本能的に
「――それを俺たちが信じると?」
「――……。ですが、それが真実なんです。あの侍女は前妻を嫌っていて、俺たちにあることないこと吹き込んできました。全てはあの侍女一人がしたことです」
こちらがなにも知らないと思って、ずいぶん饒舌に話してくれるなと、リリィは冷めた視線を送り続ける。
確かにアメリアがあれこれ告げ口していたのは間違いない。
しかしそれを信じてリリィを守らなかったのはマルクである。
確かに彼はその時はなにもしていない。
いや、リリィを殺した時ですら手を下したのはエラだ。
毒を使ったのも、池に突き落としたのも。
けれどそれで、彼は無罪だと言えるのだろうか……?
少なくとも被害者であるリリィはそうは思わない。
彼も同罪だ。
だというのに、その罪の意識がまるでないように、マルクは口を動かした。
「前妻が亡くなったのも、あの侍女に責任があるのではと思っています。……だから、あれの言葉を鵜呑みにされるというのは俺は――」
「もう結構です」
あれこれ言い訳を繰り返すマルクの口を止めて、力強く睨みつけた。
「あなたは……学習するということをしないのですか?」
「――なっ!」
「この間も申し上げましたが、あなたは傲慢すぎます。本当に侍女だけのせいですか? 伯爵夫人である彼女が侍女にすら軽んじられていたというのなら、それはあなたの責任でしょう?」
「俺の……? なぜそんなことに――」
「使用人たちは主人の姿を見ている。君が前妻を大切にしていたのなら、あの侍女はその姿を真似するはずだ」
簡単な話だ。
本来使用人とは主人を立てるものである。
彼らは雇われているのだから。
だというのに仕えるべき女主人を馬鹿にするなんて、クビにされたっておかしくない。
だがそれをしなかったのはマルクだ。
だというのに、彼は愚かにもリリィが死んだのは侍女のせいだと言う。
「――君は俺たちを馬鹿にしているのか? その程度のこともわからない世間知らずだと……?」
「そのようなことは……!」
「ならまず口の利き方から気をつけろ。君の前にいるのは未来の皇太子妃だぞ?」
「――っ」
ノアに凄まれてマルクは口を閉ざした。
その姿があまりにも情けなくて大きくため息をつきつつも、話を続けた。
「あなたのおっしゃりたいことはわかります。あの侍女がなにを言おうとも自分たちは無実だとおっしゃりたいのでしょう?」
「――……そう、です」
「ですがその言い訳はもう無意味だとお分かりですよね?」
「…………」
マルクは力強く唇を噛み締めたと思うと、顔を伏せた。
明らかに納得していない様子に、静かに首を振る。
「あなたのせいではないと本気で思っているんですか? 悪いところは一つもなかったと?」
「…………」
「私は必ずあの侍女から話を聞き出して、真実を導き出してみせます。……余計なことをせず、静かにお待ちください」
「――なぜ……。なぜそこまであの女にこだわる?」
あの女とはリリィのことだろう。
まあ確かに、マルクからすればリリアナがなぜここまでするのか不思議に思っているはずだ。
だがもちろん、それを今答えるつもりはない。
マルクがリリアナの正体を知るのは、破滅の時なのだから。
「…………同じ侯爵令嬢だから、ということにしておきましょう」
「……話してはくれないんだな」
「話す必要がありますか?」
「…………」
黙り込んだマルクに冷めた目を向けつつも、もう用はないと立ち上がった。
「おかえりください。そして二度とこちらにはこないでください」
「…………わかった」
「では殿下。参りましょう」
応接室の外で待機いていたバリーにマルクを見送るよう指示を出す。
見送りしてやるほどの仲ではないと歩み出した二人だったが、ある程度行ったところで突然ノアが足を止めた。
「――あの男は君が前妻であると気づいていないんだよな?」
「――なんです、突然……?」
なぜそんな質問をしてくるのだろうか?
不思議そうに小首を傾げれば、ノアは応接室のほうを睨みつける。
「あれだけ俺が言ったというのに、口調が直っていなかった。それにあの男の顔……。まるで昔から知る人間と話しているかのような、気軽さが感じとれた」
「そんなはずありせん。マルクは私がリリィ・マクラーレンだとは知らないんですから」
「……だから不気味なんだろうな。まるで本能で感じとっているかのような、気色悪さがある」
そうだろうか?
確かに言われてみれば、昔のリリィに対する態度と似ているように思える。
だが当たり前だがリリアナとリリィは全く別人だ。
見た目に似ているところもない。
だというのにもし、マルクが本能的にリリアナとリリィが同一人物だと感じとっていたとしたら……。
「――……とても、ゾッとしますね……」
「なるべく会わないほうがいい。バリーに次からは俺の名前で門前払いするよう命じておく」
「…………ありがとうございます」
どうかこの考えが間違えでありますようにと、祈らずにはいられなかった。




