白骨化死体
シャナがこんな大声を出すところを、俺は初めて見た。
窓の外から旅館のロビーを覗く気など、本当は、なかったのである。
しかし、シャナが大声を出し、しかもロビーの窓が全開だったため、近くを通りかかった際に、否が応でも聞こえてきてしまった。
そして、シャナの発していた言葉はあまりにも刺激的なものだったのだ。
人殺し――
それは、シャナの家族が人殺しなどはしていない、という否定の文脈で使われていた。
しかし、俺は、その言葉を額面どおりに捉えることができなかった。
なぜならば、旅館の前を通りかかる直前、俺は、あるものを見つけてしまっていたからである。
それは、畑に埋まっていた人骨だった。
鍬で畑を耕している時に、偶然掘り当ててしまったのである。そこは畑の端の方であり、クラリスに耕すように命じられた場所とはだいぶ離れたところだった。
なぜそんなところに鍬を突き刺してしまったのかというと、俺がボーッとしていたからだ。
一昨日から、俺の心はずっと浮ついていた。
クラリスとシャナが、俺をお婿さん候補としてこの家に置いていることを知ったからである。
クラリスとシャナは見た目が良くて器量も良いが、人里離れた田舎で、人付き合いを避けて生活をしているため、出会いが一切ないのだという。
正直、クラリスとシャナは俺にとっての理想の女性ではない。俺はロリ系美少女よりも、セクシー美女の方が好きである。
しかし、クラリスもシャナも俺にとって勿体無いほどの逸材である。そんなクラリスとシャナのいずれかをお嫁さんに迎えられるだなんて、夢のような出来事だ。
ツンデレタイプのクラリスと優等生タイプのシャナ――甲乙つけ難い二人のうちどちらを選ぶべきだろうか――
そんな贅沢過ぎる二択について涎を垂らしながら考えているうちに、気付いたら、耕す予定のなかった畑の端の方まで行ってしまっていたのである。
そこで掘り当ててしまったものは、俺の頭を一気にクールダウンさせるのに十分過ぎるものだった。
俺は、臭いものに蓋をするがごとく、反射的に人骨を土に埋め直した後、鍬を捨て、駆け出していた。
何から逃げていたのかといえば、人骨から逃げていたのである。もっと丁寧に言えば、幸福なスローライフに水を差す「衝撃の事実」から逃げていたのである。
ゆえに、どこか行き先があるわけではなかった。
そのため、ちょうどシャナが大声を上げたタイミングで旅館の窓の外を通りかかったのは、まさに偶然であり、「第二の不幸」ともいえるものだった。
シャナは、ブロンズ髪の来客に対して、「私たちの家族が人殺し!? そんなわけありません!」と叫んでいた。
俺はシャナのことを信頼している。
ただ、あの人骨を見た後だと、どうしても疑ってしまう。
あの人骨は、シャナやクラリス、もしくは二人の両親が、誰かを殺して埋めたものなのではないだろうか――
盗み聞きした話によると、ブロンズの女性は、行方不明になった父親を探していて、その父親は「数週間前」に旅館に泊まっていたのだという。
俺は、人間が白骨化するまでの過程についてあまり詳しくないが、わずか「数週間」で人体が完全に骨と化すとは思えない。
俺が見つけた人骨は、余計なもののついていない、綺麗な白骨だった。
とすると、俺が畑で見つけた人骨は、ブロンズ髪の女性の父親のものではないと考えるべきだろう。
この事実は、決して、俺を安堵させるものではない。
この家族が、常習的に人を殺し、埋めている可能性を示唆しているからだ。
シャナに追い出されるようにして、ブロンズの女性が、旅館から出てくる。
見つからないように、俺は慌てて茂みに隠れる。
茂みの陰でしゃがみながら、俺は必死で呼吸を整えようとする。
俺はとんでもない家族に拾われてしまったのかもしれない。
これから先、俺は一体どうすれば――