
まあ皇后にならバレてもいいかと、こくりと頷いた。
「キース殿下もいろいろお考えでしょう。……下手なことはしないとは思いますが……」
「わかっているわ。それでも急ぐべきね。……私のほうで手配は済ませるから、安心してちょうだい?」
「……はい」
キースはどう思うのだろうか?
好きでもない相手と結婚させられたと、皇后を恨むのだろうか?
それとも皇族の勤めだと諦めるだろうか?
結婚する相手を、好きになってくれたら一番ありがたいのだが……。
「……皇后陛下。もし可能ならなのですが……」
「なぁに? どうかしたかしら?」
「…………キース殿下と相性……と言いますか、お互いを尊敬しあえるような方を探していただけますでしょうか? ……難しいのは重々理解しているのですが」
「わかっているわ」
皇后は頷くと、やっと紅茶に口をつけた。
ゆっくりと嚥下すると、ほっと息を吐き出す。
「愛のない結婚がつらいことは、私が一番わかっているわ。キースは私の子どもではないけれど、そこらへんはちゃんと考えるつもりよ」
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
うまくいくといいなと思う。
人を愛する大切さも、人に愛される心地よさも。
知っているからこそ願ってしまう。
誰にも愛されていなかったリリアナを、唯一愛してくれた人。
そんな人に、幸せになって欲しい。
そう思うのは、傲慢だろうか……?




