作戦
とはいえどうやって彼らに痛い目を合わせようかと考えていた時のことだ。
リリィの元に一通の手紙が送られてきた。
相手はもちろんエラからだ。
いつも通り無視しようかとも思ったけれど、この間のように突撃してこられても困る。
まあ侯爵家とは違い皇宮なのでないとは思うが、どう暴走するかわからないのがエラという女だ。
致し方ないと手紙を開けば、そこには伯爵家で開くパーティーへの招待状とともにエラからのメッセージが書かれていた。
『大親友リリィへ。伯爵家でパーティーを開くことになったの! ぜったいぜったいぜーったいきてちょうだい! 会えるのを楽しみにしてるわ! あなたの大親友、エラより』
「…………うわぁ」
「痛々しいな」
「――殿下!」
エラからの手紙にひいていると、そんなリリィの後ろからノアが覗き込んできた。
驚いて振り返る前に、腰に腕を回され後ろから抱きしめられる。
「いい気分になっているようだから、ここらで叩き落とさないとな」
どうするつもりだとノアに聞かれて、リリィはふと考える。
今回パーティーに呼ばれたのは癪ではあるが、いい機会である。
伯爵家でパーティーが開かれるのなら、行って損はないだろう。
彼らの本拠地ではあるが、リリィにとっても馴染みのある場所だ。
なにかを仕掛けるなら都合がいい。
「作戦はあるのか?」
「そうですね……」
伯爵家か、とあの屋敷を想像した。
思えばあの家はリリィにとって、地獄のような場所だった。
誰一人として味方はおらず、いないもののように扱われる日々。
呼ばれるとすればあの最悪な夜を過ごすだけで、思い出しただけでも嫌悪感に身震いするほどだ。
けれど、いや、だからこそちょうどいいのかもしれない。
あの場所でエラとマルクが痛い目を見ることで、救われる心もあるだろう。
あそこでなにができるか。
なにをしてやろうか。
そう考えていたリリィの頭に、ふと名案が浮かんだ。
「――いい案を思いつきました」
リリィの頭に浮かんだのは、ありがたいエラの言葉だった。
それを思い出した時に、とある策略を思いついたのだ。
「それはどんなものか、聞いてもいいか?」
「エラ本人がヒントをくれたんです」
そう。
エラが自分から楽しそうに話していたのだ。
「リリィは庭師との間に子どもをつくった、と……」
「最低な嘘だな」
顔を歪めたノアに少しだけ心が救われつつも、リリィはこくりと頷いた。
「本当に。最低で最悪なうわさ話に、さすがに私も怒りが湧いてきました。――なのでそれを、ありがたく使わせていただこうと思います」
「楽しそうだ。話を聞かせてくれ」
ノアはそういうとリリィの手をとり、ベッドのほうへと向かう。
そのままノアは寝転がり、リリィの膝に頭を乗せた。
「――寝物語に聞くにはよくない話かと……」
「大丈夫だ。むしろいい夢が見れると思わないか?」
そんなわけないだろうと思いつつも、ノアが心地良さそうなのでそれ以上は言わなかった。
ついでにそっとスカートの中に入れられた手は叩いておく。
「まだ昼間です」
「夜ならいいのか?」
「――…………」
「冗談だ。それで?」
むすっとしたリリィに気付いたのか、それ以上はしてこなかった。
ノアは瞳を閉じると、リリィの声に耳を傾ける。
「本当は庭師はエラが好きなんです。――いえ、あの屋敷の人はみな、ですね」
「そんなにいい女だとは思えないがな」
「先入観かもしれませんね。もし私よりも先にエラに会っていたら、好きになっていたかもしれませんよ?」
「それは幸運だ。あの女に先に会っていなくて心からよかったと思う」
そんなノアの軽口にリリィは静かに彼の頭を撫でた。
さらさらの髪が心地よくて、そのまま話を続ける。
「あの庭師がエラを好きなことは明白で、だというのにリリィとの間に子どもがいた、なんて……。庭師からしたら屈辱だと思いませんか?」
「そもそもそんな噂を立てられてもなお、あの女のところにいるのか?」
「恋は盲目と言いますから。……エラは魅了するのが得意なんです」
「わからんな。――いや、わからなくもないか。俺もまた、君に魅了されているのだから。そう考えれば……庭師の気持ちも少しはわかるかもしれないな」
ぱちりと開かれたアメジストのような瞳がリリィをとらえる。
伸ばされた指先が頰に触れ、その心地よさに頬擦りしたくなるのを堪えた。
「その庭師を使うのか?」
「――はい。うまくいけば、エラに一泡吹かせられるかと……」
「だが誰を使う? 思い当たる人物はいるのか?」
そのノアからの問いに、リリィはゆったりと口角を上げた。
「――はい。一人……。とても適任の相手がいます」
「誰か聞いても?」
「……エラの性格はわかっています。彼女は一度美味しいと思ったものを、何度も味わいたいと思うタイプなんです」
だからこそ、次のエラの行動もわかりやすいというものだ。
「なので必ず――オーロラに招待状を送っているはずです。……あの時のエラの恍惚とした表情は忘れません」
オーロラをはめた時の、うっとりとした表情。
きっとまた、あれを味わいたいと思っているはずだ。
だから侯爵家に招待状を送っていると考えた。
「そしてあのオーロラです。やられたままでいるはずがありません」
「のこのこくるということか? それはまた……君の妹だというのに知能が低いな」
そこに関しては否定することはできない。
確かにリリィなら行かないけれど、あのオーロラなら間違いなく胸を張って向かうはずだ。
エラに一矢報いるために。
「そのほうが動かしやすいと思いませんか?」
「――そうだな。その通りだ」
エラに復讐したいというのなら、その手伝いをしてあげればいい。
そうすればリリィは姿を隠したまま、エラの高くなった鼻を折れるというもの。
「エラとオーロラ。表向きはあの二人に敵対してもらいます」
「その間に君は着々と準備を整える。……俺の婚約者は最高の女性だな」
ノアのなにに刺さったのか。
彼は起き上がると、今度はリリィをベッドへと押し倒してきた。
「ちょ、殿下! だから今はまだ昼だと……!」
「気が変わった。――君に触れたい」
ノアからの直接的な言葉に揺らいだら最後。
あとは一瞬で彼のペースに巻き込まれてしまう。
気付いた時には衣服は乱れ、甘い吐息が溢れる。
「――」
でもこれが嫌じゃないのだから困ったものだ。
人に触れられることがこんなに心地よいなんて、本当に不思議な気分になる。
「……殿下」
「――名前を呼んで」
「………………ノア」
リリィはノアを受け入れるため、そっと彼の首に手を回した。




