嫌な推理
マルクとの思わぬ再会に心を痛めたリリィだったが、院の子どもたちの笑顔のおかげで、なんとかいつも通りすごすことができた。
マルクがしようとしたことは到底許せることではないが、そのことにだけ意識を向けるわけにもいかない。
寄付を断ってしまった手前、孤児院の今後の資金源も早めに確保しなくては。
それに子どもの墓のこと……。
正直リリィ本人の墓はどうでもいい。
そこにあるのは空っぽの体だからだ。
だが子どもだけは。
リリィとともに埋葬されているであろう子どもにだけは、会いに行きたいと思う。
「……難しいのだろうけれど」
「なにがだ?」
「――殿下? なぜこちらに……?」
「時間ができたからきたんだが……なにかあったのか?」
赤く染まる目元を優しく撫でられて、リリィはギュッと唇を噛み締めた。
ノアの手の温もりが優しくて、気づくと涙が溢れそうになっていたのだ。
それを我慢しようと目元に力を込めていると、ノアの眉間に深く皺がよる。
「泣いたのか? ――なにがあった。話せ」
こういう時のノアは有無を言わさぬ圧力がある。
さすがは未来の皇帝だと感心しつつ、つい先程まであったことを話す。
突然マルクがやってきたこと。
彼が寄付をしたいと言い出したこと。
その理由。
そして、子どもの墓のことも。
全てを黙って聞いていたノアは、ふむと長く細い指で自分の顎を掴んだ。
「虫唾の走る話だな」
「すいません。不愉快なお話を聞かせてしまって……」
「君が謝ることじゃない」
ぴしゃりと言い放ったノアは考えるようにしばし沈黙した。
「…………不愉快なあの男はそのうち痛い目に合わせるとして、孤児院の金策に関してはまた考えよう。――一緒に、な」
「……はい!」
一緒に悩み、話し、考える。
そうしていつだってそばにいてくれるノアという人は、リリィにとって欠かせない存在となっていた。
だから隣にいると安心する。
リリィは少しだけ足を進めると、ノアの胸に擦り寄った。
「ありがとうございます。殿下のお心遣いが……とても嬉しいです」
「礼は不要だ。……当たり前のことをしているにすぎない」
ぽんぽんと頭を撫でられて、一息つくことができた。
ひとまず悔しさや苛立ちという負の感情とは向き合えたと、肩から力を抜く。
「殿下の優しさに報いるためにも、もっとがんばります」
「もうじゅうぶんだが……。ありがとう、無理だけはしないように」
ノアはそういうと、窓から庭を走り回る子どもたちを眺める。
その眼差しは優しさそのもので、彼がなぜ孤児院を手助けしようと思ったのかすぐにわかった。
きっと、子どもが好きなのだろう。
もちろん本人はそんなこと認めないだろうが。
「伯爵の寄付の件だが……。もしかしたら本当にあの女との関係が悪化しているのかもな」
「なにかご存知なのですか?」
「君から話を聞くに、あの男は子どもで、図体だけがデカくなってしまった。そうだろう?」
確かに見た目や年齢は大人だが、マルクは自分の非を頑なに認めない子どもっぽいところがある。
他人を慮ることもできない。
確かに大人とは言えないだろうと頷いてみせる。
「その通りです」
「どうやらここ最近は、自分の妻に小さな嫌がらせまがいのことをしているようだ。あえてあの女が欲しがっている装飾品を自分の親に与えたりな。そこから推測するに……」
ノアは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ここに寄付しようとしていた金は、あの女に貢いでいたものだろう。それを腹いせにと、渡しにきたんじゃないか?」
「…………」
「もちろん。ただの憶測にすぎないがな」
ノアの考えに、思わずあんぐりと口を開けてしまった。
そんなことで寄付しようとしていたのならとんでもないことだし、マルクを知る身としては、その推測を否定できないことにも絶望してしまいそうだ。
ありえないと言えないあたりが怖いなと思っていると、ふと先ほどのことを思いだした。
マルクから受け取った小切手を見て、大金だと言ったリリィに対して彼は驚いた顔をしていた。
『……大金。…………そうだな、これは大金だったな』
もしかしたらあの反応は、これくらいならいつもエラが使っている。
だから大金だなんて思ってもいなかった。
……なんて考えていたのではないだろうか?
けして裕福ではなかった昔の伯爵家でも、エラは湯水のようにお金を使っていた。
それが大金を手にした今なら、もっと使い込んでいてもおかしくはない。
「……憶測じゃないかもしれません…………」
「君が言うのなら俺の推理もなかなかのようだ」
なかなかすぎてぐうの音も出なかった。
青ざめたまま黙り込むリリィをくつくつと笑ったノアは、ふと思い出したようにああ、と声を上げる。
「そういえば気にしているようだから教えるが、君の……でいいのか? ひとまず、リリィ・マクラーレンの墓の場所ならもう掴んでいる」
「――それは……っ!」
「君のこともいろいろ調べはしていたんだ。……だから気になるのなら、会いに行ける。どうする? 行くか?」
「…………」
流石にリリィと子どもを別々の墓に入れるなんてことはないだろう。
子どもに会いたい。
またいつか会える可能性があるとしても、お墓参りくらいはしてあげたいのだ。
「――行きます。行かせてください」
「……わかった。なら俺も一緒に行こう。それが場所を教える条件だ」
これもきっとリリィを気遣ってのことなのだろう。
確かに一人では、子どものことを考えて冷静ではいられないかもしれない。
今のリリィは、他人であるリリアナなのだ。
しかも未来の皇太子妃が他人の墓の前で取り乱すなど、あってはならないことだろう。
「……お願いします。一緒に、いてください」
ノアが一緒にいてくれるなら、きっと耐えることもできるはずだ。
だから頷いたリリィに、ノアは優しい面差しで深く頷いた。
「もちろん。言っただろう? ――一緒に、だ」




