種をまく
「きてくださってありがとう!」
「…………」
エラがそう言いながら駆け寄れば、オーロラは深く眉間に皺を寄せた。
周りもエラの声によりオーロラがいることに気づいたらしく、みんながひそひそと話し始める。
「よくこれたものね……?」
「あの子例の子でしょう? ほら、リリアナ嬢のものを盗んでたっていう……」
「ひどいわねぇ……。実の家族なのに……」
あれこれと話が耳に届けられるが、オーロラは必死に片方の口端を吊り上げていた。
明らかに強がりなのがわかる。
こんなふうになるのはわかっていたはずなのに、なんの作戦もなくやってくるなんて。
馬鹿だなとなりゆきを見守る。
エラは楽しそうにオーロラの元へと向かうと、その手をとった。
「あの時はごめんなさいね? まさかあんな大事になるなんて……。でもまあ、ねぇ? あなたも反省したほうがいいわ」
「――よく口の回る女ね……」
ひくつく口元を隠しもせず、オーロラはエラを強く睨みつける。
もちろんエラはそんなこと気にする様子もなく、むしろ楽しそうに懐から宝石がついたブレスレットを取りだした。
「はいこれ! これを渡したくてお呼びしたのよ。――盗むほど欲しかった宝石でしょう? 差し上げるわ! だからこれからはお姉さんのものだからって、奪い取ってはダメよ?」
くすり、とどこかから笑い声が聞こえてきた。
それはオーロラにも届いたのだろう。
彼女はカッと顔を赤らめると、エラから差し出された宝石を奪うようにとり、会場を足早に去っていった。
「……あの状況でも宝石は持っていくんだな」
「…………お恥ずかしいばかりです」
ノアのツッコミに、静かに額を押さえる。
本当にその通り過ぎてなにも言えない。
黙り込んだリリィたちの元へ、楽しそうなエラが帰ってくる。
「お礼も言えないなんて……。まあ仕方ないわね。これでリリィがお家に帰っても大丈夫よね?」
「…………」
大丈夫なわけあるか、と言ってやりたいが我慢した。
こんなことまでしてはリリィはもう侯爵家には帰れないだろう。
まあ元々帰る気もないので別にいいのだが……。
「本当に来てくれてよかったわ! わたしあの子に宝石をあげたかったのよ。――だってかわいそうでしょう? 人のものをとってまで手に入れるなんて……」
言葉だけ聞けば慈悲深いと思えたりするのだろうか?
残念ながらエラの本性を知っているし、なによりニタリと笑うその顔を見てしまってはそんなふうには思えなかった。
だがリリィからしてみればとても都合がいい展開だ。
今のエラはオーロラにいかに恥をかかせるかに夢中なので、その間にもらったブレスレットは懐へと隠しておいた。
身につける必要がなくなり安心しつつも、リリィはそっとオーロラが消えたほうを見つめる。
これだけのことをされたのだ。
きっとオーロラの腸は煮えくり返っていることだろう。
ああなったオーロラはあと先考えず動く傾向がある。
エラのことだから開幕なにかやってくれるとは思っていたが、こんなにうまく動いてくれるなんて。
「けれど大丈夫かしら? ……あの子、追い詰められるととんでもないことをしたりするから」
「人のものを盗むような子だものね? けど大丈夫よ! リリィは安心してて!」
危ないのはリリィよりエラのほうだと思うのだが、彼女に危機感はないらしい。
だがこれで周りの人間には、オーロラがなにかしでかすかもしれないという認識はさせられたはずだ。
これでこのあと〝ナニカ〝が起こったとしても、みな変には思わないだろう。
下準備はできたなとにっこり微笑んだ。
「――そうね。きっと大丈夫よね?」
「ええ! この伯爵家で変なことわたしがさせないわ!」
エラはリリィの手をとると、きゅっと両手で包み込んでくる。
大きな瞳で見上げると、まるで春の日差しのような柔らかな笑みを浮かべた。
「さあ! パーティーを楽しみましょう!」
「――そうね」
本当にとても楽しみだと、去っていくエラの背中を眺める。
どうなるかは神のみぞ知ることだが、きっと愉快なことになるに違いない。
リリィはそっとノアの腕に抱きつくと、彼に耳打ちした。
「パーティーがはじまったらオーロラに会いに行きます」
「――わかった。……楽しみだな」
「……本当に」




