次の手
皇宮での暮らしはとても心地よいものであった。
マクラーレン伯爵家でも、ウィンバート侯爵家でも、リリィはひどい目にあってきた。
それに比べればここでの暮らしは天国だ。
なぜならここにいる人たちは皆、リリィを一人の人として接してくれる。
罵声を浴びせることも無能だと笑うこともない。
きちんと尊敬の念を持って接してくれる使用人たちを、リリィはとても好きになった。
それもこれも全て、リリィを己の伴侶として扱ってくれるノアと、自らの後継だと態度で示してくれる皇后のおかげだろう。
「まさか皇宮が一番落ち着く場所になるとは思わなかったわ」
もちろん皇太子妃としての勉強とともに、ノアの願いどおり孤児院の運営もしている。
元々マクラーレン伯爵家では、お金関係は全てリリィがやっていたため、そこらへんはスムーズにやることができた。
女主人と認めてはいないのに、女主人の仕事だけはやらされていたのだ。
今思うと理不尽極まりないが、エラに務まるとも思えない。
まあそのおかげで孤児院の運営もうまく出来そうだからよしとした。
今のところの目標は孤児院で働くこと、だ。
実際に現場を見て学びたいのだが、残念ながらそう簡単に許可が降りない。
仮にも未来の皇太子妃だ。
いろいろあるのだろう。
「今度お菓子を持って行きましょう」
働けないなら可能な限り居座ればいい。
その間に責任者から話を聞けばいいのだ。
子供たちからも話を聞きたい。
なにが欲しいか。
なにをもらったら嬉しいか。
逆になにが嫌か。
「……本当なら国でできればいいのだけれど」
皇帝やその側近たちは、どうやら金儲けにしか興味がないらしい。
孤児院なんてお金にならないものに許可は出せないと、はなから聞く耳持たないらしい。
孤児院が教会の姿をしているのもそれが理由なようだ。
教会には信者たちからの寄付がある。
それを金稼ぎと呼んでいいのかと思うところもあるが、そういった形態をとっているため今は目をつぶっているようだ。
ノアが皇帝となった暁には、国運営にするらしい。
そのためにもリリィはもっと孤児院の形態を知らなくては……。
顎に手を当てあれこれ考えていると、そんなリリィの部屋にノアがやってきた。
「楽しいことになってるな」
「――なんのことでしょう?」
ノアはリリィの隣に腰を下ろすと、その長い足を組んだ。
「あー……なんだったか。君の復讐相手の女の名前は」
「エラですか?」
「そうだ。その女が君の大親友だと吹聴して回っているようだぞ」
名前を呼ばないから覚えないのでは……?
と思いつつも、リリィはその話に片眉を上げた。
「大親友……ですか?」
「そうだ。意地悪で悪質な家族から自分が救ったのだと言いふらし、その時に奪い返したネックレスやブレスレットと同じものを高額で売り捌いているらしい」
「――ずる賢いというかなんというか……」
「がめつい、が一番適切では? 君の名前で商売しようなんて……本当にどうしてくれようか」
確かに不愉快ではある。
しかしここまでノアが怒りを露わにするなんて思わなかった。
彼は口元に笑みを浮かべながらも、トントンと人差し指でリズミカルに膝を叩く。
「君の家族は今のところ意気消沈しているようだし……そろそろ本命にいくのか?」
「――そうですね」
大親友、なんて言いふらしているくらいだ。
この間の事件で味を占めたのだろう。
今ごろエラは気分よくなっているはずだ。
そしてそれはマルクもだろう。
宝石が売れればそれだけ鼻高くできるはず。
二人揃って胸をはりのけぞっているのなら、ここらへんで落としてもいいのかもしれない。
リリィはそっと己の唇に人差し指を這わすと、にやりと微笑んだ。
「そうですね。――そろそろ少し痛い目を見てもらわないと……」
「宝石の件で詰めるのか?」
「――いえ。あれはもっと……彼らが逃れられない最高のタイミングで出すべきです」
「最高のタイミングか……。例えば?」
「……件の皇女殿下が公式の場であの宝石を身につけた時、ですかね?」
ノアの腹違いの妹の一人。
例の皇女が例の宝石を求めたことは記憶に新しい。
手に入れられたようだが、まだそれを身につけて公式の場には出ていない。
どうせなら言い逃れもできぬよう、ちゃんと周りを固めておかなくては。
「少し先にはなりますが、皇女殿下のお誕生日のパーティーがありますよね? それほど切望されたものなら、自分が一番輝く時に身につけると思うのです。なのでそこで……偽物だとバラすのはどうでしょうか?」
「それは――最高だな。癇癪をおこしたあれは、なかなか止められないぞ」
どうやらノアと皇女は仲がよくないらしい。
過去にいろいろあり現在は廊下ですれ違うだけで睨み合う状態のようだ。
皇女はノアに近づきたがらないからか、皇宮でも未だ会ったことはない。
そのうち会うことになるだろうが、あまりいい関係が築けるとは思えなかった。
数多いるほかの弟妹たちも似たようなものらしい。
「じゃあ次はジャブ程度になるわけだが……どうする?」
「……私が直接手を下そうとすると、本番前に警戒されてしまいそうですよね」
「となると第三者を使うか……。難しくなりそうだ」
そういうがノアの顔は楽しそうだ。
まさかリリィの復讐を、誰かに手伝ってもらうことになるとは思わなかった。
「――だとしても必ず、彼らを地獄に落としてみせます」
「もちろん。――君の復讐に幸在らんことを」




