予期せぬ訪問者
「リリィ様のおかげです! このご恩は必ず……働きでお返しします!」
「気負わずにね?」
「――はい!」
クレアは日に日に元気になった。
頰もふっくらしつつ赤みも増し、髪も艶がよくなっている。
そうなると働き者のクレアはジッとしているのが苦手らしく、気づいた時には部屋の掃除をはじめていた。
本当はもっと休んで欲しかったのだが、当の本人が望んでいるので仕方がない。
予定よりもずっと早く、彼女を連れて孤児院へとやってきた。
「こら! 今日は洗濯物を手伝う予定でしょ!」
「えー! 遊びたいー!」
「だぁめ。遊ぶのは洗濯物干してから」
「はぁい」
不服そうな子どもをなだめるのもなれたものだ。
最初のころは慌てふためいてオロオロしているだけしかできなかったのに。
子どもが使ったであろうタオルを干すと、すぐに次の洗濯物を手渡された。
それが子どもたちの役割だ。
裏返っている洗濯物があったら表にして、リリィに渡す大切な仕事。
洗濯物を受けとると、その度に子どもの頭を優しく撫でてあげる。
「お手伝いありがとう」
「うん!」
洗濯なんてここにくるまでやったことがなかった。
料理も掃除も。
体調が悪い人の世話なんてこともだ。
もちろんこれが未来の皇太子妃がやることかと言われれば答えは否だが、リリィはこれらを嫌々やっているわけではない。
ノアだけではなく皇后にまで願い出て、この孤児院でほんの少しの時間だけ働かせてもらえることになったのだ。
おかげで孤児院でなにが足りないのか、どうするべきなのかが徐々にわかり始めてきた。
やはり学ぶなら現地が一番だ。
「はい、洗濯物終わり!」
「はーい!」
「リリねぇちゃんありがとー!」
「……ええ。あなたたちも、お手伝いありがとう」
ありがとうと言われることが、とても嬉しいのだ。
子どもたちに満遍の笑みを向けられると、胸がぽかぽかと温かくなる。
――彼らの笑顔に、産んであげられなかった子どもを重ねていないとはいえない。
けれどその無垢な笑顔に、愛情を感じているのも確かだ。
だからこそ料理も洗濯も掃除も、全て苦ではなかった。
「リリねぇちゃんあそぼー!」
「クレアねーちゃんも!」
「はいはい。ちょっとだけよ?」
クレアも元気そうでなによりだ。
楽しそうに子どもたちの相手をする彼女は、まるで別人のように力強い。
薬指がないことを気にしていたが、子どもたちには関係ないようだ。
そんな子どもたちに触発されてか、クレアも徐々に気にしなくなっていった。
「リリィ様。本当にありがとうございます。おかげさまで子どもたちも毎日元気にしております」
「こちらこそ。……長い間大変でしたでしょう?」
たった一人で子どもたちの面倒を見ていた孤児院兼教会の管理人、バリー。
深い皺をさらに濃くしながら、バリーは嬉しそうに微笑んだ。
「今はリリィ様や皇太子殿下のおかげで、不自由なく暮らせています。働き者のクレアも紹介してくださり、本当にありがとうございます」
「本来ならば国でやらねばならぬことを、あなたは一人でしてくださっていた。……頭の上がらぬ思いです」
「……そのように言っていただけるだけで、じゅうぶんでございます」
私財を叩いて子どもたちを養っていたバリー。
彼と出会いノアはその支援をはじめたらしい。
そのおかげで今は少し楽にはなったらしいが、まだまだ足りないものだらけだ。
そもそも人手が足りない上に、衣食住もじゅうぶん与えられているとはいえないだろう。
とはいえここにいられるだけ、この子たちはまだしあわせだ。
外には飢えや寒さに耐えて生きている子どももまだまだいる。
そんな子たちのためにも、早く話を進められるといいのだが……。
「ひとまず、施設を増やす話しを進めましょう」
「そうですね。では――」
バリーに案内されて室内へと戻ろうとした時、彼のズボンを子どもが掴んだ。
「せんせー。誰かきてるよ?」
「誰か……ですか?」
「うん! 入り口でせんせーを待ってるって!」
こんな見捨てられた孤児院に用なんて、いったい誰だろうか?
バリーと顔を見合わせて、ひとまず来客の元へ向かうことにした。
「ありがとう。みんなと遊んでいらっしゃい」
「はーい!」
走ってクレアの共へ走っていった子どもを見送り、リリィたちは院の入り口へと向かう。
もしかしてノアが来たのかと考えたが、彼のことを子どもたちは知っているはずだし、なにより普通に建物の中に入ってくるはずだ。
ならいったい誰が……と考えつつ歩んだリリィは、その姿を院の前で見つけて、思わず足を止めてしまった。
(どうしてここに――?)
風に揺れギィギィと軋む音を鳴らす錆びた門。
その前にその人はいた。
大きく目を見開いたリリィは、バリーの後ろで予期せぬ訪問者を見つめる。
「あの……? なにかご用でしょうか?」
「……あなたがここの責任者ですか?」
「ええ、そうです」
「――そうですか。…………あの……寄付を考えているんですが…………」
そう口にした訪問者の瞳に、リリィの姿が映る。
途端にその目が大きく見開かれて、息を飲む音が聞こえた。
見つめ合う二人。
しかしその表情はどちらも複雑そうだった。
「…………なぜ、あなたがここに?」
「…………それはこちらのセリフです」
眉間に皺を寄せたリリィは、睨むように予期せぬ訪問者―マルク・マクラーレン―を見つめた……。




