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愛されないものたちへ

 全てを理解したと、リリィはその場で落ち着いて考えられた。

 どうやらリリアナとしての記憶は受け継がれるらしく、彼女が今ここでなにをしていたのかもわかる。

 皇太子、ノアとともにパーティーに参加していたリリアナは、目の前にいる可愛らしい女性と対峙した。

 どうやら彼女は皇太子妃の座を狙っているらしく、事あるごとにリリアナを悪役に仕立て上げていたのだ。

 自らのドレスにお茶をこぼし、それをリリアナのせいにしたり、暴漢に襲われそうになったと自作し、それもまたリリアナが仕向けたと言う。

 もとより少し高飛車なところがあったからか、周りはそれを信じてリリアナを悪女だと噂し始めた。

 そのあたりからリリアナは人生に絶望し始めたのだろう。

 やっていないと真実を告げても誰も話を聞いてくれない。

 信じてくれる人がいないことの絶望感。

 その気持ちがリリィには痛いほどわかる。

 誰も彼もがエラを信じ、リリィの言葉には耳を傾けてくれなかった。

 夫であるマルクですら、だ。

 リリィが前を見れば、そこには彼女の肩を抱く婚約者がいる。

 そう思うとすっ……と心が冷たくなるのを感じた。

 この男も所詮その程度なのか。

 なぜ男はみな、こういった女に騙されるのだ。

 そう思うと胸がモヤモヤして、静かに顔を伏せた。


「ノアさま。大丈夫です。……私がっ! リリアナさまを怒らせてしまったから……しかたないのです」


「…………リリアナ。本当に君がやったのか?」


 どうやら自らの頰を叩き、リリアナにやられたとノアに泣きついたらしい。

 どいつもこいつも、なぜこんなことをするのだろうか?

 目の前の愛らしい女性とエラの姿がかぶり、その不愉快感に鼻を鳴らした。

 どうせなにを言っても信じてくれないのなら、言い訳するだけ無駄だろう。

 だがこのまま泣き寝入りするなんて絶対に嫌だと、リリィは一歩前に出ると腕を振り上げた。


「――え?」


 ――バチンッ!


 まの抜けた声とともに、巨大な破裂音のような音が響いた。

 どさりとなにかが落ちるような音も聞こえる。

 リリィは痛む腕を押さえつつも、己を呆然と見上げてくる女性を強く睨みつけた。


「私が本気で叩いたらこのくらい腫れます。なので先ほどまでは無罪でした。先ほどまでは、ですが」

 

 ほんのり赤くなっていた頰とは逆の、大きく腫れている方を押さえている女性は、涙目になりながら口を開いた。


「信じられない――! 私のこと殴ったわね!?」


「あなたが嘘をつくから、真実を周りに教えてあげたまでです」


「頭おかしいんじゃねぇの!?」


 まあ普通の思考回路ではないとは思う。

 人間一度死んでみればわかる。

 なんだってやってやろうという気になるのだ。

 とはいえ流石に人を殴り慣れてはいないので手が痛い。

 ふりふりと手を振りつつも、女性に向かって言い放った。


「あなたが私を悪者に仕立て上げようとしたから、なってあげたんです。――喜んだらどうです?」


「ざけんな! 私は――」


 女性がなにかを言おうとしたその時、小さな拍手音が響いた。

 なにごとかと音のほうを見れば、ノアがリリィに向かって拍手を送っていたのだ。


「いやあ、素晴らしい。確かにこれなら最初にリリアナが叩いたってことにはならなさそうだ」


 ノアは女性の真っ赤に腫れ上がった頰を指差すと、倒れ込んでいる彼女に手を差し出した。


「――殿下……! 私は!」


「君は俺に嘘をついていたというわけだ。――そのこと、よくよく覚えておこう」


 女性の手を握りながら立ち上がらせたノアは、そのまま近くに控えていた護衛に目配せする。

 彼らは瞬時に女性の身柄を拘束すると、ギャーギャーと騒ぎ暴れるのを無視して連れて行ってしまう。

 その姿を目をぱちくりさせて眺めていると、そんなリリィに向かってノアが手を差し出した。


「手を怪我しているだろう? 手当てをしに行こう」


 リリィはノアの手をじっと見つめてしまう。

 リリアナの記憶によれば、ノアは婚約者に関心がなかったはずだ。

 親が勝手に決めた相手程度にしか思っておらず、見向きもしたかったのに。

 差し出された手に恐る恐る己の手を乗せれば、優しくエスコートしてくれる。

 二人はそのまま控え室のようなところに入ると、女性の頰を叩いた右手に軟膏を塗ってくれた。

 リリィはそれを眺めつつ、いったいどういう風の吹き回しだとノアを見つめる。

 リリアナが人生に絶望したのは、自分のことを見てもくれないこの人のせいでもあるというのに。

 軟膏の塗られた手に包帯が巻かれたところで、ノアは静かに顔を上げた。


「――それで? 君は一体誰だ?」


「――え? わ、わたしは……」


「ああ、リリアナ・ウィンバート……だなんてつまらない答えはしないでくれ。リリアナがこんな性格なら、俺たちはもっと早くに打ち解けていたはずだ」


 リリィは眉間に皺を寄せる。

 無関心だと思っていたのに、どうやら違ったらしい。

 観察して理解した上で、リリアナという存在を無視していたのだ。

 なんて男なのだと睨みつけると、そんな状況なのにノアは笑う。


「ほら。リリアナが俺を睨みつけるなんてこと、天地がひっくり返ってもありえないことだ。……君が別人でない限りな」


「……リリアナがあなたを愛していたこと、わかってたのに無視していたんですか?」


 入れ替わりを肯定してしまうことになるが仕方がない。

 それよりもリリアナのことだ。

 愛していた人に見向きもされずつらい思いをした。

 それは過去の己と重なる部分がある。

 彼女のつらさがわかるからこそそう問えば、ノアは静かに答えた。


「彼女が俺を愛していようが、俺が彼女を愛さなければそれはないに等しいだろう」


 その言葉にツキッと胸が痛むのは、愛されなかった者の気持ちがわかるからだ。

 眉間に皺を寄せたリリィの手をとり、ノアはそっとその指先に唇を落とす。


「だが君はどうだろうか? 少なくとも、一緒にいて退屈はしなさそうだ」

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