前座
真っ暗な世界。
等間隔に置かれたろうそくの光がゆらゆらと揺らぎ、照らされた影も形なく動く。
皇宮の地下にある牢屋は、石壁の中にあった。
リリィはノアに手を引かれ歩みを進め、監視の二人が立つ鉄格子の前にやってきた。
そこに目的の人がいるからだ。
ノアに指示され監視二人が牢屋から離れると、地下牢にはリリィとノア、そしてアメリアだけになった。
「……こんにちは」
「――!」
眠っていたのだろう。
リリィが声をかけると、壁際で座り込んでいたアメリアはハッとしたように顔を上げた。
赤ん坊がハイハイするように鉄格子に近づくと、引き攣った笑みを浮かべリリィたちを見上げてくる。
「――ああ! お嬢様、お嬢様! どうか……どうかお嬢様のお慈悲を愚かなわたくしにお与えください――!」
どうやら牢屋に入れられるまでに相当ひどい目にあったようだ。
アメリアの顔は左頬は腫れ、右目は青あざになっている。
服は土と埃まみれで、涙の跡が残っていた。
そんな状態で暗闇の中閉じ込められる日々。
よほど堪えたのか、リリィとノアに媚びるように近寄ってきた。
「私が間違っていました……! あんな底辺のクソ女とお嬢様を同じ扱いするなんて……。お嬢様は高貴で気品溢れる……女神のような女性です! ですからどうか……どうかご慈悲を……!」
「…………あの女って、前妻のリリィ・マクラーレンのことかしら?」
「そうです! あんなクズ女と名前が一緒だからと……本当に申し訳ございませんでした!」
頭を地面に叩きつけたアメリアは、しかしすぐに顔を上げた。
「ですがもし私を救っていただけるのでしたら、このアメリア……お嬢様に忠誠を誓います! ですからどうか……!」
「――聞くに耐えんな」
隣で聞いていたノアが被せるようにそう言った。
全くもってその通りだ。
アメリアは何度だって選択を間違え続ける。
だがありがたい。
おかげで心置きなく『前座』を楽しむことができる。
リリィはその場でしゃがむと、アメリアと視線を合わせた。
「それじゃあ、あなたは認めるのね? 前妻、リリィ・マクラーレンに非道な仕打ちをしていたことを」
「――…………はい。ですがそれは全てエラ様の指示で……!」
「けれどあなたも楽しんでやっていたのよね? 私の時のように」
さっと顔を青ざめさせたアメリアは、何度も頭を下げる。
「た、楽しんでいたなんてそんな……! そ……そもそもあの女が悪いんです! 売女がしゃしゃり出てくるから……!」
「あなたの感想はいらないわ。――リリィ・マクラーレンになにをしたのか話しなさい」
本当に聞くに耐えない。
リリィはアメリアの話を遮ると、釘を刺した。
「な……なにって……。ちょっと食事を質の悪いものに変えたりとか、紅茶に砂を入れたりとか……その程度のことですよ……」
そう口にしたアメリアの目が揺らいだのを、リリィは見過ごさなかった。
まるでなにかを隠しているようなアメリアに、ふと思う。
もしかして彼女はほかにも、なにか重要なことを知っているのではないだろうか?
と。
これは鎌をかけてみる価値はあるかもしれないと、少しだけ声に威圧感を含ませた。
「本当に――? あなたが知っていることを全て話せば、今後の処遇を考えてあげてもいいわ。……エラはあなたを見捨てたの。それを忘れないで」
「――…………」
ゆらゆら、ゆらゆらとアメリアの瞳が揺れ動く。
動揺が手にとるようにわかり、さらに追求の手を強めた。
「伯爵家もよ。……あなたも聞いたでしょう? マルク・マクラーレンはあなたを守ってはくれないわよ」
「………………っ」
噛みちぎらんばかりに唇を噛み締めたアメリアは、しばしの沈黙ののちゆったりと顔を上げた。
「……真実はわかりません。……ですが昔、あの女が亡くなる数週間前のことです。エラ様が私に命令をしてきました。とある男からものを受け取ってほしいと……」
「もの? それはなに?」
「小さな小瓶です。わざわざ人気のない酒場まで行って受けとったんです。それをエラ様に渡すと、とっても喜んでおられて……。思わずそれはなんですか? って聞いたんです。そうしたら……」
アメリアは若干言いづらそうに口を開いた。
「……毒、だって。とっても楽しそうに言うからなにかの冗談だと思ってその時は笑ってたんですけど……。あの女が死んだって聞いて……もしかして……と……」
「――」
ああ。
やっとだ。
やっとリリィが殺された証拠を見つけられた。
この発言があれば、エラの殺意を証明できるかもしれない。
あとはその毒をリリィに使ったという証拠さえあればいいのだ。
「で、でも私の妄想です。エラ様が本当にあの女に使ったなんて証拠はないですし、それに……」
アメリアはなにかを思い出しているのか、視線を横へずらすとハッと鼻を鳴らした。
「あの馬鹿女ですから、湖に自分から落ちたっていうのも案外ありえる――」
「もういい。黙れ」
ニヤニヤと笑うアメリアの口元を、ノアが力強く押さえ込んだ。
放たれる殺気に怖気付いたのだろう。
アメリアの顔が青ざめた。
「もううんざりだ。お前の口から言葉が出てくるたびに、その舌を切り落としたくなる」
「――っ、わ、わ……わたしっ!」
「殿下、大丈夫です。ありがとうございます。それに舌を切り落としてしまったら、証言させることができません」
ノアが怒ってくれて正直ありがたかった。
そうでなければ、アメリアの頰を一発くらいは叩いていたかもしれない。
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。
怒りはそのまま、復讐心を燃やす燃料にしなくては。
「リリィ・マクラーレンはエラに殺されたわ。あなたが持ってきた毒を使って」
「……そ、それじゃあ」
「あなたは殺人の片棒を担いだということ。しかもただの使用人が侯爵令嬢の。……どうなるかわかる?」
リリィからの問いに、アメリアは勢いよく首を振った。
「え、エラ様が殺した証拠はないです! それにあれが毒だって証拠も! だから断言できるはず……!」
「断言ならできるわ。なぜなら……」
そっと己の胸に手を当てる。
自分はここにいるのだと、主張するように――。
「――私が、リリィ・マクラーレン本人なんだもの」




