捕食者
「マルク! 実は……」
騒ぎを聞きつけてやってきたらしいマルクは、エラからことの結末を聞くと深く眉間に皺を寄せながらリリィへと視線を向けた。
だが目が合うと気まずげに逸らされるため、孤児院でのことを気にしているようだ。
まあリリィには関係ないので、さっさと責任の所在を押し付けることにした。
「あなたのところの侍女が私の飲み物に砂を混ぜました。――これがどういうことか、貴族のあなたならわかるのでは?」
「……ああ、わかっている」
「ならどういう処罰を受けさせるか、お聞きしても? それともこちらで身柄を預からせていただいてもいいのかしら?」
そうなった場合、どんな罰が下るかわかったものではないが。
正直な話、五体満足でなくてもいいとすら思っている。
当たり前だ。
アメリアに嵌められたクレアは、指を失っているのだから。
同じくらいの罰を与えないと気が済まない。
いや、ノアに任せでもしたのならもっとひどいことになるかもしれない。
それでもいいと思っているが、一応マルクの対応を見ておきたかったのだ。
彼の行動によっては、伯爵家にも罰を与えられるかもしれない。
だからマルクの返答を待ったのだが、返ってきたのは驚くほど普通のものだった。
「そこの侍女はクビにする。伯爵家には二度と立ち入りを許さないし、紹介状を書くこともない。……これでどうだろうか?」
「……それで許されると?」
「これ以上を望むのなら……連れて行ってもらって構わない」
どうやら伯爵家は関係ないというスタンスをとりたいらしい。
なるほど面倒ごとに関わり合いたくないのかと呆れていると、そんなマルクを見てアメリアが叫びだした。
「旦那様、エラ様! 私は伯爵家のために身を粉にして働いてきました! あの女の時だって……! だからどうか見捨てないでください!」
「――……あの女ってなんの話かしら?」
ピクリとリリィの眉が動く。
なんて都合のいい話を切り出してくれるのだと、そこに乗っかることにした。
「あなたがやったこと、とてもはじめてとは思えないわ。気づかれないように砂の量もちゃんと調整してる。……あの女って、もしかして前伯爵夫人のこと?」
エラ、マルク、アメリアがギクリと体を硬直させた。
それだけで答えがわかってしまってもおかしくはないだろう。
実際、その話を聞いたメキーラとハルの表情が変わった。
彼女たちは気づいたのだろう。
過去のリリィの、この家での扱いが。
「まさか……私と同じ侯爵令嬢に同じことをしていたの? 使用人が? ……あなたたち、それを黙認していた、なんてことないわよね?」
リリアナと同じ立場であったリリィ。
少々無理やりな気もするが、彼らに怒りの矛先を向ける材料にさせてもらった。
すると分が悪いと思ったのだろう、マルクが必死に否定してきた。
「――そんなわけない! そこの侍女が勝手にやったことだ!」
「そうよ。わたしがそんなこと、許すわけないじゃない」
エラは必死に笑顔を作ろうとしているが、口端が軽くひくついている。
そんなエラの動揺を後押しするかのように、アメリアが口を開いた。
「――旦那様もエラ様もご存じだったじゃないですか! あの女がギャーギャー騒いでも……あいつが悪いって言ってくださったのに! どうして今回はこんなことに…………」
「……これは、調べる必要がありそうね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は……!」
あれこれ言い訳を述べようとするマルクを手で制したリリィは、ハルに向かって命じた。
「その侍女を捕らえて皇宮へ。……リリィ・マクラーレンへの余罪がありそうだわ」
「かしこまりました」
「ちょ、まっ……!」
まさかこんなに上手くアメリアを捕まえることができるとは思わなかった。
彼女はきっと、エラの悪行の数々を知っているはずだ。
リリィを殺したことも、クレアの指のことも。
これほど近い人間からの証言なら、信ぴょう性も増すというものだ。
「いいですね、伯爵? 彼女の身柄はこちらで預からせていただきます」
「――それは……」
「ね、ねぇ、リリィ? なにもそこまでしなくても……」
焦っているのだろう。
エラが上目遣いで擦り寄ってきた。
今までもこうやって、都合の悪いことを全てなかったことにしていたのかと思うと、その顔に嫌悪感すら抱く。
ゆえに、手を緩めてやる気なんてない。
リリィはにっこりと微笑むと、エラに向かって告げた。
「大丈夫よ。あなたたちが無関係だというのなら、それを証明するだけだもの。――安心して。徹底的に調べてあげるから……」
ある種の宣戦布告だろう。
彼らに身の潔白などないのだから。
さぞや怯えていることだろう。
まさかこんなことから、彼らの悪行の数々がバラされようとしているのだから。
青ざめるエラの隣で、マルクが困惑した瞳をリリィに向けてくる。
「――君は……一体なんなんだ?」
「…………」
わけのわからない質問だが、気分がいいので答えてあげることにした。
優しく穏やかに微笑んだリリィは、ゆっくりと口を動かす。
一言一言、彼らに教え込むように。
「私はリリアナ・ウィンバート。侯爵令嬢で……ノア皇太子殿下の婚約者です」
もうお前たちの知る、弱くてもろいリリィはいない。
ここにいるのはお前たちを喰らう――捕食者だ。
第一章 完
一章完結です!
ここまでお読みくださりありがとうございます。
二章くらいで終わらせられたらいいなぁと思っていたりいなかったり。
最後までよろしくお願いします!




