裏工作
衝撃的な話を聞いてしまったリリィは、それでも前へと進み庭園へとやってきた。
あれだけ煽られたオーロラのことだ。
きっと人気のないところへと向かい、悪態の一つでもついているだろうと思ったのだ。
そしてその感は当たっていた。
庭園の奥へと入れば、だんだんと声が大きくなってくる。
それは罵声だった。
「なんで! あたしが! あんな! 庶民に!」
この一瞬でリリィは己の感が当たっていたことを知る。
オーロラは顔を真っ赤にして、力の限りピンク色の花を踏み躙っていた。
「あんなこと! 言われなくちゃ! いけないのよ!」
それは後ろ姿ですら恐ろしいと思えるものだった。
なんどもなんども足を踏み下ろし、花を土色に変えていく。
地面を捻るように踏み締めたオーロラは、やっと落ち着いたのかゆっくりと顔を上げた。
「――許さないから。あの女ぁ……」
子どもが見たら泣きそうなほど怒りに顔を歪めているオーロラに、ため息混じりに話しかけた。
「あれはあなたのせいでもあると思うけれど?」
「――っ! あんた! なんのようよ!?」
勢いよく振り向いたオーロラは、リリィをその目に映すと牙を向いてきた。
その姿はまるで威嚇する犬のようだ。
だがリリィにとってはいつもどおりのオーロラなので、気にすることなく近づいた。
「エラになにするつもり?」
「あんたに関係ないでしょう!?」
関係はある。
むしろエラに手を出してもらわなくては困るのだ。
だからこそリリィは、オーロラが踏み躙った花を悲しそうに見つめた。
「――かわいそうに。庭師が一生懸命育てたのに……」
「はぁ? だからなに? 使用人のことなんてしったこっちゃないわよ!」
イライラを隠そうともしないオーロラ。
なんども地団駄を踏むオーロラを横目に、リリィはそばにある濃いピンク色の花に触れた。
知ってもらわなくてはならないのだ。
その使用人が、楽しいことをしてくれるのだから……。
「……そういえば、伯爵家の庭師といえば前妻と不倫関係だったとか」
そんなわけないのに、と冷めた目でその赤い花を見つめてしまう。
リリィにとってはマルクが全てだったのに。
死んだのちにそんな作り話をされるなんて思いもしなかった。
「だからなんだっていうのよ」
「……でもね、実はその庭師。本当はエラが好きなのよ」
「――くっだらない! あんな女のどこがいいっていうのかしら? 男って見る目なーい」
それには心の中だけで同意しておいた。
庭師は知っているのだろうか?
エラが目的のためなら人殺しも辞さないことを。
マルクは知っている。
知っていてそれでもなおエラを愛しているのだから、恋は盲目とはよく言ったものだ。
確かに思い出せば庭師は、盲目的にエラを愛していた気がする。
彼女の好きなピンク色の花だけを植えているのはそのためだ。
エラに会いたくて。
エラに庭園にきて欲しくて、植え続ける庭師。
――これを使わない手はないだろう。
「気づかないのね。おかしいと思わない? エラを好きなのに前妻に手を出したなんて」
「……なにが言いたいのよ?」
「庭師は本当に前妻とそういう仲だったのかしら? エラを愛してる男が……もしそれが偽りだったなら――とてもかわいそうな男よね?」
よりにもよって、愛した女にそんな噂を流されるなんて。
それでもまだこの伯爵家で肩身の狭い思いをしながら庭師を続けているのだから、エラへの愛は本当なのだろう。
だが人には限界というものがある。
愛すれば愛するだけ、憎しみもまた深くなるというもの。
「そんな男がエラと二人っきりになんてなったら……なにをしでかすかわかったものではないわね」
「――…………へぇ。ふーん。そう……」
オーロラはなにかを思いついたのか、顎に手を当てながら意地の悪い笑みを浮かべた。
「この伯爵家って、庭師は一人しかいないの?」
「たぶんね……? きっと今もエラの姿を一目見ようとどこかにいるんじゃないかしら?」
これは事前に確認済みだ。
庭師は庭園から会場を覗いている。
エラの美しい姿を見つめるためだ。
それを伝えれば、オーロラはなんども頷いた。
「なるほど、なるほどね? ……確かにその庭師はとーってもかわいそうね? そんなかわいそうな人には手助けしてあげないと。……そうよね?」
もちろんなにも言わない。
ただ静かに微笑みを返してから、その場を去ろうとする。
オーロラは無事焚き付けられた。
あとはその炎が大きく燃えてくれればそれでいい。
そう思って踵を返したのだが、ふと思い出して振り返った。
「そうだわ。これをあげるわ」
「……どういう風の吹き回し?」
リリィが差し出したのは、エラからもらったあのブレスレットだった。
それを見たオーロラは訝しげな顔をして、受けとろうともしない。
さすがにそうなってもおかしくはないかと、腕についている豪華なブレスレットをオーロラに見せびらかした。
「私は殿下がくださったものがあるからいらないのよ。――お母様にでも差し上げて」
「…………そういうことなら受け取ってあげる。今は気分がいいから!」
「私もよ」
いらないものも処分できて、ついでに楽しい催しも見れそうだ。
オーロラにブレスレットを手渡すと、リリィは今度こそ庭園を出て会場へと向かった。
どうやら抜けていたことはバレていないようで、楽しそうに見知らぬ男性と話すエラを確認しつつ、ノアの元へと向かう。
「うまくいったか?」
「はい。――それより殿下、お願いがあります」
急なことに一瞬きょとんとしたノアだったが、すぐにいつもの表情へと戻すと、リリィの手をとり唇を落とした。
「なんなりと。――愛しのレディ」




