恩返し
リリィとノア。
どちらも目立つ存在だ。
そんな存在が揃って墓前に立てば、何事かと噂になってしまう。
なのでそろって変装をするため、庶民の服を用意させた。
ノアはシンプルな白いシャツにブラウンのズボン。
リリィは白いワンピース。
二人とも帽子を目深に被り、顔を隠すことも忘れない。
馬車も皇室のものは使わず普通のもので向かい、途中からは歩いて向かった。
皇都の端にある小さな墓地に、それは静かに刻まれていた。
――リリィ・マクラーレン ここに眠る
「…………」
自分の墓を見るのは、覚悟はしていたがなんだか変な気分だ。
ここにリリィは眠っているはずなのに、魂は今それを目の前で見ているのだから。
別の体に乗り移って。
「……本当にあったなんて」
あのマルクとエラのことだ。
リリィに金をかけたりなんてしたくなかったはずだ。
だからあったとしてももっとひどい、見るに耐えないものだと思っていたのに。
小さくて静かなそこは、リリィが好きそうな場所だった。
「――墓を用意したのは君のご両親だ。あれらじゃない」
「――…………なるほど。そういうことですか」
あれだけ啖呵を切って墓はあると言っていたのに、それを用意したのがリリィの両親なんて、もはや笑えてもこない。
やはりあの男はしょせんその程度かと、軽くため息をついた。
「……両親は悲しんでますよね」
「話に聞いただけだが……とても。……君が望むなら、正体を明かすこともできるが」
「――しません。私はもう、リリィ・マクラーレンではありませんから。……彼らの娘はあの時、殺されたんです」
だからもう、会うつもりはない。
実際に彼らの娘はもういない。
会いたい心はある。
けれど大切だからなおさら会わないのだ。
彼らを復讐に巻き込みたくはない。
娘の死を乗り越えようとしているはずの両親の心を、かき乱したくはない。
「――両親にも幸せになってほしいので……」
「……そうか。そうだな。君はリリアナだったな」
ここにくる途中で小さな花屋を見つけた。
そこで作ってもらった真っ白な花束を墓前に置いたノアは、膝を折ると小さく頭を下げた。
「君と君の子が、どうか安らかに眠れますように……」
「…………」
ノアと同じように膝を折り、ゆっくりと目を閉じる。
ここにあの子がいるのだと思うと、知らず知らずのうちに手が腹を撫でた。
「……頼りないお母さんでごめんね」
ここにきて、改めて再確認できた。
この憎しみも苦しみも苛立ちも、全て間違いではなかったことを。
ちゃんと思い出せた。
あの時の復讐心を――。
「……また、必ず……」
必ず会おう。
どれほどの時を越えようとも。
必ずまた、君に会う。
「待っててね……」
祈るように指を交差して握り、目を閉じる。
そうして誓いを立ててから、ゆっくりとまぶたを上げた。
何度もこれる場所ではない。
だからこそこの一度でちゃんとしておきたかったのだ。
これでよしと横を見れば、ノアもまた似たように祈りを捧げていた。
「……殿下?」
その横顔がどことなく悲しげで思わず声をかければ、彼の紫色の瞳がゆっくりと開けられた。
「……君とリリアナが入れ替わったのなら、ここにもしかしたら彼女がいるかもしれないと思ったんだ」
「――」
確かにリリィとリリアナは入れ替わった。
だからノアのいう通り、リリアナがここに眠っているとも考えられる。
リリィは改めてお墓を見ると、もう一度祈るように指同士を絡めた。
「……リリアナ。あなたのおかげで、私はやりたいことができているわ。……本当にありがとう」
「……リリアナ。――すまなかった。君の想いに応えることができなくて……」
「………………後悔しているんですか?」
「――君と共にいるうちに、振り向いてもらえないというのがどれほどつらいか理解した。いまさらすぎて、笑えもしないが」
ノアはノアなりに心境の変化があったのだろう。
まさかの告白に、なにも返すことができなかった。
ただ心の中で、リリアナに話しかけた。
(あなたの無念はこの程度では晴らせないかもしれないけれど……。殿下は今、ちゃんとあなたを見ているわ)
彼女の願いはただ一つ。
ノアに自分を見て欲しかったのだ。
皮肉なことだが、いまさらそれが叶ったことは彼女にとってよかったことなのだろうか?
こればかりはリリアナにしかわからないなと思ったその時だ。
ふわりと優しい風が、リリィの背中を軽く押した。
それがまるで誰かの手に押されたような感覚で、慌てて後ろを振り返る。
「――」
「どうかしたか?」
「…………いえ。なんでも……ありません……」
不思議なことが起きた気がする。
もしかしたらただの願望が、そんなふうに感じられたのかもしれないけれど。
――いま誰かに、優しく背中を押された気がした。
それがリリアナだったらいいな、なんて。
都合のよすぎる話だろうか?
「……さて、そろそろ行こうか。――ついでにはなってしまうが、少しデートでもしないか?」
「…………はい。喜んで」
恋なんてもうしないと思っていた。
誰かを愛することなんて、ないと思っていた。
なのにこの胸には今、そんな感情が芽生えているのだ。
本当にそれでいいのだろうか?
復讐することを決意してこの体に乗り移ったリリィが、ノアに恋をするなんてそんなの……。
リリアナに対する裏切りになるのでは。
そんなことを思っていた。
けれど……。
「……気持ちのいい風ですね」
「そうだな。……優しい風だ」
頰を撫でる風があまりにも優しくて。
リリィはもう一度お墓に向かって頭を下げると、ノアと共にその場をさっていく。
どちらからともなく、その手は繋がった。
きっとこれが答えだろう。
人の想いが止まらないことは、リリアナ自身が一番わかっているはずだ。
だからもう、止まることはしない。
どこまでも進んでみせよう。
リリアナとして。
彼女の人生がせめてしあわせであれるように。
それが、恩返しになると信じて……。




