ISAT訪韓前編
第六話です。
韓国に行ったこと無いのに、近未来の韓国を書くという。
凶と出るか、吉と出るか?
今週もよろしくお願いいたします。
1
韓国、金浦国際空港に降り立った、亜門たち、警視庁ISAT第一小隊の面々は誰も出迎えがいないことに驚愕した。
「誰も・・・・・・出迎えがいない」
小野は今にもヒステリーを起こしかねない程の怒りを堪え、出口を始めとする、他の隊員たちは天を仰ぐ。
「何で、出迎えがいないの!」
「そりゃあ、日韓関係が今、現在、最悪の状態だからなんじゃないですか?」
岩月がそう言うと、亜門が「これがアウェーか・・・・・・」と言い出す。
しかし、海原は目をキラキラさせて、周りを見渡す。
「海原、韓流スターはいないから」
「気分が大事なんだよ・・・・・・あの人たちと同じ空気を吸うというこの感覚が・・・・・・」
会社の偉い人が聞いたら、憤慨するだろうなぁ、海原の韓流オタクぶりは?
そう思っていた時だった。
「あぁ、やっぱり、出迎えは来ないか・・・・・・怠慢だな?」
日本語・・・・・・?
「出迎えが出来ずに申し訳ありません、国情院のアン・セイエン情報事務官です」
その国情院の男はまるで、韓流スターの如く、長身で色白の優男の風貌で、控えめに言っても、美男子だった。
「あぁ、あなたが・・・・・・警視庁警備部独立特殊機甲部隊の小野澄子特務警視長です・・・・・・本物よね?」
「まぁ、疑うのが常道でしょう。韓国の空港では金を持っていると踏んで、リムジンタクシーを装って、金を獲る輩もいますがね? ソウル警察がここまで、嫌がらせをするとは、韓国人としてお恥ずかしい限りです」
まぁ、どこの警察でも管轄に土足で入られるのは嫌がるからなぁ・・・・・・
すると、アンが部下の男たちと韓国語で何かを話し出す。
「今、ソウル警察を呼ぶそうですね。使えない連中だ」
暗いなぁ・・・・・・こいつ。
イケメンなのに、すんごい、根暗じゃん。
「警察がよそ者を嫌うのは健全な証拠よ」
「そう言ってくれるとありがたいですがね? 遅いなぁ・・・・・・何をやっているんだ、あいつらは?」
そう言って、アンは韓国語で指示を飛ばすが、部下たちの顔は不満を表していた。
こいつ、人望無いのか?
何だろう・・・・・・無事に日本帰れるだろうか?
「とりあえず、宿舎に行きますか? 隊長?」
「いいけど、海原巡査が上せているんだけど?」
海原がアンのスタイルの良い、長身のスーツ姿で部下に指示を飛ばす姿を見つめている。
「海原、職場に色恋沙汰を持ってくるなよ?」
「分かっているよ・・・・・・でも・・・・・・」
まぁ、男の僕が見ても、格好良いからなぁ?
残念なのは性格が根暗なことだけど。
「アンさん、飯屋とか分かります?」
岩月がそう言うが「ご飯ですか・・・・・・大衆的な食堂であれば、案内出来ますが、ソウル市街地に着いたら、食べますか?」と言った。
食べ物の好みが庶民的なんだ?
「アン・セイエン・・・・・・」
海原がそう言いだす。
何をフルネームで言っているんだ?
「海原巡査長は韓国の文化をご理解の様だ? 韓国人はフルネームで呼ばれると、親しみを込められていると感じるんですよ」
アンが微笑を浮かべる。
「いえ・・・・・・」
海原が顔を赤らめる。
「中々に良い」
「えっ・・・・・・・」
こいつ・・・・・・根暗のくせにタラシかよ!
質が悪りぃ!
亜門は早くも今回の韓国でのミッションが波乱に満ちた物であるとの予感を抱いていた。
奥からソウル警察がやって来たが、敵意に満ちた、目線が痛かった。
2
ソウル警察先導の下で宿舎へと着くと、アンのガイドで現地の大衆食堂に行くことになった。
しかし、小野のイライラは止まらない。
「悠長に食事している場合ではないと思うわよ」
「韓国の情景というのを見れば、これから、あなたたちが向かう死地にも想像が向くかと? 不謹慎なことを言えば、これが最後の晩餐になるかもしれませんがね?」
嫌な奴だなぁ・・・・・・
亜門がそう思うと、目の前に注文したサムゲタンがやって来た。
「一場分隊長はサムゲタンですか?」
「妻が韓国料理で一番好きな料理なので」
「滋養強壮には良いですよ。韓国の今の法律では犬食が禁止になったので、私も重宝しています」
犬食ねぇ・・・・・・
「確か、まだ、一部では脱法的に提供している店があるんですよね?」
「まぁ、韓国の伝統食ですから。日本で言う、ウナギの様な存在です」
「えっ・・・・・・犬が?」
すると、アンが「ウナギも絶滅危惧種でしょう? そのうち、国際的に禁止になる可能性がある。その時、日本人の大半が大豆で作られた、ウナギもどきを食べることになったら、あなたたちは伝統食を食べられなくなった、我々を笑えますか?」と問いかける。
アンが真顔でそう言うが、亜門は「いや、だって、犬ですよ?」と返す。
「まぁ、確かにペットの印象は強いですが、韓国では食用の犬がいてーー」
「えっ、でも、犬じゃないですか?」
「ですからーー」
「お前ら、止めろ! 韓国まで来て、食い物で喧嘩すんの!」
出口がそう言うと、亜門はサムゲタンを口に運ぶ。
美味かった。
すると、アンもサムゲタンを注文していた。
「えっ? アン・セイエン、あなたもサムゲタン?」
海原、そのフルネーム呼びは止めろ。
段々と何故だかは知らないが、腹が立ってくる。
「言ったでしょう? 私は滋養に良い物が好きなんです」
それを見ていた、小野が「一場分隊長とアンさんは良いコンビになるかもね?」とだけ言った。
何で・・・・・・こんな奴と・・・・・・
「そう言えば、進藤課長は?」
「あぁ、先に現地入りして、警備の財閥部隊を引き連れて来るって言っていたけど?」
「財閥? P&Kグループですか?」
「確か、韓国の一流財閥の内の一つで、電機メーカーや車会社のイメージが日本では強い中で、傭兵産業から兵器開発まで行っている、軍需産業会社の面もある、会社ですよね」
「えぇ、ハッキリ言えば、韓国の警察も動かせる、大きな力を持った会社です。だから、質が悪い」
それを聞いた、小野はピョンヤン冷麺をすすりながら「良いの? そういう発言?」とだけ聞いた。
「日本語で話していますから、部下たちは車でドラマを観ていますよ」
「財閥が嫌いなのね?」
「私の母国発展の要因ですが、格差社会の象徴です。私は自慢じゃないけど、苦学生でしたからね。あぁいう、金で命すらも買えると思う、拝金主義者が虫唾が走る程に嫌いでね?」
アンはそう自嘲気味に笑う。
「自分の国が嫌いですか? アンさんは?」
「一場分隊長はヘル朝鮮って言葉を知っています?」
ヘル朝鮮というのは、確か、かじった話で聞いたが、財閥と有名大学卒の人間しか認められない韓国社会での熾烈な競争社会と日本を凌ぐ、少子高齢化問題で、明日に希望を無くした、同国の若者たちが一時期、自分たちの祖国を希望の無い、地獄だと、自嘲する意味で、広めたネットスラングだと聞いたが・・・・・・
「何となくは・・・・・・」
「財閥はこの国の病理だ。富める者だけが永遠に優遇をされて、弱者が永遠に割を食う、拝金主義の社会はいずれ、滅びますよ。誰も国や社会の為に働かず、自分のことしか、考えないんです。そんな社会に未来があると思いますか?」
アンが根暗の印象を払拭するように熱っぽく語る。
「まぁ、日本も似たようなもんですけどね? ウチを始めとする地方公務員や官僚みたいな国家公務員も志願者数が減る一方で、民間に人材を取られる時代ですから。若い子が自分のことしか考えないのは、どこの国も一緒ですよ」
「・・・・・・そうですかね?」
アンが悲しそうな顔を見せる。
すると、そこに茶髪の男が大軍を引き連れて、やって来る。
「・・・・・・イルボン・・・・・・」
イルボンとは韓国語での日本の蔑称だ。
この単語が出る時点で、自分たちに敵対的な勢力であることは確かだ。
アンは拳を握りしめる。
すると、そこに進藤がやって来て、韓国語で反論するが、小柄な進藤を男は頭ポンポンして、下品な笑いで整った顔付きを歪める。
周りの取り巻きどももくすくすと笑い出す。
この感覚はあの時を思い出す。
僕の嫌いな大学時代だ。
亜門は陰湿な敵意をむき出しにする、財閥部隊の面々を殴りだしたい気分に襲われるが、小野がそいつらに対して、シグザウエルP228を向ける。
茶髪の男は呆気にとられるが、すぐににやけだす。
「隊長・・・・・・それは止めた方が」
「小野隊長、外交問題になります。止めてください」
亜門とアンが冷静に小野に問いかけるが、進藤は「隊長! すぐに銃をしまってください! こいつらの思うつぼです!」と声を荒げる。
「こいつらも銃を撃つとまでは思っていないわよ?」
そう言って、小野が銃を構える。
店内は凍り付く。
茶髪の男はヒューと口笛を吹いて、中指を突き出した。
すると、小野は間髪入れずに茶髪の男のこめかみすれすれで弾丸を放った。
茶髪の男は呆気にとられるが、すぐに取り巻きどもが小野を取り押さえにかかるために、小野は向かって来る、屈強な男どもを殴り倒し、投げ飛ばし、もうやりたい放題だった。
「隊長! 止めてください!」
アンも韓国語で財閥部隊に自制を促すが、一発殴られるとすぐにキレ始めて、すぐに乱闘に加わった。
そこにアンの部下たちが様子見に来たが、すぐに財閥の連中に殴られて、何がなんなのか分からないまま、乱闘に加わる。
「止めろ! みんな! 店にも迷惑だぞ!」
亜門と岩月に出口や広重、海原は比較的、冷静な平和主義者ではあったが、亜門に拳が飛び交うと、亜門は「この野郎!」と軽く、ドロップキックを財閥部隊の隊員の内の一人に仕掛けて、すぐに主戦論者に転じた。
「おい! 一場! 止めろ!」
結局、最後の最後まで、常識人だったのは出口、広重、岩月、海原だけですぐに在韓日本大使館と韓国外務省の職員が来て、無理やり、乱闘を治まらせたが、あの茶髪の男は最後まで、こちらを指差し、何かを怒鳴りつけていた。
こんな時にメシアがいれば、言葉で心を抉り取ることも出来るのに?
文明の利器とも言える、相棒不在がこの事態を招いたのかは知らないが、とにかく、今は殴られた、左頬が痛かった。
とりあえず、冷静になって、在韓日本大使館の面々が財閥部隊の連中に平謝りをしている様子を見て、事の重大さが亜門の中で段々と重くのしかかってきた、ソウルの午後だった。
3
「これは立派な外交問題ですよ、小野隊長・・・・・・日本の面子も考えてください」
ソウル特別市鍾路区栗谷路6ツインタワーA棟にある日本大使館で大使である、桜井と向き合うが、同人は神経質そうな顔付きに怒りを込めていた。
「相手がJCIAの進藤係長に暴行をしたので」
「頭をポンポンしたのが、暴行ですか?」
「桜井大使は海外生活が長いので、日本国内の事件には疎いと思われますが、日本国内では新宿で若い男が女の肩を掴んだだけで、傷害罪で逮捕されますからね? 進藤課長に対する、頭ポンポンも立派な傷害の容疑になると思いますが?」
桜井は怒りを堪えた表情で「そうだとしても、P&Kのイ・ドンウ隊長に発砲をした時点で、韓国政府も態度を硬化させるでしょう。この国では財閥が王様の様なものだと、いいかげん、分かってください」と苦言を呈す。
「あの隊長さんはそんなに良いご身分なんですか?」
「口の利き方に気を付けて下さい。彼はP&Kの会長のご子息です。韓国陸軍を除隊した後に同社のソルブス部隊の隊長になったそうですが、彼に逆らうと、この国での活動に制限が生じます。早急に謝罪をーー」
「しませんね? 敵なんですから、完膚なきまでに叩きのめしますよ」
すると、桜井が机を手で叩く。
「あなたは韓国を敵だと仰っているんですか?」
「韓国は敵ではないですよ? 我々の部隊に敵対的な態度を取る人間はどこの国、邦人であろうと全員、淘汰をするというのが、私のモットーなので」
小野がそう言うと、桜井は「・・・・・・あなただけに任せると、本当に戦争が起こってしまうかもしれないですよ・・・・・・作戦行動にはウチの職員を同行させます。よろしいですね?」と言い出した。
「JCIAから進藤係長以下、五名が同行しますが?」
「進藤係長以下五名は、警察畑ですよ! 外部の目が入らないんですよ! 信用ならない! とにかく、我々の優秀な外交官を同行させます。有無は言わせませんよ」
そう言った、桜井は「以上です。韓国政府から、何か言われたとしても自業自得なので、それまで、待機していてください。出迎えの車を出すのは慣例なので」と言って、内線を手に取る。
「隊長のお帰りだ。送迎を頼む」
そう言った、桜井は小野がもういない物の様に振る舞っていた。
この人の言っていることはほとんどは正論だが、態度が官僚にありがちな横柄な態度なのが気に入らないな?
小野は大使館の廊下をそう思いながら、歩いていたが、外では反日デモが行われていて、そのシュプレヒコールがここまで届いていた。
「隊長、保安上の問題で裏口からお車を出します。よろしいですね?」
大使館の公使がそう言うと、小野は「これが反日感情の強まった、国の現状ですか?」とだけ言った。
「隊長は海外での任務のご経験は?」
「台湾事変での陸戦で作戦を担当したことはありますが・・・・・・」
「あそこは親日国ですからね? 我々、外交官は時には日本に敵意を抱く国で衣食住を行い、そこで生活をしなければいけない。そして、祖国の主張と国益を追及する。桜井さんも何度も反日団体から脅迫状が届いています。心中としては、小野隊長のやったことも理解は出来るんです。決して、悪い人では無いということは理解していただけますか?」
人望が熱いんだな?
あのメガネは?
「あなたたちは戦場に赴くことになりますが、その覚悟は出来ていますか?」
「ご冗談を・・・・・・確かに今の旧北朝鮮地区は貧困と犯罪率の度合いが南側よりも深刻ですが、戦争ですか・・・・・・」
「我々は戦争をするための組織です」
そう、小野は言い切ったが、公使は黙ってしまった。
デモのシュプレヒコールが空しく、響いていた。
4
イ・ドンウは左耳を抑えながら、会長室の椅子に座っていた。
何で、俺が父さんに呼び出されなきゃいけない!
あの、イルボンのバカ女どもとそのチームに厳重に抗議をしなければいけないのに、父さんはイルボンどもに何を遠慮しているんだ!
ドンウは貧乏ゆすりを始めると、会長である、イ・シムが入ってきた。
「父さん!」
そう、父に近づいた瞬間だった。
シムはいきなり、グーでドンウの顔面を殴り倒した。
「父さん・・・・・・何で?」
「日本のNSSの久光という局長はやり手だよ・・・・・・こちらが韓日で進めた、準同盟関係を破棄すると通告したら、あいつらは何て言ったと思う?」
ドンウはキョトンとしていた?
「『我々は一向に構いませんが、大陸は何と言いますかね? ましてや、そちらが東側に付くというならば、我々も西側として、清々しますがね?」だとさ?」
「それはどういう・・・・・・」
「あいつら、イルボンはなぁ? ウチの国がアメリカと中国の板挟みになっているという状況をせせら笑っている! 我が祖国がアメリカの防衛力を頼りにしながらも、中国に経済的に依存しなければ、いけない状況をだ! あいつらは台湾事変以降、完全に立場を親米国家へと舵を切って、親中派を淘汰した。前の政権は比較的、アジアにも融和的だったが、今の政権はウチの国と徹底的に戦うつもりだよ。あの、女隊長もそれを分かっていて、発砲という暴挙に出た・・・・・・・それをお前は!」
シムはドンウに馬乗りになり、顔をグーで殴り続ける。
「金とコネと何でも出来ると思って、お前は部下に任せて、反撃をしない! 陸軍でも中途半端な成績しか残せずにソルブス部隊の隊長に居座る! お前は韓国人の恥だ! お前は息子じゃない!」
そう言って、殴り続ける、父が怖かった。
ドンウは気付けば、泣き出していた。
「あぁ・・・・・・アン・セイエン。あの青年はとても、優秀だ。私の会社に入って欲しかったが、可哀そうなことにあいつはこの国では疎まれる、財閥解体論者だ。皮肉だなぁ、私が欲しい人材が敵になり、不要で無能な陸軍上りが私の息子であるという・・・・・・お前はどうするつもりだ?」
ドンウは泣くだけで答えられなかった。
「連中も我々の真の狙いには気付いていない。我々の目指すのはビジネスの体現だよ?」
そう言った後に「軍、警察、国情院、そして、イルボンどもが集う、ブリーフィングにお前も行け。言っておくが、悟られるなよ? 我々の計画は国家という概念すらも超越した崇高な計画だ」とだけ言った。
それを聞いた、ドンウは泣きながら、敬礼をした。
「行け、使えない」
そう言って、ドンウは泣きながら、会長室を出た。
これも全て、イルボンどものせいだ・・・・・・
あいつらが俺に恥をかかせるから!
しかし、俺は計画を遂行して、父さんの願いを叶えて、会社の地盤を継ぐ。
そのためには邪魔なイルボンは全部、消さないと。
ドンウはスマートフォンを取り出した。
「手はずは整った」
電話の相手は沈黙していた。
5
韓国国防省内のブリーフィングルームで警視庁ISAT、JCIA、在韓日本大使館、ソウル警察、国情院、韓国陸軍、韓国外務省、P&Kグループによる合同ブリーフィングが行われていた。
目の前ではアンがホログラムの映像を使って、説明をしていた。
「我々の掴んだ情報では旧北朝鮮地区、平壌の一角のマンションにピョンヤン・イェオンダエのアジトがあると踏んだ次第です。そこにキメラの製造兵器工場もあるとのことです」
奴らのアジトは名前の通り、平壌にあったのか?
灯台元暮らしと言えば、そうも言えるが、連中のアジトは日本の政界に強い影響を持つ、全世界友愛教という新興宗教団体によって、カモフラージュされていたはずだが?
「質問があるんだけど?」
小野が質問に入る中で韓国語の同時通訳が入る。
「何でしょう? 小野隊長?」
アンは日本語で答える。
「連中のアジトは日本の政界を牛耳る、例の教団の庇護にあったから、明かすのは困難なはずよ? それを連中が教えたというの?」
それを聞いた、アンは一呼吸を置いた。
「潮目が変わりました。ピョンヤン・イェオンダエの教団からの離脱を確認した後に我々は韓国陸軍の特殊部隊を使い、教団施設を強襲、襲撃し、教祖を確保し、現在時、拘束、軟禁状態にして、ピョンヤン・イェオンダエに関する情報を洗いざらい、吐かせている最中です。これはアメリカ、中国双方からの依頼で行いました」
アメリカと中国が何で、共同で韓国に依頼して、教団を潰しにかかるんだよ?
メシアがいれば、途中で解説を始めると思ったが、それが聞けないのは心苦しい。
「なるほど、アメリカからすれば、ピースメーカーの影響力を削ぐ、東アジア最大の支配者たる教団の弱体化と暴走、独立して、テロ組織と化した、ピョンヤン・イェオンダエを壊滅させたい狙いがある。一方で中国からすれば、一切の宗教活動を禁じる、共産党政権下の同国内で、信者を広めている、教団を潰すことと狂暴化したピョンヤン・イェオンダエは世界共通の脅威と認識して、タッグを組んで、韓国に掃討を依頼して、ウチまで関与することになった次第ということね?」
小野はそう答えたが、アンは「はい、推理願望はよろしいですが、それ以上は秘匿事項なので」とだけ答えた。
小野はアンを睨むが、アンがニタリと笑う点で小野の推測が当たっているという確証を亜門は覚えた。
「そして、教祖から連中のアジトを教えてもらいましたが、彼らはマンション内で武装しているそうです。そして、そこに首領格のレイチェル・バーンズがいるという情報を得ました」
日本側はどよめくが、韓国サイドはレイチェル・バーンズの名を聞いても、あまり、ピンと来ないようだ。
日米を標的にした、元米軍特務少尉の少女の名は韓国では知られていないようだ。
それだけ、無関心ということか?
「日米両政府が指名手配をしている、最重要人物と聞いていますが、そこに中国まで絡むという時点で、相当な大物なのですね、貴国の側からすれば?」
アンは何が面白いのか、ほくそ笑む。
「現在、国情院が持つ情報として、保有しているのは連中の位置情報であり、我々はこの問題には興味関心が無いのが、現状です。しかし、米中双方の利害が一致した上で、日本政府からの最重要指名手配犯の確保への協力を扇がれたことを受け、韓国政府は国益を優先し、教団と狂暴化した同組織の軍事部門の壊滅に協力をする次第です。勘違いしないで頂きたいのですが、決して、そこに正義感は無いです」
相変わらず、嫌な奴だなぁ・・・・・・
「以上が韓国政府の今作戦における、立ち位置です。では、作戦概要はJCIAの進藤朝鮮半島課長からお伝えいたします」
アンの韓国語がイヤホンで本人の声のまま、同時通訳される。
そして、そこから、進藤が登壇する。
P&Kのイ・ドンウと隊員たちが口笛を吹く。
進藤はそれを睨み付ける。
進藤係長は韓国でも人気だな・・・・・・
僕も学生時代は瑠奈がいながら、好きだったからなぁ。
もっとも、当時は本人には子ども扱いされて、相手にされなかったけど?
「JCIAの進藤です。今の時点で、アン室長から発表された通り、教団は制圧し、残るはテロリストの制圧だけですが、作戦概要を説明します」
皆が息を飲む中で、ドンウたちの部隊だけが、あくびをしていた。
野郎・・・・・・人が真剣な時に!
「ピョンヤンには陸路で向かいます。韓国陸軍、ISAT、P&Kの合同部隊はソウル警察の誘導離脱後にパンムンジョムへ向かい、そのまま、旧北朝鮮地区へ。尚、日本側の皆様には補足情報としてお伝えしますが、ここは対象組織以外の犯罪結社が多く潜んでいる、貧困地区であり、現地の警察も腐敗が進んでいるという有様で、協力は扇げないということを考えた結果、ソウル警察の誘導は南側で終わらせて、軍主導に切り替えます」
そのぐらいに危ないところなのか・・・・・・・
現地の警察がそんなに腐敗しているならば、ピョンヤン・イェオンダエとの内通者がいてもおかしくないだろうな・・・・・・・
「係長、ヘリは使わないんですか?」
広重が下心丸見えの表情で質問するが、韓国軍の面々から失笑が漏れる。
海原は呆れ顔を見せる。
進藤係長は既婚者です。
広重小隊長は人妻も行ける質だけどさ。
まぁ、それ以前に軍事的にウチの小隊長は素人臭いなぁ・・・・・・・
「広重小隊長、あなた、素人なの? まだ、一場分隊長の方がプロフェッショナルだと思うけど?」
僕の名前を出すなよ。
「えっ・・・・・・・それは?」
「現地のマンションでは携行SAMが多くあり、それ以外にも対空兵器があって、要塞化されている。ヘリコプターは移動手段としては楽だけど、撃墜される可能性があるのよ。故にヘリボーンは不可能よ。何を習っていたの?」
広重が座った後に亜門を睨む。
逆恨みだ・・・・・・
大体、進藤係長が僕を名指しするから。
進藤に抗議の目線を向けると、進藤はウィンクを返した。
この人・・・・・・堅物でクールな人と思われがちだけど、自分が美人っていうのを知っているから、こういう男が喜ぶことを平気で出来るんだよな・・・・・・
どこまでが本心かが分からないから、怖い。
「作戦は韓国陸軍の指揮下で行い、マル被(被疑者の意味)の逮捕はISATが行います。送検も日本側で行うことで日韓両政府が合意をしています。尚、マル被は日本送検後に米軍へと引き渡されーー」
えっ?
ウチで逮捕した後にアメリカに引き渡すのかよ?
だったら、最初からアメリカが動けばいいのに・・・・・・
完全に下働きじゃん。
「とにかく、作戦概要としては韓国陸軍がマンション強襲後にISATとP&Kでレイチェル・バーンズを確保してください。必ず、生け捕りで」
そう簡単に言うけど、メシアやレイザ無しであの鬼のような強さのテロリストどもを相手にしろとか・・・・・・
そのためにP&Kが護衛に入るんだろうけど、相手はレインズ社製の第四世代機のアーサーとフェンリルだ。
お世辞にも東南アジアの軍隊相手に性能の低い武器を売り込んでいる、同社製のソルブスでは太刀打ちできないぞ。
でも、何か、おかしいな?
いくら、財閥が王様の様な国でも、ここまで露骨に軍や警察のオペレーションに介入してくるか?
日本人の感覚とは違うのか?
あとで、係長に聞いてみるか?
「尚、我々、JCIAから五名が作戦に参加し、日本大使館からも藤井二等書記官以下、五名がオブザーバーとして、現地に帯同するとのことです。以上、細かい、作戦概要は韓国陸軍のオ・ジェンウ大佐から話してもらいます」
えぇ・・・・・・外務省も来るのかよ?
戦場のど真ん中だぞ?
かなり、不安なんだけど?
オ大佐から細かい、作戦概要を話してもらった後にブリーフィングは終わり、亜門は進藤とアンに駆け寄る。
「何です、一場分隊長?」
「あんたには話しかけていない、進藤係長、ちょっと・・・・・・」
進藤の腕を取ると、通路の目立たないところに追いやる。
「一場君、お互いに既婚者でしょう?」
「そういう悪意のある冗談はいいですから、何で、民間に好き勝手やらせているんですか?」
進藤はため息を吐く。
「連中のごり押しよ。韓国政府が連中に配慮したらしいわ」
「そんなの・・・・・・連中の粗悪な兵器じゃあ、アーサーやフェンリルには敵いませんよ」
すると、進藤は亜門の肩を抱き込んだ。
「課長・・・・・・お互い、既婚者だって言ったじゃないですか?」
「誰に聞かれるか分からないでしょう? 後で大使館に来て、隊長も連れてきてね?」
そう言って、進藤は亜門のほっぺにキスする。
「へっ?」
「君の魅力に気付くのがもう数年、早ければね?」
「係長・・・・・・僕には妻子が・・・・・・」
「ジョークよ。とにかく、隊長連れて、大使館に来てね?」
そう言って、進藤は何処かへ消えた。
「一場分隊長、不倫は良くないわよ? しかも、ダブル不倫とか・・・・・・とことん、露悪的ね?」
小野が笑いを堪えながら、やって来る。
「いや、あれは係長が!」
「まぁ、進藤の悪意あるからかいはとにかく、後で大使館に行くわよ。ホテルだと盗聴されている可能性があるんだから、それと・・・・・・」
小野が亜門を見つめる。
亜門は身構える。
「なっ・・・・・・何です?」
「ちょっと、あなた、育休を取りなさい。いくら、警察にそういう文化が無いとしても、妻子をほっぽり出して、仕事に邁進は今の時代では問題あるから、帰国後に手続きを取って、あなたはしばらく、休みなさい」
「何でですか・・・・・・みんなが戦っている中で、僕だけ!」
「そういうのがいけないのよ。みんながみんなが頑張ろうとした結果、部隊が壊滅したら、意味が無いでしょう? 増員と部隊の再編も承認されたしね?」
そんな短期間に?
「教官が優秀だからね? 警視庁警察学校のソルブス課程のあの二人は?」
高久、島川の両教官か・・・・・・・
旧ソルブスユニット時代からの古参特殊部隊員で、尚且つ、僕の元上司で、今では、警察学校の鬼教官になって、生きの良い、新人を毎回、ISATに送り込むため、冗談半分で、二人は工場長と副工場長と呼ばれているのだが・・・・・・
「あの二人のコーチングには舌を巻くわね。この短期間で実戦配備に耐えうる、新人隊員たちを送り込んだのだからね。第二、第三小隊の新人小隊長と二人と分隊長二人と隊員どもは優秀とは聞いたけど、楽しみね?」
いや、知らんがな・・・・・・
「でも、それじゃあ、第一小隊以外は事実上の新人部隊じゃないですか?」
「そうよ、かつて、日本警察史上最強の特殊部隊と言われた、ウチは寄せ集めの新兵どもの学校と化したのよ」
「ますます、僕がいないとダメじゃないですか」
「こう言えば、分かる?」
嫌な予感がしていた。
「・・・・・・まさかとは思いますが?」
「そうよ、局長命令よ」
お義父さん・・・・・・僕に父親に専念しろと言うんですか?
そりゃあ、確かに父親の実感が無いまま、韓国来ちゃったけどさ?
「というわけで、今回のミッションも生き残る口実が出来たわね? 全員で生きて、日本に帰るわよ」
「はぁ・・・・・・・」
小野がそう言うと、アンが隣で亜門の顔を覗き込んだ。
「何だよ! あんたは!」
「まさか、進藤係長と一場分隊長がそんな関係だとは? ただ、不倫はお勧めしませんよ? うちの前の室長も部下と不倫して、二人まとめて、降格して、辞職して、家庭を失った事例がありますからね? ちなみにその二人は今、仲良く、ソウルの片隅でフライドチキン屋をやっています。今度、冷やかしに行きますが、どうです、分隊長も?」
「うるさい! あんたの身内事情なんか、知るかよ!」
「残念だなぁ、進藤係長と一場分隊長がフライドチキン屋を経営して、仲睦まじく、禁断の愛を貫く様子は見てみたいですがね?」
進藤係長とフライドチキン屋?
いや、ない! ない! ない!
進藤係長がエプロン姿でフライドチキンを揚げて、あの油まみれになるのは・・・・・・考えられないというか・・・・・・・いや、でも、逆に何か、そういうフェティズムなーー
「アンチーム長、冗談で接近しても、日本側の情報は渡さないわよ」
進藤がひどく、ご立腹の様子でアンを咎めた後にすぐに日本語で話し出す。
そのトーンは冷たく、恐ろしい、殺意を感じる物だった。
それでも、アンは韓国語で冗談めかす。
二人は韓国語で何かを話していた。
「一場分隊長?」
アンが白い歯を見せて、日本語を話しながら、笑う。
「係長からしたら、あなたは遅すぎたヒーローのようだ。あなたの奥さんは知らないが、課長の様な女性と添い遂げられなかったのは痛恨の極みですよ」
「ちょっと、アン君! 分からない様に韓国語で言ったのに!」
「まぁ、我々も調整しますが、一つだけ忠告を」
アンが真顔になる。
「獅子身中の虫という奴ですかね。敵の内通者がいるということはお忘れなく」
えっ・・・・・・それって?
「忠告はしましたよ?」
アンはその場を離れる。
「係長、それはーー」
「後でよ、後で」
そう言って、進藤は警察官としては小柄な体で自分に相対する。
意外とグラマーなんだよな。
さすがに初めて、会った時から、六年が経ったから、歳を取った感じはするけど。
「課長、あいつに何を話したんですか?」
「別に? 一場君は確か、瑠奈とはデキコンでしょう?」
それが何なんだよ・・・・・・
「そうですけど・・・・・・」
「私に手を出したら、キャリアを終わらせるわよ?」
「はぁ? しませんよ! そんなこと!」
「するでしょう。仮にも瑠奈が餌食になったんだもの」
餌食って・・・・・・
「いや、でも、本人同意の下ですよ?」
「性的暴行は同意だとか、そういう問題じゃないのよ」
いや、いや、性犯罪者扱い!
小野は「あなたたち、過去最高に仲良いわね。お互い、所帯持ちというのが残念だけど」と呆れかえっていた。
「一場君は変わりませんよ。父親としては失格ですがね」
「係長、何がしたいんですか?」
すると、進藤は亜門の耳元で「旦那が機能不全だから、一場君の精子を代わりにと思ったんだけど・・・・・・実は優秀だし。私、優秀な男しか興味ないから」とかなり、衝撃的で問題のある、発言をし出した。
「係長・・・・・・家庭が上手く行っていないんですか?」
「冗談だよ。私はキャリアを棒に振る行為はしないから」
冗談だよな・・・・・・
でもなぁ、進藤係長はそういうセクハラをする人ではないと思ったんだけどな?
「まぁ、君次第だけどね?」
えっ、本気かよ!
マジで、旦那さんと上手く行っていないんだ・・・・・・
「係長・・・・・・逆セクハラです」
「私は若い頃、男の上司や議員先生に散々、セクハラもさせられたし、場合によっては接待と称して、寝たこともあるから、そういうやり方をし返したいんだよ、男どもに」
そんなことがあったのか・・・・・・・ウチの部隊に来る前?
いや、その後の可能性もあるか?
係長が当時、特殊部隊勤務から異例の総務課人事一課への異動を果たしたのも案外、そういう、破廉恥なからくりがあった可能性があるかもしれない。
「・・・・・・大使館には隊長にも同行してもらいます。ただし、僕は妻と子どもを愛しているので、そういうことは出来ません」
「君がそういう、結果論として、一途な男だとは知っているから、こういうことを言っているんだよ、後でね」
「その前に係長?」
「まだ、何かあるの?」
「昇進に色仕掛けを使ったんですか? それとも、向こうがむりやりにやったんですか? 僕の知っている係長はそんなことはしません」
亜門がそう言うと、進藤は顔を背ける。
「君は肝心なところで正義感が強いから、困るよ。ただ、言えるのはその二つが同時にあてはまったというのが事実かな?」
亜門はショックを受けた。
進藤係長はそんなことをしてまで、昇進を選んだのか?
自分の身体をオッサン連中に売ってまで?
亜門が絶句している様子を進藤は悲しそうな目で見ていた。
「君はあの頃から変わらないよ。例え、父親になってもさ。でもね? 私は左遷されたの。だから、昇進のためには手段は選べなかった。失望した?」
亜門は進藤を睨み据える。
「僕の好きだった、進藤さんはそんなことはしないですし、そんなことをしなくても良い社会を作るために戦う人だったはずです。今の進藤係長は嫌いです」
「・・・・・・フラれたね?」
「あなたがあまりにも変わりすぎたんです」
「私からしたら、あなたがいつまでも変わらない少年のままに見えるわ。一人のプレーヤーとマネージャーの違いよ」
小野が「ねぇ、黙って聞いていたけど、そういうメロドラマは良いから、早く、大使館行きましょうよ」とだけ言っていた。
そう言えば、他の隊員にこのことを聞かれていないだろうな?
そう思って、辺りを見回したが、他の隊員はアンと談笑をしていた。
危機感の無い奴らだ。
「じゃあ、行きます?」
そう進藤と小野が移動する最中に眼鏡面の男が亜門の前に立つ。
「・・・・・・・君は変わらないよ」
この人は僕のことを知っているのか?
「あの・・・・・・大使館の桜井大使ですよね?」
「六年ぶりの再会が韓国というのも意外だね?」
「いや、初対面じゃあ・・・・・・」
「大使館に移動しよう。進藤課長のセックスレスには付き合いきれんよ」
やっぱり、そうなんだ・・・・・・
道理で堂々と不倫を促す、発言の数々。
ていうか、何で、この眼鏡がそれを知っているんだよ?
「君は姉さん女房が好きなのか?」
何を聞いているんだよ?
クソ眼鏡。
「僕の妻は同い年です」
「久光局長の娘さんだろう。君よりは大人だよ」
あぁ・・・・・・僕はこいつ、嫌い。
亜門は韓国に来てから、イライラが募り続けているような気がして、しょうがなかった。
続く。
次回、機動特殊部隊ソルブスアサルト 第七話 ISAT訪韓中編
青年が統一された韓国の負の側面を垣間見る。
乞うご期待!