真相を探るために
「おもてなしもできませんが……」
「気にしないで」
おもてなしをしてもらうために来たわけではない。
むしろ贖罪のためにきたのだからと、リリィは案内されるがまま椅子へと腰をかけた。
触れるだけで軋むそれは、今にも崩れ落ちそうで座るのが少しだけ怖かった。
「……それで、奥様とは……その、なにを……?」
「……亡くなる前にね、手紙をもらっていたの。自分になにかあったら、その真実を暴いてくれって」
「――」
ひゅっとクレアが息を飲む音が聞こえた。
前に座った彼女はリリィの言葉に思うところがあるのか、眉間に深く皺を寄せる。
「……そうですか。奥様は気づいておられたのですね……」
「――あなたはなにか知っているの?」
そんなはずはない。
リリィが殺されたのは別邸なのだから。
そこにクレアはついてきていなかった。
だというのにクレアはその問いに頷いてみせたのだ。
「伯爵家は元々おかしかったです。奥様が女主人であるべきなのに、エラ様をそのように扱っていて……。ご懐妊なされたというのに、それを馬鹿にするような使用人も多く……」
クレアは無意識にも左手をさすり始める。
「ちなみにですが……エラ様はご存知ですか……?」
「ええ。パーティーでお会いしたわ。新しい伯爵夫人だと」
「――っ。エラ様を最初は、純粋な方だと思っていたんです。純真無垢という言葉が似合うような、笑顔が眩しい女性」
まあ、エラの本性を知らなければそういう表現になるのはわかる。
実際リリィも殺されるまで、その本質を見抜くことはできなかったのだから。
「ですが……奥様が亡くなられた後、エラ様が伯爵夫人になられて……私の生活は一変しました。エラ様付きの侍女からあらぬ疑いをかけられて……」
クレアは静かに左手を差し出した。
テーブルの上に置かれたそこに、薬指は存在していない。
「エラ様の指輪を盗んだと言われ……指を切り落とされました」
「――……まさかとは思うけれど、それはエラが……?」
リリィからの問いに、クレアの瞳が揺れた。
テーブルの上に置く手がカタカタと音を鳴らし、彼女は慌てて左手を引っ込める。
「……はい。エラ様が自らやられました」
当時のことを思い出してしまったのか、クレアは左手を抱きしめるように胸元へ持っていく。
震えはどんどん大きくなり、クレアはぎゅっと唇を噛み締めた。
「――あの時のエラ様、とても楽しそうで……。人の指を切り落とそうとしているのに……! 私、お願いしたんです。なんでもするから許してくださいと、土下座までしたんです……!」
だというのにエラにその願いは届かなかった。
「侍女に押さえ込まれて……それで…………」
「――エラが、その指を落としたのね……?」
「――え、エラ様の力じゃ落としきれなくて……。何回も何回も……っ!」
「もういいわ。落ち着いて」
聞くに耐えないと止めた。
恐怖に青ざめるクレアに、これ以上話させるのは酷というものだろう。
それに彼女の言いたいことはわかった。
人の体、特に骨は硬い。
それをエラの細腕で落としたとなれば、振り下ろされた刃は一度ではないということだ。
想像するだけで吐き気がすると、口元を手で覆った。
「あの人は悪魔です! あんな、楽しそうに人を傷つけるなんて……!」
リリィを殺した時。
オーロラを辱めた時。
どちらもリリィは頰を赤らめ喜びを表情に出していた。
きっとあの表情でクレアを傷つけたのだろうと、容易に想像ができる。
「……私は伯爵家を追い出されて、次の仕事も見つからずに、今ここにいます……」
本来なら元主人から紹介状をもらって、別の屋敷へと移るものだ。
だが濡れ衣とはいえ盗みを働き首になったクレアに、紹介状は出さないだろう。
「指もこんななので……働き口がないんです…………」
本当に、エラは人の人生を壊すのが得意だ。
彼女の手で、一体何人の人間が壊されたのだろうか……?
「――本当に、虫唾が走るわ」
「……? あの、なにか?」
「――いいえ、なんでもないわ。……苦労したのね」
「――…………奥様はとてもよくしてくださいました。だからこそ……信じられないんです。エラ様をいじめていたとか……庭師と浮気していたなんて……」
ああ。
昔のリリィを信じてくれる人がここにもいたのかと、少しだけ救われたような気持ちになった。
これだけでも彼女を救おうとここまできた甲斐があったというとのだ。
リリィは立ち上がると、未だ震え続けるクレアの肩に優しく触れた。
「私もリリィが浮気しただなんて思えない。……エラとマルクが犯人ではないかと疑っているの」
「――……はい。私も、そう思います……。確信はないですが……」
悲しげに伏せられた瞳。
痩せ細り骨と皮だけの肩を握る腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
「もし――もしあなたがよければ……。リリィの死の真相を探りつつ、私の仕事の手伝いをしてくれないかしら? もちろん。お金は払うわ」
「……私が、ですか……?」
ぽかんとするクレアに、リリィは少しでも信頼して欲しくて微笑んで見せた。
「ええ。私の仕事は孤児院……。身寄りのない子どもたちの世話をして欲しいの。――子どもはお嫌い?」
「いえ! ……好きです、けれど……」
だと思った。
身重のリリィをあんなに大切にしてくれたのだから、きっと子どもが好きなのだろうと思ったのだ。
しっかり者のクレアは適任だと頷くと、彼女はおずおずとこちらを見つめてくる。
「つかぬことをお聞きしますが……。あなた様はいったいどういった方なのでしょうか……?」
そうだった。
名乗りはしたけれど正体までは明かしていなかったと、目深に被っていた布を取り払う。
光り輝く黄金の髪を揺らしながら、リリィはクレアに向かって手を差し出した。
「私はリリアナ•ウィンバート。――ウィンバート侯爵の娘であり、ノア皇太子殿下の婚約者。……身分だけなら、信用に値すると思うけれど、どうかしら?」
少しでも信用して欲しくてノアの名前まで出したのだが、クレアはポカンと口を開けたまま動かない。
どうしたのだろうかと不思議がっていると、クレアは突然立ち上がりリリィの足元に膝をつき頭を下げた。
「――そ、そのような高貴なお方だとは知らず、失礼いたしました! どうぞご無礼をお許しください……!」
「頭を上げてちょうだい! あなたにそんなことをして欲しくて、名乗ったわけではないのよ」
慌ててクレアの腕を掴み、優しく立ち上がらせる。
クレアはそれすらも恐れ多いと、なんどもなんども頭を下げた。
「本当にありがとうございます! まさかそのような方にお声がけいただけるなんて……!」
「……ということは、依頼を受けてくれるということかしら?」
クレアはリリィの瞳をまっすぐ見つめると、深く頷いた。
「このご恩は必ず仕事でお返しいたします。――どうぞ、よろしくお願いいたします」
手を差し出せば、クレアがそれを握り返してくれた。
弱々しい力に、リリィはひとまずと微笑んだ。
「まずは皇宮に行きましょう。お風呂入ってお腹いっぱいご飯食べて、そして寝ましょう。――子どもの相手は体力勝負だもの!」




