ピンク色
伯爵家で行われるパーティーへ向かったリリィは、その内容に思わず口を開けてしまった。
見覚えのある伯爵家は、見覚えのない伯爵家へと変貌を遂げていた。
「……これは、また……」
「…………すごいな」
なんと説明すればいいのか。
リリィは眉間に皺を寄せつつあたりを見回した。
見渡す限りのピンク、ピンク、ピンクで、すぐに目を閉じてしまう。
淡いピンクから原色に近いピンクまで、カーテンやカーペット、飾られている花に至るまでそれ一色で、隣にいるノアですら顔を引き攣らせていた。
「……エラが生前はまだ、手加減してたことがわかりました」
「そうか……。それはよかったな。俺ならこんなところ一秒と暮らせない」
リリィが生きていたころからエラが好き勝手していると思っていたが、ここまでではなかった。
つまりはまだ我慢していたというわけだ。
それについては本当によかったと思うが、とはいえこれは……と呆れていると、そんなリリィの耳に能天気な声が届けられた。
「リリィ! きてくれたのね!」
「…………エラ」
出迎えたのは主催であるエラとマルクだった。
マルクは相変わらずリリィを不審そうに見てくるが、そんな彼には目もくれない。
抱きついてきたエラをすぐに引き剥がすと、社交辞令とばかりに礼を言った。
「ご招待感謝します」
「親友だもの! 当たり前じゃない!」
いつから親友になったのだろうか?
リリィ的には友だちにすらなっていないというのに。
「会場に案内するわ!」
「――殿下。我が家のパーティーにお越しくださりありがとうございます」
「……リリィの願いだからな」
自由気ままなエラとは違い、さすがにマルクはノアに挨拶をした。
普通ならエラもノアに挨拶をしなければならないのだが、そんなことお構いなしにリリィたちを案内しようとする。
まあ彼女に礼儀作法を期待するだけ無駄だと、案内に応じつつ屋敷の中を歩いていてふと視線を感じた。
それも一つ二つではない。
ちらりと横を見れば、そこには出迎えの使用人たちがいた。
使用人たちの顔には見覚えがある。
そんな彼らはリリィを見てはこそこそと小声で囁き合っていた。
「今リリィって……」
「なんで不吉な名前……。エラさまはどうしてあんな名前の女を……?」
ああ、やはりここは変わっていない。
別人になったとしても、リリィにとってここは地獄の牢獄なのだ。
そう思うと、頭の中に過去の記憶がじわりと滲み出てきた。
話しかけても無視をする使用人。
ことわるごとに嫌味を言われ、冷めたスープを食べさせられる日々。
そしてなにより、あの思い出したくもない夜の出来事。
前を歩くマルクの手を見ると、ぞわりと背筋が震えた。
気持ちが悪い。
その全てが不愉快だとリリィが体に力を入れた時、その背中を優しく撫出てくれる手があった。
「深呼吸を。――大丈夫。君の隣には俺がいる」
「…………殿下」
温かい手。
優しくて心地よくて、もっと触れてほしいと思えた手だ。
その手の温もりにエラたちに気づかれぬようホッと息をつきつつ、背筋を伸ばして会場へと向かう。
そしてその途中で、ふと思ったのだ。
リリィが妊娠したと知ったマルクが、新しくつけてくれた年若い侍女―クレア―はどうなったのだろうか?
彼女だけはリリィによくしてくれた。
だからこそ元気にやっていてくれていればいいのだがと周りを見回したが、残念ながら姿を確認することはできなかった。
そのうちにも会場へとたどり着いてしまい、リリィとノアはパーティーの内容を見てぽかんとしてしまう。
「……すごい」
会場の中もなかなかにエラ好みとなっていた。
ピンク色のテーブルクロスに、同色のカーテンにカーペット。
豪奢なシャンデリアは、よく見れば宝石が使われている。
ギラギラと輝くその下には、これまたたくさんの食事が並んでいた。
エラが準備したことはすぐにわかったが、誰も止めなかったのだろうか?
「……そうね。止めないわよね」
蝶よ花よと可愛がっていたエラが準備したのだ。
おかしいと思っても誰もそれを言ってあげなかったのだろう。
果たしてこれがエラのためになるのかと思ったが、すぐに頭を振って否定した。
リリィが気にすることではない。
「……まるでおままごとだな」
大皿にこれでもかと盛られた食事の数々に、ノアが呆れたと肩をすくめた。
そんなノアの言葉に軽く頷きつつも、周りを見回してみる。
招待客たちもあまりにも普段と違うパーティーに困惑しているのだが、とうの本人であるエラは気にしていない。
リリィの元にやってくると、その手には光り輝くものが握られていた。
「きてくださった皆さんにプレゼントしているの! でもこれは大親友のリリィにだけ特別!」
そう言って手渡されたのは、紫色の宝石が散りばめられたブレスレットだった。
「……どうも」
「絶対似合うわ! 今回はちゃーんとリリィが好きそうなものを選んだんだから!」
だが偽物だろう。
そう言いそうになる口を必死に閉じた。
仕方なく受け取りはしたが、もちろんつけるつもりはない。
さてこれから、どうやって言い訳をしようか。
これをつけないでいられるようにするには……と考えていた時、会場内が少しざわつき始めた。
何事かとそちらに視線を送れば、見知った顔が一つそこにあった。
「――オーロラ……」
「そうなの! あの時かわいそうなことをしちゃったでしょう? だからお詫びにご招待したのよ」
そういうエラの顔は、にやりといやらしく歪んでいた。
「――でもまさか本当に来てくれるなんて……。今日はとってもいい日になりそうね……」




