土の味
それはきっと、普通の令嬢だったら気づかないものだった。
アメリアから向けられる確かな敵意。
それがあったからこそ。
そしてこれを過去にされていたことを、覚えていたから気づけたことだった。
「それでね、マルクったらそのブレスレット義母様にあげちゃったのよ! 信じられる!? わたしが欲しいってお願いしたのにー!」
そんなエラの声を聞きつつも、リリィの瞳はたった一点に向けられていた。
それはアメリアから差し出された紅茶だった。
湯気の立つその琥珀色の水の下に、それはある。
一見すればそれはただの茶葉だ。
細かくなった茶葉が茶器の下に沈んでいる。
よくある光景だ。
だがリリィはそれを知っていた。
そこにあるのが茶葉だけでないことを……。
(――いい度胸じゃない……)
まさかリリアナにそれをやってくるとは思わなかった。
馬鹿なことをしたものだと鼻で笑いそうになるのを堪えた。
――砂だ。
紅茶の底に、砂が溜まっているのだ。
ただの腹いせの行動だろうが、少量なら気づかれないとても思ったのだろう。
だが残念ながら、リリィはそれを何度もされてきた。
紅茶を飲んでいる途中で気づき、吐き出したこともある。
そしてそれをアメリアは笑って否定し続けた。
そんなことするはずがない。
ただの妄想だと。
そしてその言葉を、エラとマルクは信じた。
アメリアを罰することはなかったのだ。
(今思い出しても腸が煮えくりかえるわ……)
それに気をよくしたのか、アメリアはことあるごとにリリィの紅茶に砂を混ぜるようになった。
思えばそれから、アメリアが入れた紅茶を飲むことはなくなった。
当たり前だ。
誰だってそんな恐ろしいものを口にしようとは思わないだろう。
――けれど、今は違う。
あの頃のようにただ黙っている必要はない。
ならこれを使わない手はないだろうと、そっとカップに手を伸ばす。
カチャリと音を立てて手にとれば、アメリアの瞳が面白いくらいリリィの動向を探る。
カップへと口をつけ、そっと上を向こうとした時だ。
アメリアがニタリと笑った。
「――」
もちろんリリィはそれを見逃さなかった。
あと少し手を持ち上げれば、唇に紅茶が触れる。
だがそこで、ピタリと止まってみせたのだ。
――不自然なほどに。
「…………」
カップから口を離し、それを後ろに控えている女騎士、メキーラに手渡した。
「なにか入ってるわ。――そこの侍女を捕らえて」
その言葉に一瞬でハルが動き、あっという間にアメリアを床に倒し手を後ろで拘束した。
「はあ!? ちょっ、なにすんのよ!?」
「ああ!? テメェこそなにやってんだ!? リリアナ様のお飲み物になにを入れた!? 吐かねぇとぶち殺すぞ!」
「――」
驚いた。
垂れ目で穏やかそうに微笑んで護衛してくれていたはずのハルは、実はものすごく口が悪いようだ。
ハルはアメリアの髪を掴むと顔を上げさせ、リリィに向かってにっこりと微笑んだ。
「どうなさいますか? 首でも切り落としますか?」
「――ちょ、ちょっと待ってちょうだい……」
けれどリリィには礼儀正しい。
そういえばノアが言っていた。
メキーラとハル。
二人とも主人には忠誠を誓う、と。
その主人とはもちろんノアであり、そのノアから頼むとまで言われたのがリリィの護衛任務だ。
だからこそ彼女たちはリリィにも敬意を払ってくれている。
その証拠にメキーラはカップを受け取ると、隅々まで確認した。
「……失礼ですがこちらになにが入っているとお分かりに?」
「――ど、毒なんて入れてないわよ!?」
「つまり毒以外になにか入れたってことだなぁ? 吐け。なにを入れた!?」
アメリアが墓穴を掘ってくれたようだ。
慌てて身と潔白を主張しようとして、見事に失敗している。
なんてバカなんだと呆れていると、目の前にいるエラが慌て出す。
「え、あの、なに? なにがあったの……?」
どうやら自分語りの世界から帰ってこれたようだ。
困惑しているエラに、教えてあげることにした。
自分のところの侍女が、一体なにをしたのかを。
果たしてエラはアメリアを庇うだろうか?
そこも見ものだなと、後ろを振り返るとメキーラに命じた。
「メキーラ、カップを調べてくれる? たぶん……土が混じっているはずだから」




