煙草に咽ぶ
Sugar Cigarからの続きです。
これ単体でも読めます。
彼氏と別れた。
でも間違いじゃないと思う。
これは別れるまでの話。
最近彼の様子がおかしかった。
いやおかしくはなかった。
ただ私が使わない女物の香水を体に纏わせてくるだけ。
ほんのりと香るその香水は甘ったるくてまるで「私、彼といましたよ〜」と主張するみたい。
彼は私と付き合う前から女遊びが激しかった。
だからまわりから見たら予想はできたことなんだろう。
例えてみればニュースで「あの人ならやると思ってました。」っていうインタビューみたいな感じ。
でも私と付き合ってからはなかったんだよ。
飲みに行ったりはしてたけどでもそんな香水が移るくらいなことはなかった。
付き合ってから3ヶ月半ぐらいだったと思う。
私は日々耐えていた。
デートもなかなかして貰えず夜のそういうこともなく名前も呼んで貰えない。
最後会ったのいつだっけ?そのレベル。
でも私は好きだった。
『遊園地でキスした。』『泊まりにも何回か来た。』
『ちゃんと楽しい時だってあった。』
別れを考える度その記憶が邪魔をしてきた。
まだ大丈夫まだ大丈夫だって。
でもその気持ちにヒビが入り始めた出来事があった。
「お揃いのものが欲しいの!」
いつだったか私は唯人に言った。
そうすると面倒くさそうに、なんとも思ってなさそうに「いる?」と聞いてきた。
「ダメかな?」と聞くと「どっちでも」とも。
だから勝手に私はお揃いで持つことにした。
お揃いのものをプレゼントしようと思わなかったのはもし渡して使われなかった時耐えられなかったからだ。
勝手にお揃いにしようと思ってから彼が持ってるものってなんだろう?お揃いでいいものってなんだろう?と色々考えた。
彼の家に行ったことはないからマグカップとかの日用品は知らないし服もメンズしかないブランドだったから買えなかった。
結果煙草にした。
彼からはいつも煙草の匂いがしていたし、20歳になって煙草に興味があったからだ。
ご飯を一緒に食べる機会があったから机の上にある煙草の銘柄を見れた。
「セブンスター」と言うらしい。
コンビニに行き
「セブンスターを1つお願いします。」
そう言った。
年齢確認されるかな?と思ったけれどそんなこともなくあっけないくらい簡単にお揃いのものを買えた。
こんなことなら早くやっとけば良かった。なんて思ったぐらい。
次のデートのとき私は彼に得意気に見せた。
「見て!唯人くんとお揃い!」
バッグに入っていたセブンスターを彼の前に掲げた。
どんな反応なんだろう?
びっくりした顔するかな?「子どもにははえーよ。」って言ってくるかな?
顔を上げると彼は心底嫌そうな顔をしていた。
「え?」
ついそんな声が漏れた。
彼は嫌そうな声で言った。
「それ吸うの?俺煙草吸う女嫌いなんだけど。」
「そ、そうなんだ。」
恥ずかしくなった。
そこにゴミ箱があったら捨ててしまいたいくらいには。
俯いて冷や汗をかいている私を見てたのか見てなかったのか分からないけれど
「俺用事あったの忘れてたわ。」
とどこかに行ってしまった。
あの女の人のところ行くのかな。
香水の人。そこで私の事馬鹿にするのかな。
立ち尽くす私はそう思った。
初めてちゃんと『別れたい』そう思った。
今回のことは私が悪かったのかもしれないけれど糸が切れてしまった。
『別れたい』とは思ってもいい記憶ばっかり蘇ってなかなか言う勇気が出なかった。
昼間は大学にバイトと忙しくて考える時間が無くて楽だったが夜はもうダメだった。
苦しい気持ちが頭の中でぐるぐるして止められなかった。
幸い付き合い始めた時からバイトのシフトは彼と被せてなかったから昼会わなくて済んだ。
そんな苦しい日々が1ヶ月ぐらい続いたと思う。
"あの"日はとても寒い日だった。
私の家に来たその日も香水を纏わせる彼に私は耐えられなくてついに聞いてしまった。
「唯人くんさ……浮気……してるの?」
彼は私のほうも見ずに
「あー……浮気かもな。」
と言ってのけた。
その瞬間に頭に血が上った。
「浮気なんでしょ!最低!私の事優先もしないくせに!」
と泣きながら叫んだ。
すると「はぁー。」と大きなため息をつかれた。
「なんとか言ってよ!」
「めんどくさ。」
彼は本当に面倒くさそうに言った。
「そんな女だとは思わなかったわ。付き合ってやったのにまだ望むんだ。」
『付き合ってやった』その言葉が深く突き刺さる。
「俺が夢中になるタイプだとほんとに思ってたの?うざ。」
涙が溢れてくる。
「なんの努力もしないで好かれようだなんて甘いこと思わない方がいいよ。」
私唯人くんが長い髪の子がいいって言うから頑張って伸ばしてヘアケアもしたしメイクも頑張ってたんだよ。
言いたいのに涙ばっか溢れて言葉にならない。
「どうせバイトも俺の前だけしか頑張ってなかったんじゃないの?大学とかもさ。」
もう何も考えたくなかった。
号泣し続ける私を見て彼は無言で家から出て行った。
残された私はいつの間にか泣き疲れて眠ってしまった。
朝目が覚めると床に寝ていたから体がとても動かなかった。
すごい寒かったのもあると思う。
「うわ酷い顔。」
鏡を見た私は昨日のことを思い出した。
スマホを見ても彼からは何も来ていない。
謝罪もフォローの言葉も。
彼の言葉が頭の中でこだまする。
『なんの努力もしないで好かれようだなんて甘いこと思わない方がいいよ。』
『どうせバイトも俺の前だけしか頑張ってなかったんじゃないの?大学とかもさ。』
その瞬間悲しみとか怒りとかで頭がいっぱいになった。
私の事を傷つけるような人間とは一緒にいたくない。
人のことを自分の尺度で勝手に測って努力してないとか吐く人間とは一緒にいたくない。
目が覚めた。別れよう。
そこからは速かった。
写真フォルダから彼の写真を全て消して美容院を予約した。
彼のために頑張って伸ばしたこの髪が途端に嫌になってしまったから。
そして電話をかける。
10コールあたりで彼は出た。
「何?」
不機嫌そうな声だった。
よく彼女にそんな態度取れるななんて思った。
「別れましょう。」
「わかった。」ブツっ。
終わってしまえば呆気ない。
でもこんな男から離れられたんだ私の選択は正しい。
その足で美容院に行きバッサリと髪を切った。
美容師さんに失恋でと言ったらめっちゃ可愛くすると言われて自分史上1番短くなった。
悪くない。
お礼を言って店を出る。
スマホを取り出そうとバッグの中を漁ると手に箱が当たる感覚がした。
「なんだっけこれ。」
それはセブンスターだった。
捨てることも出来たはずなのに何故か残っていた。
高かったからかもしれない。
私はおもむろに火をつけて吸ってみた。
「あつっ。」
端を加えて吸い込む。
「ゴホッゴホッ。」
気管に入ってむせる。
街の人はそんな私を見ても通り過ぎていく。
彼が見たらなんて言うんだろう。
匂いで彼を思い出して思わず涙が出た。
私が初めてちゃんと恋をした人だった。
思い出だって作れた。
でももういない。
煙草を吸いながら泣いてしまう。
吸い終わっても私は煙草の箱ごと捨てられなかった。
未練なのかもしれない。
その箱を見て私はまた泣いてしまった。
別れたことは間違いじゃなかったはずなのに。
私は葵みたいに別れる勇気なんて持てないのでその決断だけで偉いと思います。
人と縁を切ることってとても勇気がいることですよね。