化け物たちの戦い
「リリィ? まさか……わたしからのプレゼント、気に入らなかったの……?」
涙目になりながら訴えてくるエラに、人々の視線が集まる。
かわいそうな可愛い女性。
庇護欲をくすぐるその姿に、周りはなんだなんだと集まってきた。
「――ごめんなさい。わたし、リリィの好みとか分からずに、宝石をプレゼントしてしまったから……」
すんっと鼻を鳴らしながら、エラはマルクの胸に飛び込んだ。
するとマルクが眉間に皺を寄せながら、リリィに向かって軽蔑の眼差しを向ける。
「――いくら気に入らないとはいえ、もらったものを身にもつけないなんて……。エラは君に似合うと思って選んだんだぞ?」
よくあれをリリィに似合うと思ったなと呆れてしまう。
実際今リリィが身につけている宝石は、ノアからもらったものだ。
紫色の宝石がついた上品なネックレスは、スタイルのいいリリィによく似合っている。
ノアはセンスもいいらしい。
文句のつけどころのない男だと、目の前のマルクとの違いをよく理解した。
「いいのマルク! わたしが……わたしが悪いのよ」
ごもっともだ。
偽物の宝石だとわかっていながら渡してくるなんて、馬鹿にしている以外の何者でもないだろう。
だというのに悲劇のヒロイン気取りかと、リリィはそっと目を細める。
だがここでエラの独壇場にするわけにはいかない。
演技には演技を返すべきだと、リリィは形のいい眉を下げ、悲しげに瞳を細めた。
「――エラ、ごめんなさい。……私にはどうすることもできなくて……」
「……え? なに? どういう意味……?」
リリィは浮かべてもいない涙を拭うような仕草をすると、そのままチラリと横へ視線を向けた。
するとそれを見たエラが勢いよく振り返り、宝石を身につけるオーロラが瞳に映る。
「――それ、わたしがリリィにあげた宝石。……どうしてあなたがつけてるの?」
「な――なによ!? お姉さまのものなら私がつけてもいいでしょう!?」
エラが無表情でこくりと首を傾げれば、それを見たオーロラが慌てる。
責められているとでも思ったのか、オーロラは最悪な回答をしてしまった。
「だいたいこんな可愛らしいのお姉さまに似合うわけないじゃない! これはあたしにこそ似合うのよ!」
「――」
黙り込むエラとマルク。
今のオーロラの回答で、リリィが家でどんな扱いを受けているかの片鱗は見えたはずだ。
まさかオーロラがここまで上手く立ち回ってくれるとは思わなかった。
これに対してエラはどんな反応をするだろうか?
リリィが静かに見守る中で、エラは静かに口を開いた。
「それは、わたしが、リリィにあげたものよ? あなたなんかに渡してないわ」
「――はあ? なにあんた生意気。あたしを誰だと思ってるの? 侯爵令嬢よ?」
「そんなの知らないわ。人のものを盗るなんて最低の人間がすることよ」
「家族の話なんだからあんたに関係ないでしょう!? なに様のつもりよ?」
なにやら凄まじい言い合いがはじまった。
エラに関してはお前が言うのかという言葉が聞こえた気がしたが、ひとまずこの戦いの成り行きを見守ることにする。
「それはリリィにってあげたの。あなたにつけさせるためにじゃないわ」
「だいたい……! お姉さまにこんな可愛いもの似合うわけないじゃない! 相手に似合うものもあげられないのに、偉そうに言わないでよ!」
「――あなたっ!」
エラが顔を赤らめ声を上げた時だ。
オーロラがニヤリと笑う。
「あなたうわさの庶民でしょう? そんな底辺の女があたしに偉そうにしないでくれる?」
「――エラは男爵令嬢だ!」
「地位を金で買ったってうわさがあるわよ? わかるのよ。どれだけ取り繕おうとも、所作の拙さがね」
確かにその通りだ。
エラがどれほど伯爵家から溺愛されていようとも、彼女は伯爵令嬢ではない。
だからこそ作法などは教わってこなかったはず。
見様見真似でやって見せたとしても、本物からすればそれはただの付け焼き刃だ。
これは面白い戦いになったなと、リリィは静かに観覧する。
「しかも前妻がいる時から不倫関係だったとか……。恥ずかしいわねぇ。いやらしい女。さすがは庶民だわ」
令嬢にとって貞操とは守るべきものである。
夫となる男に捧げるものであるという考えは根深く、ゆえに男女二人っきりでいるところを見られたものなら大事になる。
思えばエラとマルクは常に二人一緒にいた。
それはマルクの寝室だろうが、だ。
本当に馬鹿な女だったなと、過去の己を叱責する。
「化け物対化け物の戦いか……。見ものだな」
「おやめください」
高みの見物が如く一歩離れてことの成り行きを見ているノアの言葉に、リリィは被せるように咳払いをした。
エラとオーロラ。
二人で自滅しあってくれるならそれに越したことはない。
「人にあれこれ言う前に、まずは礼儀作法を習いなさいよ。――もしよければあたしの元教師を紹介しましょうか? 今は五歳の子どもを教えているらしいから、あなたもきっとできるようになるわよ」
くすくすと侮蔑する笑い声が聞こえてくる。
それはオーロラだけのものではない。
周りまで馬鹿にするように笑いだす。
なるほどこれはオーロラの勝ちのようだと止めに入ろうとした時、エラは真顔でゆっくりと首を傾げた。
「人のものを盗むだなんて、庶民以下の犯罪者がやることだけれど……。あなたは犯罪者の分際で、このわたしを侮辱したのね……?」




