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占星の王座  作者: 著:吉未 名村(よしみ なむら) 構成協力:天軌(てんき)
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1話中編 呪いを嗅ぎ分ける洗濯下女は後宮に立つ

医局の扉を開くと、華やかな装束に身を包んだ中級妃、**顧華詩こ かし**が扉を開こうとしたところだったらしい。目には涙が見られる。


そんなところに厳つい医官に引っ張られた下女が出てきてこんにちは! じゃない……出くわして何事かと一瞬思ったようだがすぐに気持ちを切り替えたのか「先生、これは呪いです! 私たちを助けてください!」声を震わせる顧華詩は、まるで今にも崩れ落ちそうだった。


なんか、大変そうなところにさらに負荷をかけて申し訳ないと蘭彩は思った。


「呪いねぇ……」范 東来は顧華詩の前に立ちながら、軽く首を傾げる。「まあ、確かに呪いって言葉は便利よね。でも、華詩ちゃん、まずは落ち着いて。何があったのか、ちゃんと聞かせてちょうだい。」


医官らしく声をかけるのは医官だからいいとして、東来と話しても特に驚く様子もない……見た目などで人を差別しないタイプの女子はこの後宮では少ないと思っていたけれど、藁にもすがりたい感じなんだろうか……藁って言うほど細くないけど。


顧華詩は涙を拭いながらも、訴えるような目で東来を見た。「周りで頭痛や吐き気を訴える人が増えていて、そのうち一人が胸を抑え、苦しそうに倒れたんです。そのまま……動かなくなってしまいました。」彼女の声が震えるたび、室内には張り詰めた空気が漂った。


「ほらほら、そんなに怯えた顔しないで。すぐに、そこに行って処置をするから」東来は肩を叩きながら笑顔を作った。「まずはお茶でも飲んで一息つきなさいよ。場所だけ教えてくれる?」


顧華詩は東来をちらりと見て、微妙に顔を引きつらせた。彼女の表情は明らかに困惑を含んでいる。「えっと……あなたが医官の先生なんですか?」


「そうよ。あなたの心配事もあとで必ずどうにかするわ。」東来はにっこりと微笑みながら胸を張った。「宦官医官だけどね。こんな個性豊かな先生、そうはいないわよ?」


顧華詩は曖昧な笑みを浮かべ、そっと目をそらした。「……聞いていましたけど、男性医官しかいないと聞いていて……その……少し驚いてしまいました。」一応驚きはしてたのねと、蘭彩は少しよくわからない安心を覚えた。


「最初は誰だって驚くのよ。」東来は楽しげに肩をすくめる。場所を顧華詩から聞き出すと年若い方の医官が処置するために道具を持って医局を出ていく。「でも私、見た目だけじゃなくて腕も一流だから安心してちょうだい。呪いだろうと何だろうと、すぐに原因を突き止めてみせるわ!」


そのやり取りを見ていた蘭彩は、小さく溜息をついて口を挟んだ。「范先生、呪いじゃないと思います。」


「おや、蘭彩。」東来が振り返って蘭彩にウインクで合図をする。「またあんた、推理の神でも降りてきたの?」


「洗濯場で気づいたんです。」蘭彩は顧華詩の方を向いて話を続けた。「最近、嘔吐物がついた衣服が増えていて、全てに麻黄の匂いがありました。おそらく痩せ薬の過剰摂取が原因です。」


「えっ……!」顧華詩は驚いたように目を見開いた。さっき先生と話した内容のほぼ同じ内容だけれど、蘭彩と東来は軽い寸劇を始める。「そんな……確かに痩せ薬が流行っていますけど……本当にそれが原因なんですか?」


「可能性は高いですね。」蘭彩は冷静に答えた。おっしゃ! 証言ゲット! と内心蘭彩は心の中でガッツポーズを決めていた。できるだけ、喜びを顔に出さないよう意識して続ける。「その痩せ薬には麻黄が含まれていると思われます。麻黄は体質によっては危険な副作用を引き起こします。」


東来が顧華詩の前に膝をつき、優しく手を取った。「華詩ちゃん、あなたも頭痛や吐き気がして怖くなったんでしょ? 麻黄が原因の可能性が高いわ。どのくらいの間薬を飲んでいたかにもよるけど、麻黄が合っていないなら、まずは薬を止めること。あとは安静にして。」


「でも……」顧華詩は言葉に詰まり、俯いた。「まさかそんな……呪いじゃなくて、薬だったなんて……」


「そうよ。呪いのせいにして問題を放置してたら、もっと酷いことになるわ。虚弱体質の人にも麻黄はお勧めできないのよ」東来はそっと彼女の手を離し、立ち上がる。「これ以上倒れる人が出ないように、私と蘭彩でなんとかするから。他に薬を飲んでいる子がいたら医局で相談するように伝えて?」


「……よろしくお願いします。」顧華詩は涙を拭いながら、静かに頭を下げた。

顧華詩が涙を拭い、静かに医局を後にすると、東来は大きな溜息をついて肩を回した。


「さて、あの子の言う呪いってやつが、単なる噂話で終わるならいいんだけど……」

東来の表情は、いつもの陽気さを失っていた。


「范先生、何か気になることが?」蘭彩は首を傾げた。


「医局に持ち込まれる相談で一番厄介なのは、こういう噂よ。しかも『呪い』なんて言葉が後宮で囁かれると、ろくでもないことが起きるのが常。」

東来は眉間にしわを寄せた。「蘭彩、あんたにお願いがあるわ。」


「私に?」


「麻黄の件はあんたがよく調べてるけど、それだけじゃ終わらない気がするのよね。」東来は声を潜めて続けた。「後宮の妃たちの間で、痩せ薬の配布元がどこなのか、ちょっと探ってみてくれる?」


蘭彩は驚きながらも、すぐに小さく頷いた。「わかりました。でも……范先生が直接行く方が良いのでは?」


「残念ながら、アタシだと目立ちすぎるわ。」東来は苦笑した。「それに、こんな筋肉ムキムキの乙女が噂を探るなんて、それこそ呪い扱いされるでしょうよ。」


蘭彩は小さく笑いながら、「任せてください。私も、洗濯物が増えるのはごめんですから」と言い放った。


その時、奥から霍が現れ、不機嫌そうに声を上げた。「東来、お前、また何か余計なことを企んでいるんじゃないだろうな?」


「本当に霍はピーチクパーチク、うるさいわね。」東来はそっぽを向いた。「あんたこそ、占いでも見ておとなしくしてなさい!」


霍は呆れたように鼻を鳴らし、静かに部屋を出ていった。倒れた華秀を助けに行くつもりはないのだろうか? のんびりと歩いて出ていく。もう助からないと思っているのか? その姿に蘭彩は疑念を持った。


東来は蘭彩に耳打ちしながら、低い声で呟いた。「後宮には、呪い以上に怖いものがたくさん潜んでいるわ。あんた、少しでも危険を感じたら、すぐに私に知らせるのよ。」


蘭彩は小さく頷きつつも、霍の背中を目で追った。「范先生、もしかして今回の呪いの犯人は……」

声を潜めた蘭彩の視線は、静かに消えていく霍の背中に向けられていた。


東来はその視線を追い、肩をすくめる。「そういうのは、ちゃんと証拠を掴んでからにしなさいよ。後宮で、軽々しく口を滑らせたら命を落とすことだってあるんだから。」


その言葉に、蘭彩は背筋を少しだけ伸ばし、息を整えた。「わかりました。でも……」


言葉を続ける前に、遠くで甲高い叫び声が上がった。それが誰の声かはわからない。しかし、その叫びが、後宮の静寂を突き破り、不穏な空気をさらに深めた。

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