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はじめまして

 死とは静寂だ。

 暗闇の中にある静寂。

 物音ひとつないそこで、リリィは深い眠りにつく――はずだった。


 ――お、は、よ、う


「――」


 ぱちり。

 目を覚ましたリリィは勢いよく上半身を上げた。

 湖に落とされた感覚。

 毒が喉を焼く感覚。

 血を吐き出す感覚。

 それらが残っており大きく咳き込んだ。

 しかし出てくるのは空咳ばかりで、血も水も吐き出すことはなかった。


「――っ、な、に……?」


 起き上がった己の体に違和感を覚える。

 そもそもなぜ起き上がることができる?

 リリィはあの時確かに殺されたはずだ。

 惨めにも毒を飲まされ、そのまま湖に落とされた。

 毒による激痛と吐き気。

 水を飲む感覚と呼吸ができない恐怖。

 そして水を吸って重くなるドレスの感覚まで覚えているのだ。

 だからあれが夢であるはずがない。

 あの燃えるような憎しみも悔しさも後悔も、全て本当にあったこと。


「――っ!」


 リリィははっとしてお腹に触れる。

 この子はどうなった?

 自分がもし仮に生きていたのだとしたら、この子は一体……?

 慌ててお腹に触れたその時だ。


「その子のおかげだよ」


「――……誰?」


 どこからともなく声が聞こえた。

 慌てて周りを見れば、それは突然現れる。

 見た目はただの光だ。

 人の形を模していない。

 だがそれはリリィに向かって話しかけるのだ。


「今大切なのはそこじゃないよ。君がこれから新しい人生を送れるってことを祝わないと」


「――新しい人生?」


 一体この光はなにを言っているのだろうか?

 わけがわからないと小首を傾げるリリィに、光もまた不思議そうにする。


「あれ? それを望まなかった? 君を惨めにも殺した彼らに復讐したいって」


「――」


 ふくしゅう。

 その言葉が甘い毒のように耳から体をめぐっていく。

 一度止まった心臓が大きく動き出した気がして、そっと己の胸に手を当てる。

 そこはトクトクと、鼓動を鳴らしていた。


「……復讐できるの? あいつらに――」


「それは君次第だよ」


「やるわ。やるに決まってるじゃない。――死んでないなら、必ずあいつらを地獄に落としてやる……」


 リリィは笑いながら泣いた。

 涙をボロボロとこぼしながらも、そっとお腹に手を当てる。

 許さない。

 許されると思うな。

 この子を失った悲しみは、必ず倍にして返してやる。

 そんな思いで呟いた言葉を聞き、光は頷く。

 頷く顔もないのに、なぜかそうしたのがわかった。


「君にその意思があってよかった。――君が生むはずだった子はね、世界にとって特別な存在になるはずだったんだ」


「世界にとって?」


「そう。けれど君と共に亡くなってしまった。――僕はそれが許せなかったんだ」


 今はもういないお腹の子。

 この子は確かに特別な子だ。

 産んであげたかった。

 産声をあげて欲しかった。

 その顔を見たかった……。


「だから別のお腹に向かうよう言ったんだけれどね? その子はどうしても君がいいんだって」


「――私?」


「そう! なんど生まれ変わっても、君の子どもになりたいんだって! だから君を別の体に入れることにした。その子が生まれる時は、そう遅くできないからね」


 私がいい……?

 呆然としつつ、もう一度お腹を撫でる。

 守れなかったのに、それでもこの子は自分を選んでくれるというのか?

 生まれ変わっても自分の子どもとして生まれたいと、そう思ってくれるなんて。


「――ぁ、っ……っ! ごめんねっ。こんなお母さんでごめんね……! あなたを産んであげられなかったのに……私は――!」


 声を上げて泣いた。

 叫ぶように泣いた。

 喉が傷つこうとも呼吸ができなかろうとも、とにかく泣いて泣いて泣いた。

 こんなに嬉しいことがあるだろうか?

 母としてこの子は、自分を選んでくれたのだ。

 なら自分にすべきことは決まっている。

 リリィは涙をグッと裾で拭うと、光を力強く見つめた。


「その別の体でも、あの子は私のところに来てくれるのね?」


「ああ。あの魂は必ず君のところに来るはずだよ」


 また、このお腹にきてくれるのだ。

 あの子に会える。

 それなら今度こそ、顔を合わせることができるかもしれない。

 その誕生に涙して、愛しむことができるなら……。


「――なんだってしてみせるわ。……あの子に会うためなら私はっ」


「いい返事だ。……なら伝えよう。今から君は全く他人の体に入ることになる。その子は人生を手放したいと望み、君は人生を掴み取りたいと望んだ。両者の願いを叶えるってことだね」


 全くの別人の体に入る。

 わけのわからない展開に驚きはしつつも恐れることはなかった。

 どうせ死んでしまうだけならば、抗ってみたい。


「乗り移ったあとはお任せするよ。人生を謳歌するでもいい」


「必ず復讐を成し遂げて、あの子に会ってみせるわ」


「いい返事。――それじゃあ時間もないし、行こうか」


 え、もう?

 と思った時には、その光は強く大きくなっていく。

 あまりの眩しさに目を閉じた時だ。


「どうかまた、会えることを願ってるよ。――」


「え? ――なに?」


 光がまたなにかを言った気がしたのに、それを聞きとることはできなかった。

 眩しさに目を完全に閉じた時、強い風のようなものを正面から感じた。

 一体なにが起こっているのだと慌てた瞬間、強い浮遊感のようなものに襲われる。


「――きゃ!?」


 ふわりと体が浮く感覚。

 次の瞬間には高いところから落ちていくような感覚があり、体に力を入れた時だ。


 ――ぱちり。


 目を開ければ目の前には二人の男女がいた。

 黒髪にアメジスト色の美しい容姿の男性は、桃色のふわふわとした髪の毛の女性の肩を抱きながら、リリィに向かって怪訝そうな瞳を向けている。

 桃色の少女は己の赤く染まる頰を押さえながらリリィを振り返り、男性にバレぬよう不敵に笑う。


「――!」


 その瞬間全てを思い出した。

 リリィはとある女性の体に乗り移ったのだ。

 自身の未来を憂い、人生を手放した彼女。


 ――侯爵令嬢、リリアナ・ウィンバート。


 目の前にいる男性、ノア・ゼノグレアの婚約者にして、未来の皇太子妃になる女性だ。

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