003話 その時ようやく思い出した
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自分の物だけど自分の物ではない携帯電話で地図アプリを開きながら、英労学園を目指して登校中。
いつもであれば、ロード画面すら挟むことなく到着しているというのに、苦労して歩かないと着かないとは。
普通の世界では当たり前だけど、ゲームの世界だと知っていると不思議にも面倒に感じる。
逆に言えば、今まで色々な場所へ移動させていた主人公に申し訳ない気持ちも湧いて来た。
「ここがあの英労学園…か」
地図が指し示す場所には、大きな赤いレンガの西洋風な建物が。
基本的にはゲームをやっていて、背景のグラフィックの1つである建物なんて目に入らないが、こうやって間近にしてみると端から端まで眺めたくなる。
それくらいの迫力と品格がそこにはあった。
そして何より重要な事は、この学校に永遠の推しである天峰ちゃんがいる事。
俺は高校3年生で彼女は2年生。
学生の1歳差というのは大きな壁があるけれど、一目見るくらいは叶うはずだ。
次々と校舎に入る学生達に紛れて、俺も足を踏み入れた。
母校でもない学校に入るのは、いけない事をしているみたいで少しやましい気持ちが芽生える。
でも、妹(多分)が言うには俺もこの学校の生徒らしい。
問題はないと信じて靴箱へと向かう。
「えぇーっと、俺の靴箱は………無いな」
3年生の靴箱は恐らくここで間違いないはずなのに、どのクラスを探しても俺の名前は無かった。
まさか五十音順ではないのかと思い、先頭から最後尾まで全クラス分確認することに。
最中、生徒達に怪しい者を見る目で見られていて羞恥心で逃げ出したくなる。
それでもここまで来て帰る訳にもいかず探し続けた。
「あ、あのぉー」
聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で、誰かが背後から話しかけて来る。
この声に聞き覚えがある。
後ろを振り返るとヒロイン候補の1人、黒鳥羽音が緊張で震えながらも立っていた。
整った容姿と枝毛の1つもない黒くて長い髪。
ここだけ聞くとただの美人だが、少し曲がった背中と顔全面に表れている不安な感情が残念さを演出しているヒロインだ。
今日は一段と窶れた顔と目の下のクマが目立つ。
優れた素材もこれでは勿体ないな。
彼女のネガティブな性格が合わず、攻略はしていないのでバックストーリーまでは知らないけど、確か完全攻略すれば泣ける物語となっていると聞いた事がある。
「ここ、3年生の靴箱ですよ」
「えっ?あぁ、まぁ、そうだね」
「……転校生さんですか?そ、そのネクタイの色、2年生の色ですよね?」
ネクタイの色……!?
完全に忘れていた。
そう言えばそんな設定もあったな。
何分、天峰ちゃんしか攻略していなかったので、ネクタイはこの色しかないと思っていた。
それに実年齢が18歳だからこの世界でも3年生だろうと勝手に考えていたが、まさか2年だったとは。
いくら3年生の靴箱を探しても自分の名前が無いはずだ。
年齢が違うのは不思議な感覚ではあるが、エロゲの世界にいる時点である程度の不合理には驚かなくなっている。
「あ、アハハー!そうでした!失礼します」
顔から火が出る程の恥ずかしさ。
更には声を掛けて来たのがヒロインの1人であるという事実が余計に心を取り乱す。
他の生徒が無視をする中で、わざわざ教えてくれたのだから感情の1つくらいするべきだったが、逃げ出したい気持ちが先行して思わずその場から走り去ってしまう。
2年生の靴箱へ向かうと、彼女の言う通り俺の名前が書かれていた。
名前があるということがこの世界の1人になっているという実感をまた1つ強くする。
元からいた何者かが俺として書き換えられたか、後天的に世界の一部として組み換えられたか。
どちらにしても説明の付かない異常な力が働いているのは間違いない。
教室を探すのにはそこまで苦労しなかった。
天峰ちゃんの為に通い続けた俺にとっては、2年生の教室がどこにあるかなんて目を瞑っていても分かる。
「さてと、お邪魔しまーす」
小さな声で恐る恐る中に入るとあの天峰ちゃんが……いない。
まぁ、自分のクラスを把握した時点で天峰ちゃんとは他クラスだと知っていたけど、何かの手違いで同じクラスになる可能性に掛けていた。
しかし、そこまで都合の良い話はないらしい。
そこからは特にイベントが発生するでもなく普通の教室で、普通に授業を受ける。
冴えない教師が淡々と黒板に文字を書き殴り、ひたすらにノートに写す機械的な日常。
エロゲの世界だからと言ってあんな事やこんな事も起きる気配はない。
授業風景だけを切り取ってみれば、元いた世界と同じだ。
転生・転移系の中でも無双出来るファンタジー系ではないけれど、少しくらい特異点として俺TUEEが出来る立場であって欲しかった。
他のモブと同じ扱いなのは応える物がある。
1時間目、2時間目と過ぎていく時間。
時計の針が動く音だけに意識が向く。
未来があるかも分からない俺にとっては授業なんて聞いていられないので、昼休みになってくれと願うばかりだ。
キーンコーンカーンコーン
4時間の終わりのチャイムが鳴った。
天峰ちゃんに会いたいという気持ちもあったが、気疲れしてしまったので1人になることを優先する。
人の多い教室から抜け出して、校舎の裏側に設置されている人気のないベンチへ移動した。
騒がしい入り乱れた生徒達の会話もなく、落ち着いて風を感じれる。
今はそれだけで心地が良い。
考え過ぎた脳を癒すようにただぼーっとしていた。
のどやかに動く雲も、風に揺られて踊る木々も。
全てが本物の生命を宿している。
肺に入る空気も、肌で感じるまだ肌寒い気温も。
全て、全て。
「どうすれば良いんだよ、俺は……」
この世界に来る前に見たあの画面を思い出しながら呟く。
恐怖で記憶が曖昧になっている部分もあるが、あのメッセージだけは覚えている。
誰が俺をここに連れて来たのかは知らないが目的は確実に"何か"を救い出す。
これで間違いはない。
ヒントが他に何かあれば今後の方針を決められるが、現状はモブの1人として今までと何も変わらない生活を受け入れるだけか。
「……頼むから何か起こってくれよ」
その時、暖かな日差しに雲が陰る。
辺りが影で覆われていく。
何か起こってくれと言った矢先の出来事だったので、ただの偶然には思えなかった。
不吉過ぎる空模様を確認しようと上を見上げると校舎の屋上が目に入る。
事故が起こらないように設置された柵を越え、1人静かに立っている少女。
強まる風に靡く黒髪と、消えて無くなりそうな白い肌。
特徴的な外見が3階建ての屋上でも、黒鳥羽音であると分からせた。
忘れていた。忘れていたかった記憶が蘇る。
この時ようやく思い出した、不幸な者の運命を。
『愛の性で私は』のヒロインに存在する"残酷なバッドエンド"の設定。
その答えが導く彼女の行動。
「やめろッ!」
人生で1度も出したことのない大声が思わず口から出た。
ただのゲームとは違う。
現実となったこの世界で死ぬことが何を意味しているのか。
考えなくとも理解出来る。
だけど、そんな叫びも届かない。
重い命だからこそ、迷い苦しみ決断したのだから。
翼を失った鳥が羽ばたいた。
真っ赤に染まった血を求めて、悲痛な叫びをあげながら。
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