煙草を呑む。
別れを告げた葵は髪を切った。でも未練は断ち切れずタバコは捨てられないまま。
「あれ!葵髪切ったの?!いいじゃん!」
別れた次の日大学からの帰り道に私を見た友人が目をまん丸にして言ってきた。
「ありがとう。実は唯人と別れて……その勢いでさ。はは。」
「え、そうなの?!まぁ、でもあんなクズ男別れて大正解だよ!」
「私も限界かなぁって思ってさ。」
うんうん。おつかれおつかれ。と友人は私の肩を叩く。
「次行こ次!葵にはもっといい男がいるから!」
「うーん。しばらくはいいかな……。」
「男の傷は男で癒すのも手だけどまぁ焦ることもないか!」
言えない。未練があるからって言えない。
イヤホンを取り出すためにバッグを漁る。
その中には光を反射する素材の小さな箱。
捨てられないままのセブンスターだ。
結局あの後も捨てられずに持ってきてしまった。
「ま。いつでも話聞くからさ!またね〜。」
ひらひらと手を振る友人を見送った私は少しの間立ち尽くしていた。
ほろりと涙があふれる前になんとか歩き始めた私はいつの間にか大学から少し離れた喫煙エリアの前に来ていた。
誰もいないのを見てふらりと足を踏み入れる。
嗅ぎなれたタバコの匂いが充満するその中で私は箱を取り出した。
灰皿もある。箱ごとここに捨ててしまえばいい。
でも手は止まってしまう。
…………。
「でさー。」
「なにそれー。」
喫煙エリアの前に人の気配を感じる。
エリアの中にいるのにタバコを吸ってない私は変だろう。
気まずくなった私は箱の中からライターとタバコを1本取り出した。
「ついた。」
ちゃんとついたことを確認して口に咥える。
「コホッ。」
昨日ほどではないが少しむせる。
「はぁ。」
未練タラタラだな私。ため息のように煙を吐く。
なんだか少しだけ楽になった気がした。
吸い終わり外に出ると私からは当たり前にタバコの匂いがする。
そのことに少しだけ安心してしまった。
私が喫煙者になるには早かった。
ニコチン依存症なのか彼への未練なのか分からないが吸うことが少しずつ日常に組み込まれていく。
友人からも言われた。
「葵タバコ始めたの?ずっと彼氏が吸ってるの嫌がってたじゃん。まぁストレス発散なのかもしれないけどほどほどにね!」
「うん。まぁそんなとこ。ありがとね。」
1日1本だったのが1日3本までここ2週間で急速に増えた。
でもタバコを吸うと少し気分が楽になるから、彼の匂いを思い出して安心するから辞めることなんて出来なかった。
彼はどんな気持ちでタバコを吸っていたんだろう。
会いたい。何度そう思ったことか。
でもバ先の近くの喫煙所は使わなかった。
彼に会えるかもしれないが彼はタバコを吸う女の子が嫌いなのだ。
ただでさえ別れてるのに喫煙者になってこっちをジロジロ見てくる元カノなんて自分で考えるだけで地獄。
でもやっぱり彼のことを考える度苦しくなる。
きっとタバコのせいだ。急に吸うようになったから。
何度も心に押し込んで煙と共に吐き出す。
それだけで一瞬楽になれるの。
彼の記憶ごと煙とともにどこかへ消えてしまえばいいのに。
もう1本だけ、もう1本だけ。タバコに手を伸ばす私はまるで火に溺れるマッチ売りの少女だ。
タバコに縋る私が彼と付き合ってた時の私と重なって悲しくなる。あと1度だけ信じよう。あと1度だけ。
会いたい。優先して欲しい。好きって言って言いたかったわがままも急に後悔と共に浮かんでくる。
今更すぎるよ。私。言えなかった癖に。
自分へのイライラとそのわがままを供養するようにまた煙を吐く。
「ふぅ。」
短くなったタバコを灰皿に乱雑に押し付けて捨てる。
「もう1本吸ってこ。」
呟いて箱を取り出した。
さっきは気づかなかったけど次で最後の1本みたい。
なら彼を思い出すこともこの1本で最後にしよう。
弱い決心をしてみる。本当に忘れられるのかな。いや無理かもな。
「はは。」
乾いた笑いが口からこぼれる。
忘れたいという願いを込めて私は最後のタバコを呑んだ。