010話 俺が俺として
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頬に伝う水滴が1つ、また1つと増えて行く。
2人の間にある隔たりは思っているよりも深く遠い。
手を伸ばせば掴める距離にいるはずなのに、彼女が心を閉ざしているから。
───本当にそうか?
彼女は完全に心を閉ざしているのか?
なら、何故黒鳥は俺を無視しなかった。
何故、声を荒げた。
分かってるだろ?
彼女は助けを求めている。
変わろうとしている。
だったら、気付かない振りなんかしていられるかよ。
その先に待っているのが地獄だったとしてもとことん付き合ってやるよ。
君が助けを求める限り。
「俺は誰かの代わりにはなれないです」
「そうですよね、……今のは忘れてください。私は大丈夫ですから」
「誰かの代わりにはなれないけど……、俺は"俺"として貴方を救い出す!これは絶対にです!」
傘を閉じて一緒に雨に打たれる。
そして、戸惑う彼女の手を取り、ベンチから立ち上がらせた。
華奢な身体は羽が生えたみたいに軽く、体重を全く感じさせない。
「行きましょう!」
「でも……。い、行くってどこへですか?」
「最高に楽しい時間へ!」
この世界を誰よりも知っている。
どこにどんなお店があるのかはヒロインを攻略する上で重要だから。
その武器を活かして、本来楽しむはずだった放課後を最高に彩ってみせる。
そこに色恋なんて存在しない。
2人でただただ楽しい時間を共有するだけ。
傘も差さずに、無邪気に走りながら目的地へ向かう姿を見て通りすがりの人はどう思っただろう。
普段であればその視線が気になって仕方がないが、今はどうでも良い。
彼女を楽しませることだけに集中していたから。
他人の視線をいちいち気にしていられる程の余裕はない。
「まずは濡れた服をどうにかしないと」
「だ、大丈夫ですか?濡れたままお店入るのはまずいですよ!」
「良いか悪いかで言えば悪いだろうけど、仕方ないですよ。このままだと風邪引いちゃいますし、それにほら……」
「ん?ほら?」
「大変、言いづらいですけど……ねっ?」
チラッと顔より下に視線を落とす。
俺の口から直接的な言葉を用いて指摘するのは、倫理的に躊躇われるので出来ればご自身で気付いていただきたい。
「あっ、えっと……ごめんなさい、お見苦しい物を見せてしまって」
「いやいや、そんなことありませんよ。何というか、その、ありがとうございます」
この世界で初のラッキースケベがまさか今起こるとは。
2人とも顔を真っ赤にして店内に入り、安いTシャツとズボンを1枚ずつ買う。
買う物は決まっていたし、店側にもなるべく迷惑を掛けない為にも5分と掛からずに店を出た。
若い女性の店員は俺達を見て、微笑ましそうにしていたが決してそんな関係ではない。
「じゃあ、お手洗いで着替えて来ますね」
「ストーップ!それだと服だけ乾いてて、髪とかは濡れたままですよね?」
「まぁ、そうですね。でも、この服を買ったのってこの為じゃないですか?」
「その答えは次の場所へ行けば分かりますよ」
きょとんとした顔の黒鳥先輩を連れて次の場所へ。
移動中、隣を歩く先輩の横顔を見るとあの瞬間の暗い表情が薄れていた。
今のこの瞬間だけは次に待ち構えていることに対して、ワクワクと期待に胸を膨らませてくれているのかもしれない。
本音は敢えて聞かないけど、そうだとすれば案内しているこちらも本望だ。
「ここって……」
「銭湯ですよ。濡れたままじゃ気持ち悪いし、せっかくならサッパリしてから着替えたいじゃないですか。ここならドライヤーとかも完備してあるし、タオルとかも借りれるのでピッタリだと思うんですよ!黒鳥先輩は銭湯とか来たことないですか?」
「小さい頃に……お母さんと来たことがあるくらいですね」
「なら、何となく利用方法も分かる感じですね。ほら、行きましょう」
昔ながらの銭湯。
ドアを開けると昭和のドラマに迷い込んだのかと錯覚する光景が広がっていた。
何でもかんでも新しければ良いってものじゃない。
この古めかしさが人に落ち着きをもたらすことだってある。
「はい、いらっしゃい」
「大人2人分で」
「大人2人分で1000円ね」
1枚のお札で済むのはありがたい。
財布から1枚取り出すだけで良いし、財布の中を圧迫する小銭も増えない。
それに特段安くなって訳で無くても、キリが良いとラッキーと思えてしまうから不思議だ。
ヨボヨボでも働いているお婆さんに敬意を表しながら、新札を手渡す。
「可愛い彼女さんだねー。初々しくて、あの頃を思い出すよ。あぁ、懐かしい懐かしい」
両手で丁寧に受け取ると同時にお婆さんは話し掛けて来た。
男女で銭湯へ来たらそういう親密な関係だと勘違いしてしまうのも頷ける。
ただお婆さんにとっては何気ない一言でも、今の俺達にとっては少し気まずい。
形容し難い、曖昧で不安定な関係。
それを再認識させられているようで胸が痛む。
横にいる黒鳥先輩の顔が見れなかった。
悲しむ顔でも、喜ぶ顔でも、どちらにせよ触れられない傷が見えてしまうから。
今の彼女を救うのは恋心ではない。
たった1つ自分を愛する勇気だ。
だから、この甘く弾ける空気は見えない方が都合が良い。
「あ、あの、私動きとか鈍いから、多分30分とか掛っちゃうかも知れないです。なので……、遅かったら全然先に帰ってもらっても大丈夫ですよ?」
「俺も長風呂派なので気にせず、ゆっくり湯船に浸かって来てください」
嘘だ。分かりやすい嘘。
黒鳥先輩も嘘だということに気付いたかも知れない。
それでも小さく頷くだけで追求して来なかったのは、気遣いを無碍に扱えなかったからだろう。
これもまた他人の気持ちを優先している。
彼女の良い所でもあり、悪い所である部分ではあるが、お言葉に甘えるという事が出来るようになっている時点で一歩前進と言えるだろう。
女性の方へ入ったのを確認して、俺も青い暖簾を潜った。
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