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姉妹の下心

「今日はキミアキが我が家に来て一ヶ月の記念日だ! おめでとう!」


 俺は姉妹と乾杯をする。グラスの中の自家製ぶどう酒がゆらゆら揺れる。


 テーブルは、俺がはじめてこの家に来た時と同様に、大小の皿に入った料理で埋め尽くされている。


 もっとも、一ヶ月前と違い、この料理を作ったのは俺だ。



「少し発酵させすぎたかな? 甘味が弱いかも」


 ぶどう酒を舌の上で転がしながら、俺は反省を口にする。



「そうかな? 私はアルコールがキツめの方が好きだから、ちょうど良いけど」


 クラリスは、あっという間にグラスのぶどう酒を飲み干した。



「キミアキ、甘さとアルコール度数って関係あるの?」


 姉とは対照的に酒に強くないシャナは、ぶどう酒を舐めるようにして味わった後、俺に尋ねる。



「あるよ。アルコールは、糖が分解されることによってできるんだ。アルコールが弱いぶどう酒は、糖が分解されずに残ってるから甘い。アルコールが強いぶどう酒は、糖が分解されて少なくなってるから甘くないんだ」

 

「へえ、そうなんだ。はじめて知った」


 シャナは、目を見開いて、心底感心している様子を表した。



「ぶどう酒はさておき、メインディッシュのタンシチューは自信作なんだ。仕込みに丸三日もかかったけど。食べてみて」


 ブラウンソースに浸かったお肉は、力を入れずとも重力だけでフォークが刺さってしまうほどに柔らかく仕上がっていることを確認済みである。



「キミアキ、だいぶ板についたな」


「板についた、って何が?」


「もちろん、スローライフがだよ」


 クラリスは、最近、そうやって俺のことを褒めてくれることが増えた。



「ありがとう。優秀な先生方のおかげだよ」


「ううん。才能だよ」


 「キミアキにはスローライフの才能があったんだよ」とシャナは言う。



「料理もすごく上手だし、牛も豚も鶏もキミアキにすごく懐いてるし」


「そうかな?」


「そうだよ。キミアキは、生活そのものちゃんと楽しめてる」


 シャナが言ってくれたことについて、俺にも自覚があった。



 料理を作ることも、野菜を育てることも、家畜の世話をすることも慣れてきた。


 この世界の野菜は、現実世界のものと全く同じなようで、微妙に違っている。たとえば、この世界のトマトは、丸くなく、きゅうりのように細長い形をしている。


 家畜もそうだ。たとえば、この世界の豚は、ウサギのように耳が長い。


 そうした細かな違いの発見も含めて、家事の全てが楽しい。


 今の俺の人生は、毎日が充実しているのである。



「仕事したいしたい病は治ってきたみたいだな。顔色もすっかり良くなった」


「おかげさまでね」


 そんな名前の病気であったかどうかはさておき、体調がすこぶる良いのは事実である。


 何か憑き物が落ちたかのように、心の方も軽い。


 仮に、現実世界に再召喚されたとすれば、すぐさま会社に退職届を突きつけられるほどにコンディションは万全だ。



「まあ、私たちと一緒にお風呂に入ることはまだできていないけどな」


 クラリスが俺をからかう。


 スローライフが上達したところで、ロリ系美少女との混浴が平気でできるようになるとは最初から思っていなかったが、やはりそのとおりだった。


 というか、スローライフと混浴は全然関係がない。クラリスが混浴にこだわる理由が、俺にはさっぱり分からない。単なる痴女、というわけではないと思うのだが……



 スローライフによって穏やかな心を得ても、未だに分からないことはほかにもある。



「クラリス、シャナ、やっぱり俺には分からないよ」


「はぁにが?」


 クラリスが、熱々の牛タンを口に入れながら尋ねる。



「君たち家族が俺を厚遇してくれる理由が」


「ふぁあ」


 ここに来た初日に同じことを尋ねた時には、姉妹にうまくお茶を濁された気がするのである。


 たしかに俺は「客人」で、姉妹は「親切」な人であることは間違いない。

 姉妹だけではない。姉妹の両親も、柔和な人たちで、俺を親切にもてなしてくれているのである。



 この家族には本当に下心はないのだろうか――



「最初に言ったじゃん。キミアキは客人だから」


 ようやく牛タンを飲み込んだクラリスは、やはりそう言う。



「でも、他の客人からはちゃんとお金を取ってるよね?」


 家族は建物を二棟所有している。そのうちの一方は居住用だが、もう一方は両親が経営する旅館なのである。

 大繁盛とまではいかないが、ここ一ヶ月、途切れることなく常に一、二組の客人が泊まっている。そして、当然、それらの客人は宿泊料を支払っている。



「キミアキはこの世界のお金を持ってないだろ?」


「だったら、俺を見捨てるのが普通なんじゃないか?」


「でも、キミアキは特別な客人だから」


「特別? 何が?」


「それは、なんというか、それは、その……」


「お姉ちゃん!」


 しどろもどろになりつつあったクラリスを見かねて、シャナが口を挟む。



「お姉ちゃん、誤魔化すのはもうやめようよ。キミアキに正直に話そう」


「正直に話す!? シャナ、バカなんじゃないか!?」


「そりゃ、私だって話したくないけど、いつか打ち明けなきゃいけない話なんだからさ」


「今打ち明けたら、キミアキが逃げちゃうかもしれないじゃないか! バカ!!」


 俺が逃げる? どういうことだ?


 姉妹が俺を匿っている目的とは一体――



「お姉ちゃんは黙ってて! 正直に言うね。私たち――」


 シャナは顔を赤らめながら、言う。



「私たち、結婚相手が欲しいの」


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