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上京

 第二話です。


 主人公たちのお上りさんエピソードです。


 銀座探訪していて、良かった!


 そんな回です。


 今日もよろしくお願いたします!



「お断りします」


 一場亜門は目の前にいる、谷川正孝一佐にそう言い切った。


「同感だな? 亜門が陸自に転職したら、俺はどうなる?」


 亜門が所属するISAT(Indepandent Special Armored Team アイサット)で装備している、メシアの自立志向型AIがそう言い放つ。


「まぁ、解体だろうな? 君は旧式だから良いだろう」


「何だとぉ!」


 メシアがペアリングされているスマートフォンとスマートウォッチから怒鳴り声を上げる。


 人格を持った、AIは機械らしくなくて良い。


「大体、その内にスマートフォンやスマートウォッチも時代遅れの産物になって、スマートコンタクトが主流になる時代では君はどっちみち、過去の遺物だよ。入田?」


「その名で呼ぶな」

 

 メシアを始めとする、自立志向型AIはかつては様々な国で兵士として働いていた人間だったが、死亡時に人格だけを機械に移されたのだ。


 ちなみにメシアはかつて、入田勇作という名の伝説的な日本人傭兵ではあったが、フランス外人部隊やPMC(民間軍事会社)に所属する以前は少しだけ、陸自に在籍をしていた。


 だが、末端中の末端だった人間だった頃のメシアの経歴を知っていると言わんばかりのこの感覚はムカつくな?


 個人的にも自衛隊とは色々あったし?


「まぁ、君がこの世界に入って、もう六年か? 巡査部長への昇任試験を受けるそうだな?」


「入庁して、六年が立っているのに、まだ、巡査ってのも考えモノですけどね? せめて、巡査長には上げてもらっても良いと思うのですが・・・・・・帰っていいですか?」


 巡査長というのは警察の末端の階級の巡査と下から二番目の巡査部長の間の階級だが、正式な階級ではなくて、あくまで、成績優秀な巡査に与えられる称号というのが建前だが、警察官の数が減っている中でその優秀な巡査という基準は怪しい物であるというのが現状だ。


 それなのに、何故か、未だに自分が巡査なのが気に入らなかった。


 警視庁内部ではソルブス部隊のエースとか警視庁の英雄とか言われているのにいつまでも末端。


 それが自分の現在の現状なのが歯がゆかったが、そのタイミングで陸自が接触してきた。


 しかし、自分にはISATの仲間もいるし、第一、メシアを捨ててまで、陸自に移って良いのかという感覚を覚えていた。


 だが、妻の瑠奈が何と言うかだな?


 義父の秀雄はNSS(国家安全保障会議)の局長を務める前は警視総監という生粋の警察官僚なので、絶対に反対されるのがオチだ。


「一場君。持ち家は欲しくないかい? 都内に?」


 それは気持ちが揺らぐな・・・・・・


 今は官舎住まいだから、余計に戸建てのマイホームで都内の立地条件が良いところが欲しい!


 瑠奈も出来ちゃった結婚で妊娠しちゃって、医局で肩身が狭い思いしているし、かと言って、末端の巡査の収入じゃあ、子どものことを考えると、大学までの進学の費用が足りないから、昇進を考えて、巡査部長昇任試験を受けて、手ごたえは抜群なんだけど、そこに陸自のヘッドハンティング・・・・・・


「お子さんが二人目、三人目と出来ても、全員を大学に行かせる額も上乗せだな」


「それは・・・・・・」


「亜門! 目を覚ませ! あいつらの口車に乗るな!」


 その時だった。


 谷川の下に大柄な男が駆け寄る。


 スーツ姿だが、自衛官であることは確かだ。


「何だ? 今は大事な話をしている」


「郡山駐屯地にキメラが出現して、古谷一尉が対象者を使って、殲滅したそうです」


「ライジングを使ったか? 古谷は無事か?」


「別件で郡山駐屯地の男性隊員と幹部、司令官の処分を防衛省に求めるそうです。相当、お怒りですね」


 谷川は歯を見せて、笑う。


「あそこは例のセクハラが多い駐屯地だからな? すまないが、一場君。急用が入った。その気になったら、私に連絡してくれ」


 そう言って、谷川は名刺を渡して、席を立つ。


「あの・・・・・・」


 いや、フランス料理がふいになっちゃうじゃないか!


「会計は済ませるから、コースを食べてくれ。一人でのフレンチは気が引けるか?」


「いえ・・・・・・」


「では、良い返事を待っているよ」


 そう言って、陸自の面々はフランス料理店を離れる。


「亜門、食うのか?」


「めったに食えないだろう? 食うよ」


「お前、陸自に良い具合に扱われていないか?」


 すると、そこにウェイターがやって来る。


「お連れ様は?」


「帰るそうです。今日はとりあえず、物別れです」


「はぁ・・・・・・」


「とりあえず、会計は向こうが済ませるんで、一人でコース食べます」


「かしこまりました」


 そう言って、ウェイターが厨房へと消える。


「空しいと思わないか? 一人でフレンチなんて?」


「良いんだよ・・・・・・めったに食えないんだから」


 そう言って、亜門は谷川の名刺を眺めていた。


「余計なことを考えるなよ?」


「分かっているよ」


 本気で転職を考えても良いかな?


 その時はメシアをどうするかだけど?


 亜門は人生の岐路に立っていた。



 九月の東京はまだ、残暑が激しかった。


 日下部桜三曹と手塚正行三曹は東京メトロ有楽町線の平和台駅に降り立った。


 学生時代は神奈川から出なかったから、東京はそんなに行かなかったんだよなぁ・・・・・・


 まぁ、来る途中での高い建物は横浜にもあるから不思議ではないが、久々に見ると、結構な迫力だよなぁ?


 日下部がそう思いながら、手塚を眺めると、その同人も道中の電車の車窓からビルを眺めていたのが気にはなっていた。


「初めて見る? 高層ビル?」


「いや? 東京出身だから、不思議ではない」


「あっそ」


 純朴かと思いきや、かわいくない奴。


 古谷中隊長には顔を赤らめるくせに気取っちゃってなぁ・・・・・・


 日下部がそう思っていると「行くぞ。駐屯地まで行かなきゃいけない」と手塚が先行した。


「待て、待て。待て。単独行動は自衛官においては厳禁だよ」


 そう言いながら、手塚の後を付いていきながら、歩いて、部隊のある練馬駐屯地へと向かう。


 郡山駐屯地での一件はマスコミに大々的に報じられて、関係した、自衛官は全員が免職された。


 そこから、また、反自衛隊運動が盛んになるんだが、問題はここから、刑事事件になるかどうかだよな・・・・・・


 だが、不祥事を起こしても、テコでも動かなかった、連中がこうも一掃されるなんて・・・・・・


 あの、古谷って、人は凄い人であるというのは事実ではあることは確かだ。


 だが、香里をキメラにさせた、改造手術を行った連中の正体は不明。


 それは陸自の警務隊が捜査しているが、香里が何処かしらの黒社会に接触をしていたという話は聞いていた。


 そう言えば、休暇の時に何していたんだろう? あいつ?


 思い返せば、動機や時間もかなり沢山あったな。


 まぁ、捜査の進展とやら次第だが、香里はもういないし、輩の連中も処分され、私は晴れて、栄転だ。


 これ以上、蒸し返しても意味は無い。


 そう思考しながら、練馬駐屯地前に着くと、そこでは私服姿の古谷水姫一尉がいた。


「待っていたよ。迷子になった?」


「東京には慣れていないんですよね?」


「手塚君は?」


「自分は東京出身なので、そんなに・・・・・・」


 そう言って、古谷から目を背ける。


 古谷の私服がノースリーブで尚且つ、豊満な胸が目立つので、顔を赤らめている。


 こいつ、知ってんのかなぁ?


 古谷中隊長に彼氏いるって?


 知ったら、泣くかな?


 楽しみ。


 日下部は意地の悪い笑みを思わず、浮かべてしまった。


「日下部、何を笑っているの?」


 私は呼び捨てかよ。


「いえ! 何でもありません!」


「行くよ。ID無いんでしょう?」


 そう言って、練馬駐屯地へと向かう。


 警邏の自衛官たちにIDを示すと、すんなりと通れた。


 警邏の自衛官は、古谷中隊長には見向きもしないんだ。


 郡山駐屯地とは全く違うな。


「あとで、部隊が何で練馬にあるかを説明するけど、二人とも東京は初めてじゃないでしょう?」


「教育期間の終わりの時に同期全員が市ヶ谷の防衛省に集められて、地元帰って、その後に皆、帰らなくなったのは良い思い出です」


 自衛隊の最初の一か月の訓練が休み無しで行われると、一度、市ヶ谷の防衛省に全員集められて、ゴールデンウィークの期間プラスアルファの三週間、休みを与えられるのだが、辛い、軍の訓練の後に三週間も地元で休むと二度と帰りたくなくなる隊員が多くいるのも事実だ。


 事実、日下部の同期も半数近くがそれで辞めた。


 ベッドが広くなったのは嬉しいと素直に思ったのが思い出だ。


「手塚君の同期も半数が辞めた?」


 古谷がそう聞くと「結構、辞めましたね? ベッドが広くなるのはあるあるですよね?」と言い出す。


 手塚がまともに喋った。


「私、U幹(一般大学卒の幹部の通称)出身だから、心理的には分からなくないな? 娑婆に出るとそうなるよね?」


「U幹ですか・・・・・・てっきりB幹(防衛大学出身の幹部の通称)かと思いましたけど?」


「まぁ、娑婆を知っているのが私の強みだと思うから。B幹は蓮杖君みたいな過激派が誕生しそうだからね」


 第一中隊の蓮杖亙一尉はソルブス歩兵連隊の前身の部隊時代からの古参ではあるが、パワハラが激しくて、部隊から何度も離脱者が出ているとは聞いた。


 それに対して、古谷率いる第二中隊と斎藤一尉率いる、第三中隊が蓮杖中隊長がクビにした隊員を受け入れる形で何とか、体面は保ったらしいが、そこまでのパワハラ体質をやっても更迭されないのは何でも、前身の組織時代から現統合幕僚長の鶴岡陸将からの熱い信任があるからと言われて、何だかんだでもみ消されるかららしい。


 故に第一中隊は統合幕僚長直々に特命を与えられることがあり、度々、留守にする頻度が異常に多いことで知られていると言われている。


 その内容が謎に包まれているので、自衛隊内部でもソルブス歩兵連隊第一中隊を不気味がる人間がいるのが事実だが、古谷の第二中隊と斎藤の第三中隊は普通に米軍やオーストラリア軍にイギリス軍やフランス軍にドイツ軍、インド軍などとの訓練に駆り出されることがあるらしい。


 その点の秘密について、話すのかな?


 気が付けば、練馬駐屯地内の地下の厳重なセキュリティがかかった部屋へと向かっていた。


「何か・・・・・・厳重ですね?」


「そうね。知られると面倒だからじゃない? ここ、都心で唯一の普通科連隊がある場所だから、ナイーブにならざるを得ないと思うが」


 ますます、面倒くさいなぁ。


 そして、カードキーで扉を開けると、部屋へと入る。


「ここがソルブス歩兵連隊第二中隊の待機部屋よ。まぁ、いわゆる事務部屋だけどね?」


「えつ? 事務やるんですか?」


「大体は訓練に出るから使わないね。事実上の休憩室だよ」


「はぁ・・・・・・」


 そこには多くの隊員がいた。


「整列! 中隊長に礼!」


 多くの男達が古谷に敬礼する。


「休め!」


 古谷がすぐに先ほどまでとは打って変わって、固い声音を出す。


 私服でそれをやられると、結構、違和感あるなぁ。


 というか、隊員達は中隊長のノースリーブ見て、動じていない。


 精鋭中の精鋭なのか・・・・・・蓮杖中隊長にはクビにされたのに?


「今日から、秋の人事異動で日下部桜三曹と手塚正行三曹が加わる。各員、あまりいじめすぎるなよ?」


「隊長! 適度にですか?」


 そう言うと、古谷は「蓮杖君の様にはなるなよ?」と言い出す。


 みんなが笑い出すが、日下部と手塚は緊張感で一杯だった。


「よう、中隊へようこそ。江草景文曹長だ。隊長に聞きづらいことがあったら、聞いてくれ」


 自衛隊の下士官のまとめ役は事実上、現場を仕切る存在だ。


 幹部中の幹部の古谷クラスと関係性が上手く行っているかいないかで、部隊の雰囲気が分かるのだが、どうなんだろうな?


「江草曹長、女の子は聞きづらいですよ。あっ、俺、加野聡二曹ね? ちなみに手塚君だっけ? 隊長、彼氏いるから」


「えっ!」


 あぁ、それ言っちゃうんだ・・・・・・


 手塚がショックを受けている。


「何でも、運送会社勤務の障がい者だって」


「はぁ! 中隊長って・・・・・・バクチョウになりたいんですよね!」


 日下部は思わず、大声を上げてしまった。


 しまった。


 中隊長に聞かれてしまう。


 だが、中隊長は執務室へと消えたので、聞かれていない。


「いやぁ、その子もねぇ、精神障がいだから、頭は悪くないんだけど、普通に昇進考えると、自衛官同士での見合い婚が良いんだけどさ、本人が自衛官は嫌だの一点張りなのよ」


 ていうか、これ、個人情報だよね?


 下からのセクハラだ・・・・・・


 それを横目に手塚はショックを受けている。


「加野、セクハラ」


「いや、手塚君の幻想を砕いたんですよ」


「何で・・・・・・そんな奴と・・・・・・」


「何か、デブなんだけど顔が中隊長の好みらしいよ」


 それだけ?


 というか、イケメンならば分かるけど、デブ?


 古谷中隊長って、男の趣味悪い?


「あつ、日下部。お前、中隊長の趣味を疑っているだろう?」


「いや、というか、加野二曹は・・・・・・」


「分かっているよ、これで最後にするよ。中隊長は聖母の様な優しさを軍人でありながら、持っているからな? 蓮杖中隊長にクビにされた俺も拾ってくれたんだよ」


 その聖母様の恩を仇で返していますよね? 加野二曹?


 面と向かっては言わなかったが、そう言いかけた時だった。


「加野二曹、飛ばすよ」


「そうそう・・・・・・俺は・・・・・・えっ? 中隊長!」


「私にまで、愛想尽かされたら、もう行くところ無いよ? どうする? 特殊作戦群にはもう戻れないでしょう?」


「すいません・・・・・・」


「まぁ、アンサーとしては彼、可愛くて、優しいのよね? 最近は真剣にダイエットに取り組んでくれるからね? ハンサムになったら、どうしよう?」


 中隊長がのろけている。


 デブ相手に・・・・・・


 ていうか、中隊長って、ダメ男好き?


「それより、日下部? あとで付き合って」


「はぁ・・・・・・」


「返事は?」


「はっ!」


 そう言って、古谷は執務室へ戻っていった。


「隊長も女の隊員が出来て、嬉しいんだろうなぁ? 日下部だけ階級とか付けずに呼び捨てだもん?」


 江草がそう言うと「そう言えば、手塚君は君付けでしたね」と日下部が相槌を打つ。


「中隊長は人を見るからな? 手塚が胸ばっかり見ているからだろう」


「見ていませんよ・・・・・・ただ、本当にその・・・・・・」


「諦めろ、脈なしだよ、お前」


 手塚がその場に崩れ落ちる。


 終わったな? 青春。


 とりあえず、日下部は手を合わせた。


「江草曹長。あの、聞きそびれたんですけど、何でウチの連隊って、練馬にあるんですか?」


「南西シフトが主流の今でも、首都圏にこんな最新鋭の連隊を置いているのははたから見たら、不思議だろうなぁ。隊長に後で聞けばいいだろう。手塚の坊やには俺から話す」


「えっ? 話してくれないんですか?」


「お前は中隊長のお気に入りだから、直接、聞け。特権って言うのは使えるだけ使った方が得だぞ?」


 手塚、かわいそう。


 涙を流す、手塚には申し訳ない気分を日下部は抱いていた。



 その後に装備品の譲渡をしてもらい、桜はスマートコンタクトレンズから成る、ライジングドライブを受領した後に定時を過ぎた後に古谷と平和台駅に移動した後に東京メトロ有楽町線池袋駅に着いた。


「どこに行くんですか?」


「銀座」

 

 えっ・・・・・・


 あのブルジョアジーどもの巣窟の銀座?


 大体、去年の夏には貧困撲滅を掲げるテロリストがキメラを使って、テロやって、大学一つ潰れたらしいのに・・・・・・


 横浜ぐらいしか都会知らないからなぁ。


「えぇと、お寿司と洋食、どれがいい?」


「いや、銀座、初めて、行くんですけど・・・・・・じゃあ・・・・・・お寿司で」


「良いよ。一言さんお断りのところ行くから」


 上京して、いきなりそれはキツイです! 古谷中隊長!


 そう言いながらも、二人で東京メトロ丸の内線に乗り込んで、荻窪行きに乗り、銀座へと向かった、


 とりあえず、出てきた言葉は「えっ・・・・・・将校ってそんなにお金あるんですか?」と聞く。


「私の階級での平均年収は五一七万二七五〇円だけど、資格手当、家族手当、単身赴任手当、食事手当、住宅手当、通勤手当があるから、実際にはそれ以上の額は使えるのは、自衛官の常識。まぁ、家族手当と単身赴任手当は私は独身だから、適用されないけど? それと私は仮にも特殊部隊の中隊長だから、同じ一尉の中でも最高クラスの待遇を受けている。月収で言えば、四十万以上は貰っているね・・・・・・」


 古谷中隊長って、お金の話しする人なんだ・・・・・・


 意外と下衆だな?


「幕僚や制服組、背広組のお偉方に(防衛省内部には制服を着た自衛官側と背広を着た防衛官僚が存在して、それぞれ、制服組と背広組に分類される。あまり、関係は良くない)政治家に軍需産業メーカーとの会食にも駆り出されるけど、そこで覚えてね、銀座の店を。お酒飲める?」


「・・・・・・酒豪なんですよね、私」


「良い子ね? 明日は週末だから、とことん飲もう」


 古谷中隊長って・・・・・・オジサン臭いな?


 あれだけ、美人でスタイル良くて、聖母並みに優しくて、将校になれるぐらいのエリートなのにオッサン臭くて、男のセンスが悪い。


 異例の幹部自衛官であることは確かだ。


 だが、日下部はこの直属の上司ととことん飲もうと思った次第だ。


 何だったら、高い物ばかりをたらふく食べて、破産させてやろう。


 そうとも、思っていた。


「さぁ、というわけでとことん飲むぞ」


「隊長、お寿司って最初、何を頼めばいいんですか?」


「少なくとも最初からマグロ頼んだら、鼻で笑われるだろうね? お任せで良いんじゃない? あと、お会計のことをおあいそって言うのはいい具合に気取っていて、これも鼻で笑われるから、言わない方が良いよ」


 凄い、通なんだけど・・・・・・


 えっ、ていうか、私、普通にTシャツとジーパンだけど、良いのかなぁ? そんな高い店行って?


 そうこうしている間に電車は銀座へと着き、古谷はガンガンと進み、気が付けば、銀座の寿司店に入っていた。


「いらっしゃい」


「二名で」


 そう言って、カウンター席に座る。


 辺りは会社終わりの金のある感じの連中で一杯だった。


「日本酒はネタによって、種類変えないとね? 酒豪でしょう? 飲もう」


「はぁ・・・・・・種類によって、変えるんですね?」


「じゃあ、おまかせを二人分と獺祭純米大吟醸で」


「はい」


 そう言って、大将が寿司を握る。


「隊長、お聞きしたいことがあるんですけど?」


「何?」


「何で、ウチの連隊、東京にあるんですか?」


 それを聞くと、古谷は茶をすする。


「日下部、グレイフォックスって知っている?」


「スターフォックスならば知っていますけど」


「それはゲームね。好きそうだもんね?」


「はっきり言って、ゲーマーなんですよね」


 日下部がそう言うと、獺祭が出てくる。


「昔ね? アメリカの国防総省がNSAやCIAに対抗して、グレイフォックスっていう軍独自の情報機関を作ろうとしたんだよ」


「それは・・・・・・意味が無いんじゃないですか? そもそもやっていることが丸被りですし?」


「軍独自で収集した情報ならば、軍に有利な様に動かせる。それに軍内部の情報機関と特殊部隊が連動すれば、これほど有効的な事は無いと思ったけど、その二つの牙城を崩せなくて、埋もれて解体されんだよ」


 そら、ムリゲーだよな。


 でも、何で、情報機関の話が出てくるんだろう?


「まぁ、それに諜報機関は大体、自分たちの懐に予算を持ち込むのと、自分たちに都合の良い情報を作り出すのに長けている。故に必ずしも軍の味方ではないから、軍独自の諜報機関は理にかなってはいるんだよ」


「その話って、ウチの連隊と関係あります?」


「大有りだね? ウチの部隊が都内に駐屯しているのは単純に自衛隊、防衛省内の情報機関との連携を前提とした特殊部隊として運用されているからだよ。訓練は各地の演習場に行って、朝霞の演習場も使って、場合によっては警視庁の夢の島訓練センターも借りる」


「情報機関って・・・・・・まさか?」


「主に二つある。国内を担当しているのは情報保全隊で海外を担当しているのは二十年以上前のドラマで有名になった別班」


 えっ、別班って、本当にあんの!


「それ・・・・・・本当の話ですか?」


「情報関係疎いんだ? まぁ、良いや。説明すると情報保全隊は旧陸幕調査部を起源とした防衛大臣直轄の部隊で国内の情報収集が仕事。昔、当時の与党だった民人党政権が自衛隊幕僚が野党に転落した自明党のパーティーに何人出ているかを調査しろと下命して、潜入して、それがバレた事件があったけどね?」


 そんなことがあったのか?


 ていうか、民人党って、リベラル政党なのにそんなことしていたの?


 権力を握ると、どこも考えることは一緒なんだな。


「ちなみに・・・・・・別班って、本当にヤバい組織なんですか?」


「彼らの任務は海外での調査活動だよ。ドラマでは戦闘をしていたけど、その部分を補うために私たちの部隊が作られた。ただ、隊員が普段は商社で素性を隠して、働いているのは事実だけどね」


 それは私に話して良い内容なのか?


 しかも、こんな寿司屋で。


「隊長、大胆過ぎませんか? ここ、人が多いし?」


「東京って、他人に無頓着なんだよね? 案外『木を隠すならば森の中』が通用するんだよ。だから、誰も興味無いよ」


「・・・・・・一応聞きますけど、私たちって、何するんですか?」


「特命という名の軍事行動かな? 訓練名目で出張するけど、大体が警察では扱いきれない、もしくは法を超えて抹消したい事実があるとしたら、政府権限で殲滅という形で対象を抹殺する対処を取る形になるね、内容としては。あっ、ちなみに無関心と言っても右と左の奥の席に監視している人間居るけど?」


 えっ・・・・・・まじで?


 日下部がその方向を見ようとすると、古谷は「見ない方が良いよ、感付かれる。重要な情報は話していない分にはこうして、普通に寿司食べればいい」と耳元で囁いた。


 神経が図太い・・・・・・


 この人はやっぱり、軍人でしかも、将校なんだ。


「はい、お待ち」


 寿司が運ばれる。


「食べなよ」


「でも、特命って、人を殺すってことでしょう」


 古谷は白身魚を頬張りながら、日本酒を飲む。


「自衛隊はそういう組織よ。決して、災害救援がメインの仕事ではない」


「それはそうですけど・・・・・・何か、政府の殺し屋みたいだし? 大体、警察にも超法規的な組織としてISATとかあるじゃないですか?」


「装備の部分では彼らが優遇されていたけど、第二次大須政権になってから、大規模な防衛予算が通ったからね・・・・・・・最新鋭の装備も揃って、警察の現場要員の一部にある犯人逮捕至上主義というのも政権は問題視していて、それならば最初から自衛隊を動かす様にしようかとね。まっ、めったに起きないし、受けも悪いから当面は警察に任せるけど、私達は日陰者らしく、裏で作戦行動よ」


 凄い、ダークな部隊に配属されたぞ。


 大丈夫かな?


 やっていけるか? 私?


「その代わり、ウチの部隊は給与は高いよ? 危険手当出るし・・・・・・・食べなよ」


「・・・・・・頂きます」


 そう言って、食べた白身魚はこの世の物とは思えないほどの美味さだった。


 だが、こんな秘密結社みたいな組織に入って、何か・・・・・・五体満足でいられるだろうか?


 日下部は不安になったが、とりあえず、日本酒を呷った。


「こんな話を聞いて、お寿司食べれる時点であなたは強いよ。どんどん飲みなよ」


 そう言って、日本酒を注がれる。


「私、酒癖悪いですよ?」


「良いじゃない? 男いないんだし?」


 そういう問題かぁ?


 しかし、日下部は古谷と食事していると自然と落ち着いた気分になった。


「隊長、仕事の話も良いですけど・・・・・・」


「なぁにぃ?」


「男の話をしません?」


 日下部がそう言うと、古谷は笑みを浮かべた。


「ご盛ん。良いんじゃない? どういう子が好み? 芸能人で言ったら?」


「その前の隊長の彼氏について・・・・・・」


 気が付けば、寿司を食べながら、深酒をしていた。


 時間の概念が二人には無くなっていた。



 一場亜門は大手町にある、警視庁ISAT庁舎の隊長室で小野澄子特務警視長と相対していた。


「陸自にスカウトされたそうね?」


「えぇ・・・・・・正直、どうしようか悩んでいます」


「別にお前がいなくても変わりはいるんだぞ? 止めたいなら別の隊員を引っ張るしな?」


 副隊長の稲城がそう言い放つ。


 一場は思わず、睨み返す。


「貴様ぁ! 俺は副隊長だぞ!」


「そんなに威圧的だから、隊員から人気が無いんですよ」


 同じく、副隊長の夏目がそう言い放つ。


「二人とも外してくれる?」


 そう言って、稲城は渋々と夏目はそれを蹴り飛ばすかのように去って行った。


「巡査部長昇進を決めて、これからという時なのにね? いくらで誘われた?」


 隊長・・・・・・止めないつもりなのか?


 一瞬、困惑を覚えたが、亜門は話に乗ることにした。


「子ども三人が出来たとして、全員を大学に生かせるぐらいの金額は出すと。あと、都内の戸建て立てられるぐらいだと」


「うーん。冷静に鑑みて、人件費と装備品のバランス調整で自衛隊が悩んでいる中で、一場巡査部長一人にそこまで出すかな?」


「それは・・・・・・」


 亜門は口ごもった。


「自分の才能と立場が比例しないのに焦っているのね?」


 小野がそう言うと、亜門は「はい・・・・・・」とだけ言った。


「私はねぇ、自衛隊を追い出されるように辞めさせられて、今のNSSの久光局長が警視総監の時に警視庁に招聘されたけど、あなたが違うのは警視庁と自衛隊双方から待望されている中で職務に忠実である点かな?」


「小野、真剣に引き止めろよ! 俺は亜門以外と組みたくない!」


「人の世には別れがあるのよ。でも、私はあなたが必要だと思っている。次の大きな仕事が終わったら、考えない?」


 大きな仕事?


 何か、大事があるのか?


「これは他言無用よ。ピョンヤン・イェオンダエが動き出した。現在、ハム(公安部の通称)が捜査中だけど、場合によっては出撃するかもしれないし、海外遠征もある」


「海外遠征・・・・・・・って、何処です?」


「とりあえず、国内の拠点を襲撃した後に私たちは韓国へと向かうかもしれない。現在、日韓外務省が協議中よ」


 確かに大事だ。


 ISATが国際捜査に駆り出されるのか?


「亜門。こんな状況では転職なんて言ってられないなぁ?」


 メシアが口笛を吹く。


「・・・・・・もうちょっと、続けます」


「それが賢明よ」


 小野の満面の笑みが広がっていた。



 日下部は朝、起きると知らない部屋のベッドにいた。


 頭が痛い・・・・・・


 二日酔いか?


 昨日は寿司屋を出て、二件目のバーに行ったところまでは覚えているが、その後を覚えていないのだ。


 ここは何処だ?


「あっ、おはよう。雑炊食べる?」


 古谷がワイシャツの下は下着だけというラフすぎる格好でこちらの顔を除く。


「隊長・・・・・・何て、格好しているんですか!」


 思わず、赤面してしまう。


 バカ! 私は女だぞ!


「水姫さん、服は着ましょう」


 後ろから相撲取りの様な男が現れる。


 その男はジャージ姿だった。


「タッちゃん? 内心では私の胸が見たいんでしょう?」


「女の子の前でそういうことを言うなよ? 雑炊冷めるよ?」


 そう言って、男は部屋を出た。


「今の人が彼氏ですか?」


「今西達也君ね? 運送会社勤務の精神障がい者だけど、いたって、普通に見えるでしょう?」


 確かにはたから見たら、障がい者に見えないんだよなぁ?


「はぁ」


「まぁ、本人が鬱病を拗らせただけで、それ以外は極めて健康体だから、比較的、健常者に近いんだけどね?」


 それならば、障がい者と・・・・・・言えるのか?


 桜は障がいに関する知識が全く無いので、見当が付かなかった。


「冷めるよぉ!」


「はーい!」


 古谷がそう言った後に日下部の腕を取って、リビングへと連れて行く。


「だから、ちゃんとした服を着る!」


「私の家なんだから! どんな格好しようと勝手でしょう?」


 何か、古谷中隊長が子どもっぽい・・・・・・


 それだけ、恋人の前では安心しきっているんだろうなぁ?


 そう言って、桜の手元に達也が味噌雑炊を運び込む。


「どうぞ」


「・・・・・・頂きます」


 一口、食べた。


 二日酔いの酒が抜けきっていない、体には染みる・・・・・・・


(続いてのニュースです。アメリカ海軍は台湾沖で新型兵器の機動実験を行いーー)


 新型兵器?


 日下部はニュースに耳を立てた。


(新型兵器はソルブスと見られ、中国政府はこれに反応し、海軍とソルブス部隊を出撃させ、一触即発の状況になった模様です。官邸では宮田官房長官の会見でーー)


 すると、古谷がすぐにチャンネルを変える。


「休みの時に仕事の話はしないのが私のポリシーなのよ」


「結構、大事なことじゃないですか? 自衛隊だって、関与するだろうし?」


「まぁ、良いよ。ところで家まで送るけど隊舎だっけ?」


「いや・・・・・・それは・・・・・」


 話聞いていねぇよ、この人。


 でも、二日酔いで頭痛いしな。


「・・・・・・良いんですか? とりあえず、雑炊をお替わり出来ないですよね?」


「相当、酔っているようだけど? 部隊に出勤するまでには直してね?」


「じゃあ、水姫さん、車を・・・・・・」


「この後、デートしようよ?」


 そう古谷が達也に色目を使う。


「良いけど、車使った方が効率的だよ?」


「渋谷のノンアルバー行こうよ? そこならば、休肝日とか云々関係無いしさ?」


 まだ、飲むんですか? 隊長?


 ノンアルバーとは言えど。


「じゃあ、日下部さん。悪いけど、電車で良いかな?」


「・・・・・・お構いなく」


 凄く、帰りたい。


 この二人のデレデレ具合には付いていけない。


 桜は急いで、雑炊を食べて、支度を始めようとしたが、頭の痛さが抜けないのが辛かった。


6


 そうこうは言うが、隊舎に帰る前に古谷が渋谷に寄りたいと言って、軽く茶を飲んだが、二日酔いで頭痛がするのと、渋谷の人ごみにやられそうになった。


 何で、この人はノーダメージなんだよ・・・・・・


「日下部ぐらいだよ、目の前でタッちゃんといちゃつくのを見せれるのは?」


「隊長、二日酔いなんで、帰っていいすか?」


「まぁ、これ以上、引っ張るとパワハラになりそうだからね? 帰る?」


 帰してくださいよ・・・・・・


 そう思いながら、街中を歩いていた時だった。


「ねぇ? 何カップ?」


 茶髪の男数名が古谷を取り囲む。


「はぁ?」


「結構、デカいじゃん? 俺たちさぁ、今、番組作っていてさぁ?」


「止めろ。警察呼ぶぞ」


 達也がそう言うと、茶髪の中の一人が「デブはすっこんでろよ! あぁ、やんのかぁ!」と胸倉を掴んでくるが、達也はそれを内股で投げ捨てる。


「げふぅ!」


「ウチの彼氏、柔道五段だけど?」


 古谷がそう言うと「てめぇら、分かっていねぇだろう! 俺たちはなぁ! 渋谷でナンバーワンのなぁ!」と男達が言い終わる前に水姫がその一人の腹に一撃を入れると、男が泡を吹いて倒れた。


 軍用格闘技のシステマだ。


「そういう風に女の子を胸だとか、容姿だとかで決めつけて、物扱いするならば、あんたたち、殺すよ?」


 カッケェ・・・・・・隊長!


 日下部は拍手喝さいをしたい気分だったが、男たちはにやけ面を止めなかった。


「そうかい・・・・・・なら、揉み甲斐があるなぁ! えぇ!」


 男たちは「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と気勢を上げると、キメラへと変体した。


「キメラだぁ! キメラが出たぞぉ!」


 すぐに渋谷の街はパニックになる。


「ちっ! せっかく、ノンアルバーに行こうと思ったのに・・・・・・」


 ライジング!


 桜、行くぞ!


 しかし、古谷は私の前で手を出す。


「手出し無用、君に戦い方を教えてあげよう」


「格好付けている場合ですか! こうしている間にも!」


「水姫さん!」


「タッちゃんは私が守る・・・・・・装着!」


 そう言って、古谷の体をモスグリーンの閃光が包む。


 陸上自衛隊の所有する米国のレインズ社製の量産型ソルブスのモスプレデターだ。


「げっ・・・・・・こいつ、ソルブス持っていやがった!」


「お巡りかよ!」


「これだから、素人は・・・・・・軍人だよ、エテコウども。人のデートを邪魔したツケは払ってもらうぞ?」


 どうしよう・・・・・・


 自衛隊が街中で、ソルブスで私闘をするなんて・・・・・・


 いや、ただ、相手はキメラだけど、管轄的には警察のテリトリーであって・・・・・・


 そうこうしている間に古谷は銃撃を始める。


「こいつ! 銃、撃ってきやがった!」


「当たり前だ。私たちは殺し合いをしているんだよ」


 あわわわわ。


 極めて、まずいことになったぞ・・・・・・


 渋谷のど真ん中で極めて、私的な戦端が開かれた、土曜日の正午だった。


 続く。



 次回、機動特殊部隊ソルブスアサルト 第三話 悪夢の再来


 世界に宣戦布告をした彼女たちが帰ってくる。




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