私のもの
「クラリス、話しかけて大丈夫?」
作業中、突然背後から声を掛けられて、クラリス――私は「キャッ」と思わず女々しい声を上げる。
振り返ると、私の約二メートル後ろに、キミアキが立っていた。
「バカ、びっくりさせないでよ」
「ごめん。なかなか声を掛けるタイミングが見つからなくて」
キミアキはずっと私の背後に立っていたということだろうか。
豚たちに、トウモロコシと大豆を混ぜたエサをあげるのに夢中になっていて、少しも気付かなかった。
「クラリスは豚をすごく可愛がってるよね」
「だって可愛いじゃないか」
私は当然のことを言ったつもりだったが、それがおかしかったようで、キミアキはあははと笑った。
「なんだキミアキ? わざわざそんなことを指摘するために、私の作業を邪魔したのか?」
「違うよ。怒らないで。クラリス、大事な話があるんだ」
キミアキは、笑うのをやめ、声のトーンも落とした。
シリアスな雰囲気に、私も、餌の入った籠を一旦地面に置く。
「俺、偶然聞いちゃったんだ。旅館の窓の外から」
「偶然聞いた? 何を」
「シャナとお客さんとの口論を」
キミアキが何のことを指して言っているのか、すぐには分からなかった。
「ブロンズの女性が、自分の父親が行方不明になったって言ってて……」
「ああ、その話か」
「クラリスも知ってるの?」
「シャナから聞いたよ」
「迷惑客」が来た、とシャナから報告を受けていたのである。その「迷惑客」がやってきたのも、それについての報告を受けたのも昨日のことだ。
「そのブロンズの女性が、自分の父親をここの家族に殺された、って言ってて……」
キミアキが神妙な面持ちとなるのも理解ができる。「迷惑客」はあまりにも物騒なことを喚き散らしていたのである。キミアキは、私たち家族に不信感を抱いているのだ。
「出鱈目だよ。私たちは誰もそんなことはしていない」
「この家族は人殺しじゃないんだね?」
「当たり前だ」
キミアキはしばらく私の目をじっと見つめた後、「そうだよね」とため息をつくように言う。
「疑ってごめんね。クラリス」
私が嘘を吐いていないことがキミアキに伝わったようである。
私たち家族は人を殺したことなどない。
厳密にいえば、私が断定できるのは、私自身が人を殺したことなどない、という点に尽きる。
ただ、シャナだって、パパとママだって、殺人なんて大それたことをするような人間ではない。
「本当に疑ってごめん。でも、安心したよ」
私の断言によって、キミアキの表情が完全に晴れたか、といえばそうではないように見える。キミアキの中には、まだ何か引っかかっていることがあるのかもしれない。
とはいえ、キミアキが「安心した」と言ったのだから、この話を続ける必要はない。
私は、大きく話題を変える。
「そんなことより、キミアキ、もう選べたかい?」
「ん? 選べたって?」
「もちろん、私かシャナかだよ」
三日前、シャナは、「結婚相手が欲しい」とキミアキに伝えたのち、「私とクラリス、どっちが好き?」とキミアキに尋ねたのである。
顔を紅潮させたキミアキは、しどろもどろになって、「今は選べない」と言った。
それに対し、シャナは、「じゃあ、私たちの誕生日までに、私とクラリスのどっちかを選んでね」と期限を切ったのである。
あの後、私とシャナは話し合って、キミアキの意思を尊重し、キミアキが選んだ方がキミアキを独り占めすることを約束したのだ。
運命の日――私たちの誕生日は、今日からちょうど一週間後である。
「……ごめん。まだ選べてない」
キミアキは、三日前同様に顔を紅潮させている。
「私じゃ不満か?」
「いやいや、全然そんなことはないんだけど」
キミアキは慌てたように首を激しく横に振る。なんとも可愛らしい反応だろうか。私は、キミアキのことを心底愛おしく感じていた。
「クラリスはものすごく魅力的だよ。でも、シャナもその……負けていないというか……いや、でもクラリスの方が、その……」
これまた可愛らしい反応である。
一週間後の誕生日には、キミアキには必ず私を選んで欲しい。
キミアキは私のものだ。
絶対にシャナに渡したくない。