新たなる暗雲
第九話です。
いわゆる、会議会です。
動きがありません!
今週もよろしくお願いいたします!
1
ソウルの街中では保守派と革新派のデモ隊が小競り合いを続け、ソウル市警察がそれを止めようとしている。
羽川優実はその光景を見て、目の前にいる、ナム・ジョセムと笑い合っていた。
「バカみたい・・・・・・政治に熱を上げるなんて」
「それは優実が何も考えなくても、生きていける社会で生きて来たからだよ」
ナム・ジョセムはコーヒーに砂糖とミルクをこれでもかと入れて、そう言うが、顔は笑っていた。
「この後、映画に行くんでしょう?」
ジョセムと一緒に見る映画は、いわゆる韓国の現代史を扱った、映画で日本が悪者扱いされる、俗に言う、抗日映画とも言われる物だったが、優実はそのような物は気にしなかった。
そんな物を気にするのは見当違いの意識高い系の人たちだ。
愛国なんて、知らないし、私はそれよりも世界平和の実現で、世界全てが手を繋いで、平和になれば良いとも思っている。
今の日韓関係が極端に悪いならば、日本側が謝れば、済む問題なのだ。
それを父を始めとする、与党の議員たちはつまらない意地を張って、未だに世界平和の邪魔をする。
だから、今度の選挙で負けそうなんだよ・・・・・・・
「ジョセム、いつ行く?」
「あぁ、後でタクシーを用意しているから、それに乗ろう」
ジョセムは紳士的だ。
日本のひ弱で自分勝手な男たちとは格段に違う。
気が付けば、優実はジョセムの奢りで喫茶店を出て、タクシーに乗り込む。
「あっ、運転手さん、釜山港へ」
釜山港?
「ジョセム、映画に行くんじゃあ・・・・・・」
すると、ジョセムがタクシーを出て、二人の男が後部座席に入り込む。
「何なんですか! あなたたち!」
「このまま、出ろ」
そう言って、タクシーは発進する。
「ジョセム! 助けて!」
「静かにしろ!」
何なの、この人たち・・・・・・・
「羽川慶喜衆院議員の娘がまさか、韓国に留学中で現地の学生にご執心とはな?」
「あの先生は韓国とも独自のパイプを持っていることで有名だったからな。良いカモだったが、状況としてはウチも切れるカードは大量に持っていたい。だから、お前・・・・・・・対日交渉のための人質になれ」
何なの・・・・・・この人たち?
私を誘拐するつもり?
「ジョセム! ねぇ! 助けて!」
「あぁ、曹長、ご苦労だった。頭の悪いイルボンの相手をするのは骨が折れただろう。ゆっくり、休め」
「はい、ありがとうございます。中尉」
スマートフォンのスピーカーから聞こえる、ジョセムの声に優実は歓喜する。
「ジョセム! ねぇ! ジョセム!」
「その名で呼ぶな、あばずれ。モスクワでくたばりな」
そう言って、通話は切れた。
「えっ? どういうこと?」
「まぁ、あれだよ。ハニートラップって奴だよ」
「・・・・・・何です? それ?」
「最近の学生は何にも知らんから、話ししていて、イライラしてくるよ」
そう言って、ハンカチを口に覆われると、優実の意識は飛んでしまった。
タクシーはソウル郊外へと走って行った。
2
五十嵐徹警視は目の前で打撃痕と切り傷が目立ち、憔悴しきった男を自分でも分かる程の冷徹な目つきで見つめていた。
対象の名前は大野宗次。
公安総務課の警部で係長をしているが、五十嵐の所属する警察庁警備企画部の秘匿部隊である、ゼロはある人物に辿り着くために公安総務課の捜査員複数人を拉致監禁して、拷問をしている次第だ。
しかし、さすがは精鋭揃いのハムだ。
国家への忠誠、いや、警察組織への忠誠と言ったところか?
相手が腐った上官であっても、ただ、命令に従い、裏切ることをしない、その精神は役人としては尊敬に値する。
だが、それも今日で終わりだ。
俺は目的の為ならば、悪魔にでも鬼にでもなる。
故に今回は特に非道な真似をした。
それで、この大野が落ちてくれなければ、俺たちがただの鬼畜でおわってしまうほどの所業を今回は行った。
頼むから、今回こそ、落ちてくれ。
「よう、後輩。大したもんだな? あれだけの拷問をされて、口を割らないっていうのは? 自衛隊の連中と違って、薬物耐性の強化はされていないんだろう? 俺は使おうかと迷ったが、同じハム相手に使うのは忍びなくてね? そろそろ、落ちてくれないか?」
しかし、大野はこちらを睨み据えるだけだった。
「まだ、そんな体力と精神が残っているか?」
「あなたたちはサッカンとしては三流だ。こんな、暴力に任せた調べが許されると思っているのか?」
「それはなぁ、日本では確かにそうだよ。ハムの中にもジ(刑事部の通称)上がりの叩き上げがいるけど、そういう奴に限って、変な正義感を持つ場合がある。俺はね、組織に従順なんだよ。それは君らも同じ役人だから、分かるだろうが、たまたま、仕えていた上司が違うから、同じサッカン同士で殺し合いをしている現状がある。俺もこんなゲスな真似はしたくない。だから、答えてくれないか? ピョンヤン・イェオンダエに資金提供をしていた、国会議員のリストが欲しいんだが、警視庁の中瀬公安部長がもみ消す様に指示したんだろう?」
大野が黙り始める。
ハムまで使って、警視庁ISATを解散に追い込もうとまでしたんだ。
因縁深い部隊で、それ以上の感覚は無いが、議員先生たちはことごとく、金と自己満足な夢の為ならば、祖国の弱体化も厭わないことの象徴的な出来事だった。
嫌いではあるが、そのぐらいにISATは日本警察史上、最強の特殊部隊だった。
その最強の部隊を解体に追い込もうとしたならば、こいつらにはお仕置きが必要だな?
「瀬戸警視総監はカンカンだよ。在任中に自分の頭越しに議員が公安部長を買収したんだからな? しかも、サッカンが一番、蔑視する、国会議員への栄転という甘い蜜を吸うために中瀬は君らの尊厳を殺した。そして、君らが会社への忠誠を中瀬のような腐った、輩のために消耗するかのように使い果たしてしまうのが、俺には耐えられん・・・・・・どうだ? 言わないか?
大野は唾を吐いた。
それが五十嵐の顔面に付く。
「仮にそうだとしても、俺たちはハムだ。上の命令には絶対だろう?」
五十嵐は「仕方ない・・・・・・」と言って、席を立つ。
「公安総務課の藤田すみれ警部補は美人だったなぁ?」
五十嵐が「なぁ?」とマジックミラー越しに他の捜査官にそう言うと、大野が「彼女に何をしたぁ!」と怒鳴り始める。
「そう言えば、君の婚約者だったなぁ? 大丈夫だ、我々で美味しく頂いたんだから。まぁ、妊娠したら、目も当てられんがね?」
五十嵐がそう言うと、大野は「うぅぅぅぅ・・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と言って、頭を机に叩き始めた。
「そりゃあ、婚約者が犯されて、レイプ魔の子どもを妊娠する確率が高ければ、君のような選ばれた、サッカンでもそうなる」
「お前ら・・・・・・殺してやる!」
「交換条件だ。君が我々の欲する情報を与えれば、彼女にピルを与えよう。気休めかもしれんが、中絶薬も与える。だが、君が情報を渡さなければ、彼女は鬼畜どもの子を身ごもる。どうだ? 我々に協力しないか?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! お前らぁぁぁぁぁぁ! それでも、サッカンなのかぁ! こんなことをして! こんなことをして、恥ずかしいと思わないのかぁぁぁぁぁ!」
「俺たちはなぁ、手段を選ばないんだよ? そして、俺がノンキャリアで、今の警視の職にいて、秘匿部隊での工作員なんてやっているのは、俺が目的の為であれば、鬼にでも悪魔にでもなれる、組織に従順な一兵卒の出世亡者の成れの果てさ? さぁ、答えろ。彼女を救うか? それとも、組織への忠誠を取るか? どっちだ・・・・・・どっちだ!」
大野は泣き始めた。
「・・・・・・・教えます」
「あぁ、そうかぁ。俺たちも鬼畜になった価値があるよ。でっ、何処にある?」
「ウチの課長の・・・・・・渡利警視の自宅に隠匿されています」
「そうかぁ・・・・・・よし、SATを使って、強襲しよう」
「一サッカンの私邸に特殊部隊を強襲させるのか・・・・・・・」
「言ったろう? 俺は目的の為ならば、鬼にでも悪魔にでもなるって?」
そう言って、五十嵐は取調室を出た。
池袋のゼロの分室は静かなものだったが、そこにデスクの仕事をしていた、菅原警部補と中谷飛鳥巡査部長がいた。
「管理官は役者にでもなれるんじゃないですか?」
「人間、切羽詰まると、判断力を失うものだなぁ? ハムの要員は婚約者がレイプされたと言われても、動じないものなのに? 分かりやすい奴だ。事実も確認せずに狼狽しやがって」
中谷は「管理官はそんなことをしない人というのは近い人間は知っていますよ。女の子には徹底して、紳士的なのを病的に貫いていますからね?」と意地の悪い笑みを浮かべながら、そう言う。
「フェミニストと言って欲しいな?」
「そういうのを五十を過ぎた、オジサンが言うのは凄いキモいです」
本当のところは藤田すみれ警部補は監禁はされているが、一切の性的暴行はされていなかった。
むしろ、彼女はしたたかなもので、身の安全とハムに留まれる措置を講ずると言った段階で、彼女は供述を始めたのだ。
大野が一番、可哀そうで他の男の捜査員は全員、殴られ損だな?
女って、怖いなぁ・・・・・・
五十嵐はタバコを吸い始めた。
「またですか?」
「タバコぐらいは良いだろう? 嫌な役回りだからな? 俺たち?」
「初めて、会った時よりはだいぶ、楽しそうですけど?」
菅原がそう言いながら、笑う。
「お前とは長いからなぁ。ゼロへの異動の時もお前が警部補に昇進したタイミングで引っ張ったからな? そっちの嬢ちゃんもだ」
「私は嬢ちゃんですか?」
「まだね? だが、そのうちにそう呼ばれなくなる」
そう言って、五十嵐はタバコを吹かしていた。
時刻は午前二時四七分。
他の取調室では打撃音が聞こえていた。
3
ひゅうが級護衛艦の医務室で日下部桜三曹は目を覚ました。
「身体が痛い・・・・・・」
「気が付いたか?」
そこには手塚が椅子に座っていた。
「手塚かよ・・・・・・私、何があったの?」
「看病しといて、そりゃあねぇだろう。ていうか、覚えていないの?」
「全くと言って」
戦闘であのエビのソルブスの爪に圧死させられそうになったのは覚えていたが、ライジングが何か、変なシステムを起動して以降、意識が無いのだ。
確か、あれは・・・・・・
「ライジングは今、何処に?」
そう言って、起き上がるが、身体に激痛が走る。
「おい、無理すんな。かなり、身体に負荷が掛かっているんだから」
「ライジングの確か、ソニックシステムとかいう奴を使ったら、奴を倒せたけど、何で、こんな目に・・・・・・・」
「何だよ? それ?」
「脳機能とソルブスの駆動系を繋げる、禁断のパワーアップ術さ。ソニックシステム、正式名称スペシャル・オフェンス・ニュー・インベーション・クラッシュシステム(Special Offense New Invention Crush System SONIC SYSTEM ソニックシステム)の副作用で倒れたんだろう? 脳でソルブスを動かせるなんて、ガンダムUCじゃないか?」
英語?
その声の主は病室の向こうで、腕を組んで、ドアに背を傾けていた。
キザな奴。
「大尉、ブリーフィングに出なくて良いんですか?」
手塚が見事な英語で大尉と呼ばれた男と会話する。
手塚の知られざる才能だ。
「おっ、姫がお目覚めだ?」
姫・・・・・・私は生まれてこの方、そういう呼ばれ方はしたことがないのだが?
呼ばれても、壁女か?
巨神兵とかとも呼ばれたな?
「マディソン・ターナー大尉。君の命の恩人だよ」
「はぁ・・・・・・本当に私を助けたんですか?」
「まぁ、可愛いなぁ、君は?」
こいつ・・・・・・私をそういう目で見ているのか?
悪寒が背中に走るのを感じた。
すると、そこに黒人の女の軍人が現れた。
「大尉、時間だ、女の子と遊ぶ時間は後だ」
「隊長・・・・・・俺は彼女の命の恩人ですよ?」
「カぺべトカに対する、調査結果が出た。韓国でもあれが暴れたらしい」
すると、大尉のおチャラた態度が急に変わり、シリアスな物になった。
今まで、気が付かなかったが、真面目な顔をしていると端正な顔付きが目立つのが癪に障った。
「それは・・・・・・ご苦労なことですね」
「とにかく、ブリーフィングだ。事は第三次世界大戦に繋がるかもしれない。行くぞ」
「じゃあ、デートは日本に戻ってからだよ? 桜?」
やっぱり、こいつはダメだ・・・・・・
何か、キモイ。
ターナーが去った後で、手塚が「あの人、ジェネシスフォースのエースだって。良いじゃん、アメリカ海兵隊のエースとデートできるならば?」と無神経な一言を言う。
「冗談じゃないよ・・・・・・私はあぁいう、軟派な男は嫌い」
「そうかい・・・・・・まぁ、ご自由にと言ったところかな?」
手塚がそう言って、椅子に座る。
「手塚、あんた、仕事しなくて良いの?」
「大尉がお前に対して、何かをしないために古谷中隊長が俺に寝ずの番を任せたんだよ。死守しなければ、古谷中隊長は俺を海に捨てると言い切ったよ」
古谷隊長!
やっぱり、あの人は女神だ!
日本に帰国したら、また、サシで飲もう!
そう思った時にふと、思った。
「手塚ぁ」
「何だよ、病人」
「私の部屋から、本持ってきてくれないかな? 孫氏の本なんだけど?」
「俺を使いパシリにするなよ・・・・・・」
「ダメ?」
手塚にそう自分でも分かる意地の悪い笑みを浮かべて言うと、手塚は「まぁ、古谷中隊長が怖いからなぁ。行って来るけど、大尉が来たら、全力で逃げろよ」とだけ言った。
しかし、そんな大層で非人道的な兵器がライジングに搭載されているとは?
ただ、あの黒人の隊長が言っていたけど、第三次世界大戦?
寝ている間にそんなにマズいことが進行していたのか?
桜はとりあえずは寝ることにしたが、ずっとそれが頭の中から離れなかった。
戦闘機とヘリコプターの発着音が医務室にまで、響いていた。
4
「ロシア製の動物型ソルブス、カぺべトカ。その名の通り、ロシア語でエビの意味、というよりはそのままの名前のソルブスというよりは非人道的な巨大ロボと言った方がいいですね」
ひゅうが級護衛艦の会議室ではアメリカ海軍所属のメカニックの大尉がそう神経質そうな顔付きを強張らせながら、ホログラムの画面を背に話し続ける。
「三人の装着者の脳神経と駆動系を人為的に同化させていますが、ロシアがこのような非人道的な兵器の研究を進めていたというのはCIAの報告書では上っていました。実践投入は我々が遭遇したケースと韓国での一件が初めてだと思われます」
古谷水姫一尉はタブレットで資料を眺めていたが、気になる事があった。
ロシアが何故、太平洋の演習を狙ったんだ?
そして、何よりも韓国での一件では明らかに同国がピョンヤン・イェオンダエに肩入れしていることが伺える。
だが、それよりも気になることがある。
ライジングに搭載された、あの機能。
怪しく光った後にパワーで勝る、カぺべトカの爪に対して、重力の原理を無視して、その後に驚異的な動きで、撃破。
あれが正常なワケがない。
「でっ・・・・・・皆さんが気になるのは、そのあれですよね?」
メカニックがそう言うと、アメリカ海軍のデニーズ大将が「ライジングに搭載された、あの機能は何だ? と言ったところだな? ソニックシステムと言ったか?」と何かを楽しみながら、質問をしていた。
「ソニックシステムはソルブスの駆動系を脳機能と繋げて、通常のソルブスや自立志向型AI搭載型ソルブスよりも更にパワーとスピードで勝る事の出来る、画期的なシステムですが・・・・・・・」
「やっていることはロシアと変わらんということか?」
海軍のメカニックは苦虫を潰した表情で「私見ですが、レインズ社が恐らく、何処かでロシア側のそのような情報を得て、独自解釈で作り上げたのが、ソニックシステム搭載型の第五世代機シリーズなのでしょう・・・・・・アメリカ軍に配備するにしても、兵士の健康状態は度外視にしてますから」と言った。
「故にアメリカ正規軍でなく、東洋の島国の自衛隊に配備したと?」
谷川連隊長がそう言うとメカニックは「元々はそちらの警視庁に配備する予定の物を日本政府の高官が差配して、陸自配備に急遽、変えたとは聞いていますが・・・・・・」と疑念を口にする。
「まぁ、警察には扱えんだろう?」
鶴岡統合幕僚長は市ヶ谷からオンラインで参加しながら、そう言う。
「いえ・・・・・・それが、第五世代機にはソニックシステムが標準装備されているんです」
メカニックがそう言うと、蓮杖が「それは第五世代機を受領される、装着者に死ねと言っているのか?」と同人を睨み据える。
「・・・・・・一つだけ、生き延びられるとすれば、装着者がアムシュであるという前提であることでしょうね」
アムシュ。
正式名称はアラウンド・ムーブメント・スペース・ホルダー(Around Movement Space Holder AMSH)と呼ばれる、空間認識能力と自己再生能力が調人並みに優れた超能力者の集団と聞いていたが、その実態は今のところは不明。
三十年以上前に日米欧が共同でその超能力者の集団の軍事転用を進める計画を進めていたが、運動神経や頭脳などは訓練をしなければ、普通の人間と大差が無いことが露呈したのと、彼ら、彼女らはその常人離れした感覚から、精神が不安定になることが多く、軍の指定した訓練からの脱走及び、自害も多く見られたことから、兵士としては信頼に足るとのことで、計画は破棄された。
しかし、現在は警視庁独立機甲特殊部隊、通称ISAT所属の一場亜門巡査部長が学生時代の警視庁特務巡査時代に同部隊の前身である、警視庁ソルブスユニット時代に多大な戦火を上げたことなどと米軍と自衛隊の調査の結果、一場亜門が三十数年ぶりにこの地球上に現れた、アムシュであるとは聞いていた。
そして、恵比寿にある防衛省技術研究所の見解によると、日下部桜も検査の結果、アムシュである可能性が高いと見込まれている。
その為に福島の田舎でくすぶっていた彼女を東京の部隊にまで、引き上げた経緯があったが、ソニックシステムはアムシュが使うことを想定した兵器なのか?
「ということはソニックシステムにしても、ロシアのカぺべトカにしても、アムシュが使うことを前提で作られたということだな?」
鶴岡は面白くないと言わんばかりの表情でそう言う。
「その前提でよろしいかと。ただ、問題点としては、アムシュの人員がいないんです」
「それは問題だな・・・・・・」
「ロシアや中国は国中から、素養のある子どもや若者を軍の機関に無理やりに接収して、兵器化を計っていますが、それこそ、欧米や日本が踏んだ同じ轍を今、踏んでいて、実戦配備には中々、至らないというのが現状だとCIAはーー」
「そして、我が国や日本に欧州は一度の失敗で、尻込みして、宝の山を発掘できないでいるんだろう?」
デニーズが笑みを浮かべながら、そういう。
「私が号令をかけて、米軍での実戦配備を進めようか?」
こいつ・・・・・・正気か?
人間を素質があるからと言って、兵器に転用することを容認しているかのような発言だ。
「デニーズ大将、それは合衆国の大統領が許さないのでは?」
「いえ、今はリベラル政権ですから、容認されませんが、政権が保守政党になれば、たちまち、アムシュの軍事転用は承認されるでしょう。どうです? 日本も研究を始めませんか?」
さすがにそれは下衆のやることだぞ・・・・・・
鶴岡はあまり、好きな上官ではないが、この時ばかりはその非人道的な兵器と新装備に憎悪を向けて、それを容認するどころか、新しい玩具が手に入ったかのように興奮した様子で語る、デニーズにも怒りを抱いているのは確かだった。
「まぁ、私が海軍作戦部長(アメリカ海軍の制服組トップの役職)に付いたら、早急に海軍の方で研究と兵器転用を進めるつもりです」
「ソルブスシステムは元々、我々の陸軍が作り上げたものだ。海軍の玩具ではない」
陸軍のエミューズ大将がそう静かに怒りをぶつける。
「確かにそうだが、元々、ソルブスシステムの起源はアメリカ陸軍が日本の大手住宅メーカーが作った、災害救助用のパワードスーツとイギリス海軍の飛行機能を持ったジェットスーツの技術を転用して、開発を進めた経緯は私も知っている。しかし、起源としては他国とは言え、海軍も絡んでいる。そして、時代はマルチドメイン、陸海空三元一体の時代だ。海軍にも恩恵があって、しかるべきでは?」
それを聞いた、エミューズは机を叩く。
「何を組織論で片付けているんだ! アムシュだとか、ソニックだとかはなぁ! 非人道的なんだよ! それを面白がっているあんたは軍人の風上にもおけん!」
「驚いたな? 軍人のくせに戦争が嫌いとは?」
その発言には会議をしているブリーフィングルームが凍り付いた。
「貴様ぁ!」
「落ち着いてください!」
谷川がエミューズを必死に止めて、席に付かせる。
海上、航空自衛隊の幹部連中は呆気に取られて、向こうの海軍関係者は茶番には付き合いきれないという表情だった。
で、問題としては蓮杖は第五世代機にソニックが標準装備されていると聞いて、深刻に考え事をしているのが、表情から分かるが、アメリカ海兵隊側のターナー大尉は終始、つまらなそうにしているのが鼻に付いた。
こいつは・・・・・・やる気あるのか?
アメリカ軍の幹部連中の小競り合いを自衛隊側が必死で止めている様子を古谷は何も言わずに見ていたが、バカらしくなってきた。
早く、日本に帰りたい・・・・・・
そして、和食が食べたい。
そんな心境になっていた、古谷は自分もターナーを指摘できる程のモチベーションを持ち合わせていないことを知覚していた。
5
世田谷のとある、豪邸では業者のふりをしたSATが警視庁公安部長の中瀬の家を強襲し、制圧した後にゼロの面々が強制的な家宅捜査、というよりも事実上の漁りを始めていた。
「令状はあるんだろうな?」
「いや? お前はこの後にどうなるかは分からんから、取っていない」
五十嵐がそう言うと、公安総務課長の渡利は「デュ―プロセス(法的手続き)を踏まないのは法的機関として、致命的だと、教わらなかったのか?」と言い出す。
「お前とは話すつもりはない」
五十嵐がそう言った後に部下たち「あったか?」と聞いた。
「今、データベースにアクセスしています」
五十嵐はタバコを吸う。
「ひとつ、聞いていいか?」
「階級が同じだと横柄だな? 五十嵐、私は地方(ノンキャリアの通称)のお前と違って、国家(キャリアの通称)だぞ」
五十嵐は渡利に睨まれるが、それは無視した。
「何故、日本の政府関係者がピョンヤン・イェオンダエを匿う?」
「お前は頭が悪いな?」
渡利がそう言った後に五十嵐はグーで中瀬を殴るが当人は「良いのか? 殺せば、真相には辿り着けなくなるぞ?」と嘲笑う。
「全て、分室に持ち帰るぞ! 早急に準備しろ! 清掃班はまだか?」
渡利はニヤニヤと笑うが、その首元に手刀を放つと、すぐに意識を失った。
「面倒臭せぇ・・・・・・」
五十嵐がそう言うと、菅原が「部長も同様に襲撃ですか?」とだけ言う。
「その通りだ。だが、こいつにしても、証拠は残すなは徹底されているな?」
五十嵐はタバコを床に捨てた。
「火事になりますよ」
「なった方が都合が良いんだよ」
五十嵐は渡利の書斎へと向かって行った。
近くではトラックが数台入るが、住宅街では目立つだろうなと思えて、しょうがなかった。
6
ソウルの日本大使館では桜井が小野に相対していた。
「派手にやってくれましたね?」
桜井は眼鏡を直すが、小野は「大統領が自殺したそうね?」とだけ言った。
「政権交代もあり得るかもしれませんが、あなたたちが派手に暴れたせいで、反日デモは治まりませんよ」
そう言う、桜井だが「だが、ウチの部下たちは助かった。それは感謝します」とだけ言った。
「あら、そう」
「戦地に赴くことは外交官としてはあり得る事ではあるのに・・・・・・彼らには教育が必要ですよ」
そう言って、桜井は「一場分隊長はどうしています?」とだけ言った。
「アンチーム長とサシで飲んでいるわよ。後で、奥さんに土産を買うとも言っていたわね」
「あの小僧が立派な警察官になって、結婚して、父親か・・・・・・時の流れと、もう、一場が学生ではということを痛感しますよ」
小野は桜井に「前からおかしいと思っていたけど、一場君を知っているの?」とだけ言った。
「神格教動乱の際に彼が横田の空軍病院に移送された際に彼の病室にいました。彼は寝ていたので、覚えていませんんが、私はガキだと奴に言いましたよ。それが今では父親ですからね・・・・・・」
桜井が感慨深げに外を見る。
外では反日デモは鳴りやまない。
「小野隊長、私は次の人事で東京に戻ることが確定しています。異動先は分かりませんが、何か、協力を出来ることがあれば、是非」
「頼むことは無いわよ・・・・・・」
桜井は笑い出す。
「どうかな? また、会えると思いますよ」
そう言った後に桜井が「それはそうと、羽川防衛大臣の娘が行方不明になったので、JCIAの進藤係長のチームが調査に乗り出すそうです」とだけ言った。
「韓国とねんごろの羽川の娘はソウルの大学に留学して、反日デモにも出入りしているとは聞いていたけど、助ける気にはならないわね? 進藤係長が可哀そうよ」
「まぁ、我々の仕事は邦人の保護ですから、しかも、議員先生の娘となれば、一大事です。それも含めて、また、協力願う次第ですよ」
桜井は内線に電話をかけると「隊長はホテルに向かうそうだ。お見送りしろ」と言い出した。
そう言って、小野は桜井に背を向ける。
小野はようやく、日本に帰られるのかと思うと、気持ちが和んでいた。
外では反日デモが治まらない。
7
モスクワのマンションに入ると、李治道とレイチェル・バーンズは変装を解いた。
太平洋での陽動は無事に行われたようだ。
おかげで世界中のニュースが日米の演習中での騒ぎ一色になっている。
そんな中で、モスクワに着いて、数日。
寒さが日本の比ではないなと思えた。
「寒いか?」
「・・・・・・ロシアは初めてだから」
そう言って、レイチェルに上着を着せる。
そして、入り込んだセーフハウスとして、ロシア政府に用意された、古びたマンションにはロシア軍のミカエル・ヤニ―コフ大佐が足を組んで、椅子に座っていた。
「どうだね? モスクワの様子は?」
「辺りにドブがあって、汚い街だ。日本とは大違い」
ヤニ―コフは大声で笑い出す。
「日本は良い国だった。ウクライナとアメリカに肩入れしなければ。ロシアは親日国だからね・・・・・・・時の大統領の娘は親日家だということを知っているかな?」
「あぁ、奴は柔道の愛好家だからな? 俺も柔道をやっていたから、ロシアの日本に対する、リスペクトは知っている」
「皮肉なものだ・・・・・・アメリカに追従しなければ、我々はいくらでも、日本を愛しているのに?」
そして、侵略をするか?
まぁ、今回はそれに俺たちも加担するんだがな?
「さぁ、作戦会議と行こうか? 君らとの取引の果実を取りたい」
そうだ、これは序章だ。
目的を破壊して、本丸のアメリカの裏にいる、ピースメーカーの存在を世界に暴き、全人類の審判を下すのさ?
その為に日本には捨て石になってもらう。
「目標は日本だ。俺たちはロシア軍の侵攻作戦に手を貸す」
ヤニ―コフは高笑いを始める。
全てはより良い、人類の為にと今は思える。
治道はレイチェルの手を握る。
レイチェルは無言で、その手を強く、握り返した。
続く。
次回、機動特殊部隊ソルブスアサルト 第十話 越年
戦士たちの休息・・・・・・そして。
乞うご期待!




