煙草に薫る
半年後の話。葵には新しい彼氏が出来たがセブンスターは辞められずまだ吸っている。
新しい彼氏はそれを許してくれているが自分の中では葛藤が起こる。
最終話です。
別れた日から半年経った。
変わったことは友人から紹介された人と付き合い始めたこと。
変わらなかったことはセブンスターのタバコを吸っていること。
紹介された人は私よりも1つ下で別の大学だったけど学部の専攻が似ているものだったので話がとても合って楽しかった。
付き合う前からタバコのことは言ってあり、告白された時も念の為にもう一度言ったら
「それでも葵さんが好きです。」
なんて言ってくれた。
新しい彼はとても優しくてよくデートも行くし、連絡もちゃんと返してくれる。
「そんなの普通だよ。」
彼も友達も言っていたが私にはその優しさがあまりにも新鮮だったからとてもむず痒かった。
それと同時にやっぱり唯人はクズで別れて正解だったなぁと思う。
でも……と私は手の中のタバコを見つめる。
タバコを辞めるどころか銘柄まで変えれないんだからニコチン依存症よりも元彼依存症って感じだ。
「苦しいことは吐き出した方がいいよ。」
そんなことを言ってくれる彼にこんなこと知られたくない。
クズな元彼のことが忘れられなくてタバコの銘柄まで一緒です。なんて。
友達にすら言えないよ。
また1本タバコを取り出す。
火をつけようとライターを探しているとヒョイとタバコを取られた。
「返して。」
取った犯人の方をむくとそのまま抱きしめられた。
ぎゅうとされていると上から声が降ってくる。
「葵さん、これ何本目?」
「わかんないれす。」
抱きしめられながらだから言葉は彼の体に吸い込まれていく。
「もう今日はこの辺にしとこ?」
「むぅ。」
「可愛いけどダメです。ほら箱ごと下さいよ。」
後ろ手に持っていた箱をもぎ取られる。
「心配なんですよ。葵さんの体もだし吸ってる間ずっとぼーっとしてて。」
そんな風に見えてたんだ。
「ごめん。」
「別に謝ってほしい訳じゃないんです。ただ俺が心配性なんです。」
彼の声は少し掠れていた。
「……ちょっと本数減らす努力するね。」
「うん。ありがとう。大好き。」
「私もだよ。」
こんないい彼氏がいるのに元彼に未練がある自分に苛立ちを覚えた。
人は過去の記憶を良いように改竄してしまう。なんていうのはよく聞くことだが実際そうらしい。
明らかに酷いことと楽しかったことの割合は9:1だったはずなのに最近は5:5ぐらいに感じてしまう。
絶対そんなはずは無い。今の彼氏に不満なんてないはずなのになぜそんなに残ってしまうのだろう。
今誰のことを思っているの?私のことをまだ思い出しますか?
あまりに詩的すぎて自分で吹き出しそうになってしまう。
「愚かだなぁ。私。」
すっかり短くなった吸殻を捨てる。
この吸殻みたいに記憶も捨てられれば楽なのに。
染み付いたセブンスターの香りは彼との記憶を忘れさせてくれない。
……いや。本当は分かっているのだ。
忘れられない。いや忘れたくない理由。
初恋だった。
初めて自分で好きになって。
初めて自分で告白して。
初めて付き合った。
だから忘れたくないのだ。
好きなった日の天気から別れた日の天気まで。
唯人はクズだったけれど彼との日々の全てがゴミクズなわけではなかったから。
これからどれだけこの気持ちを抱え続けるのかなんて分からない。
どこまで美化されるのかも。
今の彼を大事にしながら唯人との記憶もあんなこともあったなと笑える日がくるまで。
もう1本隠しておいたタバコを取り出して吸う。
きっと後で彼に怒られてしまうだろう。
セブンスターの香りにまた酔いながら思った。
「好きだったなぁ。」
終
まず「煙草」最後までお読み頂きありがとうございます。
たった4話ですがちゃんと完走できたことに安心しております。
さて皆様の中にはずっと忘れられない人はいますか?
物と記憶は結びつきやすいものです。
匂い、感触、音などですね。
思い出した時にはもうその人はいないやもしれません。
どうか記憶を大切に。
少し逸れてしまいましたが本当にありがとうございました。