その恋は実らない
マルクと話をしたからか、あれから心のモヤモヤが晴れない。
皇宮にある自室で縫い物をしていたが、すぐに集中が切れてしまい、リリィは立ち上がると部屋の外へと出た。
こういう時には気分転換をするに限る。
とにかくプラプラ当てもなく歩いていれば、少しは気分が晴れるかもしれない。
そんな思いから皇宮内を歩いていたのだが、それが間違いだったようだ。
外に面した廊下の、ちょうど角を曲がろうとした時。
「――おっ……と」
「――あ……申し訳ございません」
ちょうど同じタイミングで曲がろうとしていた人とぶつかりそうになってしまった。
慌てて避けようと体をずらしたが、そんなリリィの二の腕を誰かが掴んだ。
転ばないようにとの配慮だろう。
パッと顔を上げれば、そこには見覚えのある男性がいた。
「これは……キース殿下。申し訳ございません」
「……久しぶりだね、リリアナ」
やってしまったと、すぐにキースから距離をとり挨拶のため頭を下げた。
――キース・ゼノグレア。
雪のように白い白銀の髪と、ノアと同じアメジスト色の瞳を持つキースは、ノアの腹違いの兄である。
優秀かつ優しい人物で、国民からの人気も高い。
なによりノア同様見た目が美しい。
柔和な笑みを浮かべて見つめられれば、多くの女子が彼に恋をするだろう。
そんなキースと皇宮内で出会ってしまったことに、リリィは気づかれぬよう渋い顔をした。
「元気そうでよかった。……皇宮に住むようになったとは聞いていたけれど、残念ながらなかなか会えなかったから」
「お久しぶりでございます。お気遣い感謝いたします」
「……そんな、他人行儀にしないで」
キースは皇太子候補として、最後までノアと戦った相手でもある。
とはいえノアは皇后の息子。
その点でもノアが負けることはほぼないと言われていたが、それでもキースの人気が彼の地位を後押しをしていたのだ。
たとえキースの母親が男爵の出てあったとしても。
人格者である彼を皇太子にと声を上げる貴族も多く、他の兄弟たちとの争いもあり大変だったようだ。
そんなわけでキースと顔を合わせるのは気まずいのだが、もちろんそれだけが理由ではない。
「……ノアと仲良くなったと聞いたよ。――おめでとう」
「…………ありがとう、ございます」
リリィの記憶が正しければ、キースはリリアナを愛している。
人格者である彼が最後の最後まで皇太子の座に執着した理由の一つに、リリアナの存在があった。
残念ながらリリアナはノアに夢中で、キースの気持ちには気づいていなかったようだが……。
リリィとなり過去の記憶を思い出せば思い出すほど、キースからの矢印がリリアナに向いているのはわかりやすかった。
そして今もなお、彼がこちらを見つめてくる瞳は優しくも熱が込められている。
(だから会いたくなかったのだけれど……)
キースが好きなのはリリアナであってリリィではない。
ややこしいことこの上ないが、その感情を向ける相手が違うからこそ、反応しずらいのだ。
なので避けていたのだが、残念ながら出会ってしまった。
これは早々に話を切り上げてしまおうと、人好きのする笑みを浮かべた。
「皇太子殿下によくしていただき、また皇后陛下にも許可をいただきこちらに住まわせていただいております」
「…………不自由はないかい?」
「もちろんでございます」
実際なに不自由なく暮らせている。
侯爵家の時よりも有意義な時間を過ごせていた。
なので心から頷けば、なぜかキースは少しだけ悲しそうな顔をする。
「……そうか。……本当にノアと……」
ボソリと呟きかけたが、後ろにいるお付きの人に先を急ぐよう諭されたらしく、リリィに向かって手を差し出してきた。
これはあれかとキースの手に己の手を乗せると、指先に優しく唇が触れる。
「――また、会おう」
「…………はい」
できればもう会いたくはないのだが、キースが皇宮に住んでいる限りそれは難しいだろう。
立ち去る彼に頭を下げ、その後ろ姿が見えなくなってから顔を上げた。
「…………」
キースの愛したリリアナはもういない。
ならなおのこと、思わせぶりな態度はとらないほうがいいだろう。
まあ元々リリアナはそんな態度をとってはいなかったので無駄かもしれないが。
「……部屋に戻りましょう」
せっかく気分転換に来たというのに、なんだかモヤモヤが強くなってしまった。
いっそのこと孤児院に行って、子どもたちと一緒に刺繍をするほうが気分もいいかもしれないなと計画を練る。
お菓子も持ってパーティーでもしようと決めて、リリィは踵を返した。




