体調不良
今日は珍しくマルクが一人で出かけたのだ。
普段は必ずと言っていいほどエラと一緒なのに。
どうしたのだろうかと不思議に思っていたが、まあ関係ないかと本を読むことにした。
どうせやることなんてないのだ。
なんど目かの恋愛小説を読んでいた時、珍しく書斎にエラがやってきた。
「義姉様! よければ一緒にお茶をしませんか?」
「え? ……あ、ええ……」
本当に珍しいこともあるのだなと、本を置いてエラとともに向かう。
その間もエラはリリィの腕に抱きつき、ニコニコと微笑んでいる。
「料理長がクッキーを焼いてくれたんです! わたし紅茶のクッキーが大好きなんですけど、間違えてすごい量を作ってしまったらしく……一人じゃ食べきれないので義姉さまが一緒に食べてくれて嬉しいです!」
「私も嬉しいわ」
いい子なのだと思う。
周りが特別扱いしているだけで、エラは優しい子なのだ。
この屋敷でこうやってリリィに話しかけてくれる人はエラしかいない。
だからどうしても恨みきれないのだ。
このモヤモヤした心の矛先を、どこにも向けることはできない。
「紅茶もとってもいい香りのものを用意したんです! 楽しみですねぇ!」
「ええ」
二人で庭園に向かえば、ガゼボにティーセットが用意されていた。
可愛らしい花柄のテーブルクロスに、同じく花柄のティーカップ。
クッキーは数種類置かれ、サンドイッチといった軽食もある。
これは久しぶりにまともな食事ができそうだとリリィは席に着いた。
「――……?」
なんだか胸のあたりがモヤモヤする。
心情的なものかと思ったが、それも少し違う気がした。
体調でも悪いのかとおでこに手を当ててみるが、そもそも手が熱いためわからない。
これはもしかして風邪でも引いたのだろうか?
と己の体を疑う。
熱を出したからとて看病してもらえるはずもない。
だとすれば今のうちに治さなくてはと心配していると、そんなリリィに気づいたのかエラが首を傾げた。
「義姉さま? どうかなさいました?」
「あ、いいえ。ちょっと胸がモヤモヤしただけよ。もう大丈夫」
「そうですか……? 無理はなさらないでくださいね?」
本当に優しい。
こんなふうに言ってくれる人も、ここではエラくらいだ。
だからこそ笑ってありがとうと返事をしておいた。
「そういえば聞きました? 別荘! 来月くらいには行けそうだって!」
「――あ、そうなのね?」
「楽しみですねぇ。カモの親子! 赤ちゃんって本当に可愛いですよね!」
ニコニコのエラに頷きつつも、心の中では少しだけ落ち込む。
そんな話マルクからは聞いていない。
やはり彼はリリィに来てほしくないのだろうか?
エラと二人っきりのほうが嬉しいのでは……と疑っていた時だ。
目の前に入れたての紅茶が置かれた。
「この紅茶すっごく香りがいいんです! 花のような素敵な香りがすると思いませんか?」
「――」
ティーカップを手にとり、すう……っと息を吸い込むエラを見ながらも、リリィは息ができないでいた。
なんだろうか?
紅茶の強い香りを嗅いだ時、胸の奥から込み上げるものがあったのだ。
それは強烈な吐き気。
よく嗅いでいたはずの紅茶の香りが、なぜか今日に限ってとても嫌なものに感じたのだ。
「さあ、飲みましょう!」
「――え、ええ……」
とはいえせっかくエラが出してくれたものだ。
いただかなくてはとカップを手にとるが、口元に運ぶ勇気が出ない。
なんだかとっても気分が悪い。
ぐらぐらと視界が揺らぐ感じがする。
まさか地震?
なんて思いもしたが、エラも周りにいる侍女たちも反応していない。
つまりこれはリリィだけに起こっている現象ということだ。
やはり今日は早々に休んだほうがいいかもしれない。
「義姉さま? 紅茶お好みにあいませんでした?」
「い、いいえ! とってもいい香りね」
エラの眉尻が悲しげに下げられた時、周囲にいる侍女たちから強い視線が向けられた。
責められているのがわかり、慌てて首を振ると無理やりにでも紅茶を口元に運んだ。
こうなったら息を止めて飲んでしまおうと口に運んだ時。
――強烈な吐き気に襲われて、リリィは椅子から転げ落ちてしまった。
「義姉さま!?」
「ぅ――っ、!」
我慢ならないとその場で吐いてしまう。
エラは驚いたように立ち上がり、その場で硬直したようにリリィを見つめてくる。
一体己の体になにが起きたのだと、なんども吐いてしまう。
これは絶対におかしい。
ただの風邪ではないと感じたリリィは、涙を浮かべながらエラを見上げた。
「――エラ……お医者さまを……っ」
「…………」
医者を呼ぶよう声をかけるが、エラは微動だにしない。
呆然と倒れ込むリリィを見ながら、エラはゆっくりと口を開いた。
「…………うそ」
「――え、ら?」
「誰かお医者さまを!」
ただごとではないとわかったのだろう。
そばにいた侍女が慌ててリリィを支えながら、医師の手配をしてくれる。
医者を呼んでくれた。
そのことに安堵したとたん、リリィの視界はゆっくりと黒く落ちていく。
意識を手放すのだとわかったその時、エラの小さな呟きが聞こえた。
「――うそよ」




